6、攫われた魔法使い
ナイツさんの話だと、気がついたら森の奥——薬草の群生地にいたそうだ。そこで、薬草をとって、俺をとりあえず出会ったところまで、運んでくれていたって教えてくれた。
あの時、誰かがアサシンビーの女王に攻撃してくれた人がいた。短剣を使って。それから、力尽きた俺たちを薬草の群生地まで運んでくれた。
……お礼をしなきゃ。
でも、今はレイを助ける番だ!
レイの体調を回復するための薬を作るぞ。回復魔法の使い方も分かったから、薬だって今まで以上に効果の高いものが作れるはずだ!
「……魔法使いというものはとんでもないんだな。まさか、森の中に家を建てるとは」
日が落ちる前に、なんとか俺が作った家の前に到着すると、ナイツさんが家を見て感心した様子で言った。
「へへっ、すごいでしょ!」
「……あぁ、俺が出会ったどんな魔法使いよりもすごい」
ナイツさんに言われると、すごく嬉しい。
俺が先に家の中に入る。ベッドではレイがまだ寝ているところだった。
「綺麗な嬢ちゃんだな……坊主の姉か?」
「ううん、勇者だよ」
「ゆ、勇者だと!?」
ナイツさんはすごく驚いている様子だ。今までにないくらいに大きな声をあげた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……初耳だ。仲間としか聞いてないぞ」
ナイツさんは咳払いをしてから、声を落として言った。驚いてしまったことを、気にしているのかもしれない。
俺も、焦ってたから言い忘れてたことに気づかなかった。
「まぁいい。坊主は薬を作るんだろ? 俺は何か身体に優しいもんでも作ってやる」
「ナイツさんがご飯作ってくれるの!?」
昼に食べたナイツさんが作った料理はどれも絶品だった。またそれを食べれるのは嬉しい!
レイも具合が悪い。俺だけじゃ料理はどうにもならないから、助かった。
「……キッチンもあるんだな」
呆れたような、感心したような声でナイツさんが言った。
「もちろん! じゃあ、ナイツさん俺は薬を作るから、夜ご飯作りをお願いね!」
「……任せろ」
ナイツさんの料理を楽しみにしつつ、俺は薬の準備に取り掛かろう。ナイツさんが採取してくれた薬草——それから、ポーチから綺麗な水を取り出す。
これを魔法の力で掛け合わせることで、熱にも効く、回復薬を作る。
テーブルの上に、ポーチから小さな釜を取り出す。ふと、ポーチの中でキラッと光るものが目についた。
レイに渡そうと作っていた指輪型の魔道具だ。でも、回復魔法の制御方法が分かった今、レイの魔法の制御には必要のないものだ。
……これは、使うことがなければいいな。
釜に、薬草と水を入れて蓋をする。
「後は……」
ローブの懐から杖を取り出す。使う魔法は水属性——それから、風属性の二重魔法。杖を釜に向けると、その下に青緑色の魔法陣が出現した。
「よし、ここからが本番だ!」
……レイを絶対に助ける。その気持ちを魔法に込めると——魔法陣に白色が追加されて、綺麗な水色に変わった。
そのまま力を込めて、魔法陣が光り輝く。
光が消えてから釜を開けて中を覗き込むと、薬草はすっかり水に溶けて、中には身体に良さそうな匂いのする液体が出来上がっていた。
「やった! 成功したぞ!」
後は、この薬をレイに飲んでもらうだけだ!
