5、闘いの後
スリーツとフォーゼルの中間を覆う、鬱蒼とした広大な森。私は、転移魔法で白髪の少年の元まで、魔力のにおいを辿ってやってきた。
木々の隙間に気配を隠しながら少年の様子を見守っていると、少年が興奮したアサシンビーの女王の鋭利な腹の針に刺されそうになってしまった。
少年に針が突き刺さる場面を見たくない——私は、思わず短剣を投げていた。
カーズ様の命令で、少年を連れていかないといけない。死なれては困る——だけど、何よりもあの少年には死んでほしくないという気持ちの方が強かった。
そして、その少年は回復魔法——神聖力を必要とする魔法の使い方も身につけたようだ。
アサシンビーの毒は、先のスリーツで勇者相手にも使用した強力な毒だ。その毒を払うことができたのだから、カーズ様にとっては必要不可欠な存在となった。
そんな最強の魔法使いが、足元で気持ち良さそうに寝息を立てて寝ている。
……今なら連れて行ける。無防備に、寝ている少年を抱えてフォーゼルまで転移すればいい。
ただ、それだけなのに……。
少年が回復させた、一緒に倒れている大柄の男は私には関係ない。
勇者も……私の目的のために死なれては困るけれど、見たとことただ具合が悪いみたいだったから、放っておいても治るだろう。
……だけど——無意識のうちに、私は少年と大柄の男を抱えて森の奥に向かっていた。
少年が、死ぬかもしれない危険を冒してでも成し遂げたかった夢を、実現させる前に連れ去ることができなかった。
全身を激痛が襲う。カーズ様の元に連れて行くという命令に背いて、森の奥に少年を運んでいるのだから、当然だ。下手をすれば、重大な命令違反にもつながるだろう。
それでも、私は……。
仮に、無理に連れていっても、少年が素直に言うことを聞いてくれないかもしれない。
勇者を助けないと、言うことを聞かないと言えば——だけど、カーズ様は怒り散らし、必要不可欠な存在である少年のことを……。
……その事態だけは避けたい。
あの時——スリーツの街で少年が首輪にかけたおまじない。あれが何を意味しているのかは分からない。
でも、あの笑顔に私は希望を感じた。
こんな小さな少年に縋るのは間違っていると思う。それでも、太陽のように明るい笑顔は私に希望をもたらしてくれる。
「……カイド様、今度こそ自由になりましょう」
そう呟き、私は痛みを堪えながら、森の奥へと歩みを進めた。
★
気がつくと、温かいものに優しく抱かれて、揺れているように感じた。
……あれ、ここはどこだ?
俺のせいで、アサシンビーの女王から毒攻撃を食らってしまったナイツさんを助けたくて、俺は必死に回復魔法を使った。
回復魔法は成功した。
でも、魔力が切れて、その場に——
「ここはどこ!?」
身体を起こすと、俺は宙に浮いていることに気づいた。抱かれていたのは大きな太い腕。それから、ナイツさんの顔が見えた。
「坊主、気がついたか」
「ナイツさん! よかった、無事だったんだね!」
「坊主のおかげだ」
どうやら俺は、ナイツさんの腕に抱かれていたようだ。レイに抱かれると考えたら恥ずかしかったけど、ナイツさんは別だ。
父さんみたいだから、恥ずかしくない。
それより、俺はナイツさんに言わないといけないことがある。
「……ナイツさんごめんなさい。俺が嘘ついて、危険な目にあわせちゃって」
俺は危険な雰囲気を感じていた。でも、それを伝えたら引き返さないといけないと思ったから、そのことを言わなかった。
そのせいで……。
思い出すと、また込み上げてきて涙が出てくる。
ナイツさんは、何も言わない。静かに道の先を見ている——そんな中でポツリと語り出す。
「俺には、坊主と同い年くらいの息子がいた。病気で死んじまったけどな」
「……えっ」
不意にナイツさんが語った言葉に、俺は言葉に詰まった。
ナイツさんには、病気で死んじゃった子どもがいたんだ……。
「坊主そっくりで、よく笑う無鉄砲な息子だった——目の前で、息子そっくりな無鉄砲な振る舞いをする子どもがいて、俺は黙って見てられなかった」
「……ナイツさん」
そっか、ナイツさんが俺を見て時々寂しそうな表情をしていたのは、俺が死んじゃったナイツさんの子どもに似てたからだったんだ。
「目の前で、また息子が死んじまうと思ったら、身体が勝手に動いてた。だから、坊主が気にすることじゃない」
「でも……」
俺のせいで迷惑をかけたことには変わりない。ナイツさんが許してくれても、俺が俺のことを許せないんだ。
それなのに——ナイツさんは俺に今までで一番優しい表情を見せてくれた。
「久しぶりに、息子と一緒に冒険できたみたいで嬉しかった。ありがとな、坊主」
俺は迷惑しかかけてないのに、どうしてナイツさんはこんなに優しくしてくれるんだろう。俺はナイツさんに抱きついて、泣きじゃくることしかできなかった。




