1、勇者との出会い
転移の光が消えた瞬間、室内からは感じない土や草の匂いを感じた。目を開けると、俺は見たことがない村の入り口の前に立っていた。
入り口には『オーネスの村』と言う看板が立っていて、その奥には木でできた家が並んでいる。だけど、王宮と比べものにならないほど数が少ない。
本当に王宮を離れて、オーネスの村に来ちゃったみたいだ。
「……はぁ、本当に冒険をしないといけないのか」
村の前でため息をひとつつく。
特級魔法使いの試験に合格して、アストリアに誘われて王宮で魔法の研究がたくさんできると思ったのに、冒険の旅に出ないといけないなんて……最悪だ。
俺は勉強はできるけど、あんまり体力がないし、体を動かすのは正直苦手だ。
でも、アストリアに言われたことをちゃんとやらないと、後で絶対に怒られる。怒られるのは嫌だ……。
俺はいくらでもなんでも入れることのできる魔道具のポーチから、アストリアから預かった手紙を取り出す。
「まずは、この手紙を水色の髪の女の人に渡さなきゃいけないんだよね」
いくら特級魔法使いでも、魔物との戦闘経験なんてほとんどない十歳の俺が、一人で旅をするなんて難しい。だから、同行する人を用意してくれたって言ってた。
その女の人は、俺が気になる魔力を持っているってアストリアが言ってた。まずは、その人のところに行こう。
魔力を集中する。人が多いと目移りしちゃって探しづらいけど、オーネスの村は人が少ないから、すぐに思い当たる魔力を感じ取って——俺は目を見開いた。
「本当だ! すっごく不思議な魔力を感じるぞ! 神聖な感じだ……」
今まで感じたことのない魔力を俺は村の中から感じ取った。確かに、こんな魔力を持つ人がいるというのはすごく気になる。
すぐにでも、不思議な魔力を持ってる人のところに行こうと駆け出そうとしたけど、思いとどまる。
気になる魔力とは別に、村の外から小さな魔力が、不穏な魔力を纏った存在に追いかけられていることを感知した。
多分だけど、魔物が人を追いかけてる感じだ!
「……すっごく気になるけど、今は困ってる人を助けるのが先だ!」
魔物との戦闘経験はあんまりない。でも、誰かが襲われてるかもしれないのに、黙って見過ごすわけにはいかない。
俺は魔力を感じた方に急いで駆け出す。
鬱蒼と茂る木々の中を俺は駆けていくと、転んでしまった、俺と同い年くらいの女の子が、コウモリのような羽を生やした魔物——グレムリンに襲われそうになっているところに出くわした。
「きみ、大丈夫!?」
「た、助けて……」
涙ながらに語る女の子は、俺にすがるような目を向けてくる。そんな顔を見せられて、このまま尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない!
それに、相手はそこまで強い相手じゃない。
グレムリンは炎の魔法を操る魔物だけど、初級くらいの魔法しか使えないって本で読んだことがある。
一匹くらいなら……。
「その子から離れろ!」
「ギィッ!」
呻き声と共に、グレムリンは炎の魔法を俺に射出してきた——けど、指をパチンと鳴らすと、俺に届く前に炎は霧散した。
「ギ、ギィ!?」
驚きの声を上げるグレムリンに、俺はへへっと笑う。
「単純な火属性の魔法なんて、見飽きてるよ!」
そう言って、俺は懐から三十センチほどの長さの杖を取り出す。
「今度はこっちの番だ! さっき解析したキミの炎の魔法をちょちょいと弄って——」
杖の先に赤い魔法陣が出現する。
「——最適化して打ち出せば、これくらいの威力にはなるぞ!」
赤い魔法陣が真っ赤に発光した直後に、二メートルはあろう火球が出現し、高速でグレムリンに襲いかかる。
業火に包まれたグレムリンが絶叫した。炎が消えると、グレムリンは跡形もなく消え去っていた。
ふぅと一息ついて、俺は追われていた女の子の元へと駆け寄った。
「もう大丈夫だよ! 怪我はない?」
「……う、うん、ありがとう、魔法使いさん」
笑顔を向けられると、なんだか照れる。
「それより早く——」
村に戻ろうと言おうと思ったけど、それよりもまずい事態が起きた。
「ぐ、グレムリンの大群だ……」
「きゃあっ!」
女の子がその場に座り込んで悲鳴をあげた。いつの間にかグレムリンに囲まれていた。十体以上はいる。
一匹ならなんとかなるけど、大量の魔物を相手にするのは厳しいぞ。魔法を使うには集中しないといけないのに、この数の魔物相手じゃ無理だ。
杖を構える。でも、体が震えてくる。一匹だったら大丈夫だったけど、大群に睨みつけられたら頭が真っ白になる。
「お、俺には無理だよ……」
格好つけて助けに来たけど、魔物と戦った経験はほとんどない俺なんかに、大群の相手なんてできないよ……。
グレムリンが手を前にかざすと赤い魔法陣が出現する。炎の魔法を大量に当てられたら怪我じゃ済まない。
怖くて、目を瞑った——けれど、待っても炎が飛んでくることがない。恐る恐る目を開けると、そこには腰くらいまである水色の髪をした、白い鎧に紺色のスカートを履いたお姉さんがいた。
……この魔力は!