薬をすくって小瓶に移して、レイのそばに駆け寄る。顔はまだ赤い。それに、苦しそうに呼吸している。
「……レイ、まだ寝てる?」
声をかけたけど、反応がない。まだ寝てるから、起きた時に飲んでもらったほうが——そんなふうに考えていると、レイが不意に寝返りをうった。俺から顔を背けるように。
「……あんた、何度言ったらわかるのよ」
レイは俺の方を見ないで、言った。でも、怒ってるのかレイの声は冷たく感じる。
「……自分がどれだけ危険なことをしたか、分かってるの? 子ども一人で、危険な森に繰り出したのよ」
今までの俺だったら、特級魔法使いだから大丈夫とか言って、レイの気持ちを気にしてなかったかもしれない。
でも、勝手に飛び出してレイに心配をかけて、俺のせいでナイツさんを危険な目にあわせておいて、そんなこと言えない。
「……俺、分かってなかった。分かってなくて、レイの具合を良くしたいって気持ちだけで、飛び出してた」
「…………」
俺がいつもと違うことを言ったからか、レイは何も言わないでいる。だから、俺はそのまま続ける。
「心配してくれたんだよね。レイ、心配かけてごめんなさい」
レイは俺の方を向いてないけど、俺は頭を下げる。
すると——
「……心配させるんじゃ、ないわよ」
——レイが、俺の方を向いて、優しそうな表情で言った。熱もあるからだと思うけど、顔も赤くて……。
今のレイの顔を見ていると、なんだか俺はドキッとしてしまった。
「う、うん……」
とりあえず、返事をしたけど、変な気持ちを振り払うために、俺はレイに薬の入った小瓶を差し出す。
「薬草で作った薬だよ! レイの具合がよくなれって気持ちを込めて作ったから、飲んでほしいな」
「……ありがとね」
レイは半身を起こしたから、瓶を渡して——そして固まった。
「……キッチンにいるのは誰? ……クマ?」
そういえば、まだレイにはナイツさんのことを紹介できてなかったっけ。
「あぁ、今回薬草採取を手伝ってくれた冒険者のナイツさんだよ。今は、レイに代わって夜ご飯を作ってくれてるんだ!」
「そ、そう……あんたは、人を味方につけるのが上手いわね」
「どういうこと?」
レイの言っている意味が分からないから、首を傾げてレイのことを見たけど、これ以上言うつもりはない様子で、瓶に入った薬を一飲みした。
すると、レイの辛そうだった表情がスッと和らいだように見える。
「……すごい効き目ね、息も楽になったわ」
「本当!? ……よかった」
俺がホッと一息ついていると、キッチンで料理を作っていたナイツさんが俺たちの方に振り返る。
「お二人さん、夕食が出来上がったぞ。冷めないうちに食べようぜ」
キッチンからは、昼間にも感じたような香ばしい匂いや、甘い匂いもして、急にお腹が音を立てた。
「ナイツさんありがとう! 俺、お腹ぺこぺこだよ」
「……ありがとうございます」
二人でお礼を言って、ナイツさんの作ってくれた夜ご飯を三人で話をしながら平らげた。
★
翌朝。俺の作った家の外は、気持ちよく晴れ渡っている。鳥の鳴き声や、風の音が気持ちよく聞こえてくる。
「それじゃあ、二人とも元気でな」
「うん……ナイツさんも元気でね!」
一緒にいた時間は短いけど、父さんのように接してくれたナイツさんと別れるのは寂しいから、俺は別れ際のナイツさんに抱きついて、ナイツさんを見上げる。
「また、会えるよね」
「冒険をしてれば、いつかまた会えるさ」
俺とナイツさんが話し合っていると、レイが言う。
「ナイツさん……色々とお世話していただいて、ありがとうございました」
「気にすんな。故郷に戻ったら、息子の墓の前で、勇者様の介抱を手伝ったって自慢してやるつもりだ」
レイは照れている様子で、顔を赤くしている。
「それじゃあな、二人とも! これからも気をつけろよ」
ナイツさんが最後に俺とレイの頭に手を乗せてポンポンとした後で、俺たちの進む方向とは逆の方向へと歩き出した。
「ナイツさん、本当にありがとうございました! またね、バイバーイ!」
俺は涙を堪えて、ナイツさんの大きな背中に叫んだ。手を挙げて返事をしてくれたナイツさんの背中が見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。
「……私たちも、行きましょう」
「……うん!」
寂しい気持ちはここまでだ。顔を腕で拭いてから、レイと並んで歩きだす。
「……何よ?」
「レイが元気になって、俺の隣を歩いてくれてるのが嬉しいんだ!」
嬉しい気持ちをレイにぶつけると、レイは困ったようにほっぺたをかいてから、ため息を漏らした。
「……一人よりかは、あんたでもいた方がマシね」
「もっといい言い方あるだろ!」
「でも……今まで、私は一人だったから」
寂しそうな顔をしているレイ。そういえば、俺はレイがどうして勇者として旅をしてるのか聞いてなかったっけ。
魔力を解析したくてついてきたけど、レイが旅に出たきっかけを聞いたことがなかった。
「ねえ、レイはどうして勇者として旅をしてるの?」
レイを見上げて言ったけど、歩く先を見ているばかりだ。答えたくないなら、無理して聞かなくてもいい。
もし、話してくれるならその時まで——
「……六年前に、私が暮らしていた村に魔物が攻め込んできたの。その時、私は女神様から信託を受けて勇者の力を覚醒させたわ。故郷や家族はみんな、失っちゃったけどね」
「えっ……」
俺は言葉を失った。六年前って言ったら、レイが俺と同じ歳の時だ。その時に、暮らしてた村が魔物に襲われて、大切なものがみんな……。
「あんたが悲しむことじゃないわ……これは、私の問題。いつか、蹴りをつけないとね」
「でも……俺、そんなこと知らなくて、レイのこと、何も知らなかった!」
今までどんな気持ちで、レイは魔物と戦ってきたんだろう?