剣についた汚れを振り払って、お姉さんは剣をしまった。
「……子どもが魔物がいる村の外に出て遊ぶなんて、危険すぎるわ」
「た、助かった」
グレムリンが一匹逃げてしまった後をお姉さんは追いかけようとしていたけど、俺たちの方を向いてため息をついていた。
「……全く、まずはこっちね」
お姉さん睨みつけられたけど、助かったことに安心して俺はその場にへたり込んだ。
★
村に戻りながら、お姉さんに村の外にいた理由を尋ねられて、まず女の子が村の外にいた理由を説明する。
「最近この村の周囲の魔物が増えてしまい、食材があまり取れなくなってしまって……お母さんやお父さんの代わりに採りに行こうとして、グレムリンに襲われてしまったんです」
「あなたは、宿の娘さんね。危ないことをしてはダメよ」
「……逃げ足には自信があったんですが、ごめんなさい」
お姉さんが女の子をたしなめたところで、俺が胸を張る。
「そこを俺が助けたんだ——いってえ! どうして俺だけ殴るんだよ。痛いじゃないか!」
俺はお姉さんからゲンコツを食らった。痛くて、涙目でお姉さんを睨みつけるとお姉さんはため息をついた。
「……二人とも、村の外には魔物がウヨウヨいるのよ。子どもが危険なことはしてはいけないわ」
「だって……」
「……だって——何?」
言い返そうとしたら、お姉さんにすごく冷たい目で見られたから、俺は少し怖くなったから声が小さくなる。
「だって、この子が危ないと思ったんだもん……」
「……呆れた。白髪のあんたも親に内緒で出てきたの?」
「俺は……師匠に転移魔法でここまで勝手に飛ばされたんだ。お姉さんに手紙を渡して欲しいって頼まれたんだよ」
「……手紙?」
顔をしかめるお姉さんに手紙を渡す。お姉さんは一瞥していた。
「王宮のアストリアって魔法使いからの手紙だ」
「……そ。確認は後、まずは村に戻るわよ」
お姉さんと村に戻り、一緒に村の中に入ると、村の入り口のそばにいた薄いピンク色の髪の、純白のエプロンに水色のワンピースを着た女性が駆け寄ってきた。
「イリス! また勝手に村を出て!」
「だって、お母さんたちが食材が採れなくて困ってるって言ってたから……」
「だっても何もないでしょ! 最近は村の周辺に魔物がウヨウヨしているんだから! 勇者レイ様がいなかったら……」
勇者といえば、王宮で王様が言ってたっけ。危険な魔物を退治してくれる存在だって。
だから、レイからはさっきから俺が聞きたいけど怖くて聞けなかった、感じたことのない不思議な魔力がしたんだ。
「……私だけじゃないです」
そう言って、勇者のお姉さんは俺を女性の前に突き出した。
「この子も手助けしてくれました」
急に女性の前に突き出されて、恥ずかしくなっていると、女性が俺の頭に手を乗せてきた。
「私は、この村で宿を経営しているイランナ。その格好、キミは魔法使いだね。娘を助けてくれてありがとう」
俺の格好は紺色のスーツの上に、白いローブを羽織っている格好だ。見た目から魔法使いだってすぐにわかる。
「俺はライズです。村の外から困ってる雰囲気を感じたので」
やっぱり、誰かに褒められると嬉しい!
そんな風に感じていると、レイが肘で小突いてきた。
「……魔物の大群に囲まれて、震えてたくせに」
「う、うるさいぞ!」
「……何よ、ただの子どもじゃない」
レイには完全に子ども扱いされてる。
馬鹿にされないためにも、俺はレイに特級魔法使いの資格証を見せた。
「俺はただの子どもじゃないぞ。世界中に十人もいない特級魔法使いなんだからな!」
胸を張って、資格証を見せるとまず反応したのはイランナさんとイリスだった。
「うそ! 特級魔法使いなの!?」
「ライズくん、すごい魔法使いだったんだ!」
どうだと言わんばかりにレイにも見せつけたけど、あんまり効果がなさそうな様子で、ため息をついているばかりだ。
「……ちょっと魔法が使えるからって、無鉄砲なただの生意気な子どもじゃない」
「なんだって! お姉さんだって本当に勇者なのかよ」
俺が言うと、レイは右手の甲を見せてきた。そこには天使の羽のような紋章が光っている。
「……これで証明になる?」
「うわぁ、すごいや」
今がチャンスだ!
魔力を解析してみると、レイの魔力はすごく混線してる。入り組みすぎて、本来繋がるはずの回路が別の回路に繋がってしまって、このまま魔法を使えば暴走してしまう。
「……っ」
ちょっと解析しただけでも、頭がズキっとした。お姉さんは勇者だからなのか、魔力も複雑で、すぐには解析できない。集中して解析したら、頭が焼き切れそうだ。
「お姉さん。もしかして……」
魔力のことを伝えようと思った瞬間、村の外から、お腹をズシンと揺らす咆哮が聞こえた。