俺には想像もできないような気持ちで、戦ってきたのかもしれない。そう考えると、涙が止まらない。
「……私が言わなかっただけ。あんたが気にすることじゃないわ」
「でも……」
レイが優しい言葉をかけてくれる。でも、俺が納得いかないんだ。レイのことを知っていれば、魔法の解析をしたいから一緒に旅をするなんてふざけたこと言わなかった。
そんな俺の頭の上に、レイが優しく手を乗せる。
「あんたのことは頼りにしてるんだから……しっかりしなさいよ。最年少特級魔法使いくん」
レイの口角がニヤッと上がっている。これは、俺のことを元気づけようと、わざと子ども扱いしてるんだ。
レイは俺のことを許してくれてるんだ。俺もいつも通りの反応をしないといけないな。顔を腕で拭いてから俺は笑って言う。
「……もう、馬鹿にするなよな」
俺がわざとらしく地団駄を踏んでみると、レイがクスッと笑う。
「……ようやくいつもの調子に——」
レイが何かを言おうとした時、ブワッと風が吹いた。次の瞬間俺は誰かに掴まれて宙をまった。
着地した俺の首元には剣が押し当てられていた。黒髪に黄色い目の、スリーツの街で出会った優しいお姉さんに。
「お、お姉さん!?」
全然感じ取れなかった。どうやら、お姉さんの着ている外套に俺の解析を邪魔する効果があるみたいだ。
「……何のつもり? あんたたちは私に用があるんでしょ。ライズは関係ないわ」
「関係あるから、こうしているのだけれど?」
レイとお姉さんが睨み合う。
お姉さんがいたことは、分かってた。アサシンビーの女王に攻撃してくれた短剣は、スリーツの神殿で見たものと同じものだった。
どうしてお姉さんがいるのか理由はわからなかったけど、まさか、俺が目的だったなんて思ってもみなかった。
「お姉さん、こんなことやめてよ。俺にしてほしいことがあれば、協力するから」
剣を当てられて首は動かせないから、お姉さんがどんな顔をしてるのかわからない。でも、剣を持つ手は震えている。
「……ごめんね。こうするしかないの」
お姉さんがもう片方の手を挙げると、黒いオーラが包み込んでいく。アストリアの使った転移魔法とは別のものだけど、仕組みは一緒だ。
どこかに移動しようとしているんだ!
「こんな魔法……」
解析して解除しようとした瞬間——お姉さんの持つ剣が俺の行動を制止するように首元に当たった。反射的に俺が動いたら、首からツーッと血が垂れる。
「……うっ」
「私は、どうしてもキミを連れていかないといけないの。……これだけは、譲れない」
「お姉さん、どうして……」
お姉さんの冷たい声を聞いて怖くなって俺が言うと、お姉さんは何も言わないでいる。
「……ライズを、返しなさい!」
レイが俺たちに手を向ける。剣での攻撃じゃ間に合わないから、魔法を使おうとしているのだろう。
でも、レイはまだ迷ってるみたいだ。俺が剣で脅されていることもあると思うけど、俺も巻き込んじゃうかもしれないと思って、攻撃を躊躇ってしまってる。
「……レイ、俺は大丈夫——」
そう言って、俺はレイにポーチから作っていた指輪の魔道具を放り投げる。必要ないと思ったけど、今のレイには必要になるはずだ。
まだ試作品だけど、レイのために作った。ちゃんと作用してくれる。
「——助けに来てくれるって、俺、信じてるから!」
レイの目は揺れて、絶望の表情を浮かべている。
「ライズ!」
レイが走って追いかけてきたけど、俺にその手が届く前に、俺の視界は闇に包まれた。




