2、揺るがない意志
ナイツさんの話では、薬草が群生しているのは、俺たちが今いる場所からさらに森の奥地にあるということだから、二人で並んで向かっている。
「ナイツさん、ありがとう! おかげで、お腹いっぱいだよ!」
お腹が満たされて、嬉しい気持ちでナイツさんに言った。でも、欲を言えばレイにも食べさせてあげたかったなぁ。
ナイツさんの料理はどれも美味しかった。香ばしく焼けたお肉に、野菜がたっぷり入った甘いシチューにパンも一緒に食べたら、幸せな気分になった。
たくさん食べたけど、ナイツさんは嬉しそうにおかわりまでくれた。
「……それはよかった」
「でも、本当に薬草採取の手伝いまでしてもらっていいの?」
食事までご馳走になって、薬草の採取まで手伝ってもらえるのはなんだか申し訳なく思えちゃう。
ナイツさんのことを見上げて言うけど、ナイツさんは俺の頭の上に手を乗せるばかりだ。
「子どもがそんなこと気にするものではない。元々、スリーツに帰る道中だったからな。それに、私の独りよがりに付き合ってもらっているのだから、おあいこだ」
「うーん……」
ナイツさんの言っていることの意味はあんまりわからないけど、このままじゃ俺の気もすまない。
「……じゃあ、ナイツさんが困ってることがあったら教えて? 俺、特級魔法使いだからさ!」
「ほう」
なんだか、信じてなさそうな目で見られたように感じたから、資格証を俺はナイツさんに見せつけた。
「これが証拠だよ! 俺は、十歳の最年少特級魔法使いなんだぞ!」
胸を張って言うと、ナイツさんの表情がフッとまた柔らかくなった。
「……頑張ったんだな」
「うん! すっごく頑張ったんだよね!」
最初は怖かったけど、なんだか、ナイツさんの雰囲気が優しい父さんと話してるような気持ちになるから、思わず口調も緩んじゃう。
「だからと言って、一人で危険な森の中を出歩くのは感心せんぞ。いくら仲間を助けるためであってもな」
ナイツさんが腕を組んで俺のことを見てきたから、俺は唇を尖らせつつも謝ることにする。
「……ごめんなさい」
そんな俺を見て、ナイツさんはフッと笑う。
「だが、坊主の目を見ていると清々しくも感じる」
「目?」
首を傾げて、自分の目を指さしていう。特に特徴はないと思う。ただ、赤くて解析魔法が使えるくらいだ。
「坊主の目からは、絶対に仲間を助けてやる。そういう意志をひしひしと感じた」
確かに、俺はレイを助けたくて、あんまり何も考えずに森を駆け回ってお腹を空かせてしまっていた。魔物だっていることも忘れて。
「ただ、無謀なことはするなよ」
それは、いつもレイにも言われていることだ。俺は無茶をしてるつもりはないけど、困ってる人のために動こうと思うと、無理をしちゃうし、やりたいことがあると無茶をしちゃう。
今回、レイが無理をしてるのを見て、俺がいつもレイに心配かけてたことを思い知らされた。
……気をつけなきゃ。
「……分かったよ」
俺が頷くと、ナイツさんはまた寂しそうにでも優しそうな笑みを浮かべた。
「……仲間のためにもな」
そう言うナイツさんの声は、やっぱり何だか寂しそうに感じた。
●
潮の匂いが漂う、静寂に支配された洞窟。今はまだ陽の出ている時間だけれど、怪しく光る魔法陣や松明の光がなければ真っ暗な闇が蔓延っている。
「くそっ、忌々しい聖剣め! なぜ、我が闇を拒絶するのだ!」
カーズ様が静寂を打ち破り、聖剣を地面に叩きつけて声を張り上げる。聖剣の澄んだ金属音が虚しくこだまする。
聖杯の力で封印の解けた聖剣を、カーズ様は破壊しようと試みているが、カーズ様の闇の力は聖剣の前にことごとく弾かれている。
カーズ様の顔からは、明らかな焦りの色が見える。
おそらく勇者達は私の残した仮面の紋章を見て、フォーゼルの街に向かっているだろう。順調に行けばあと五日もあれば、フォーゼルに到着できる。
勇者達がフォーゼルに到着する前に、カーズ様は聖剣を破壊し、絶望した勇者を魔王様のために殺害しようと企てている。
狡猾——だけど、私にも狡猾な魔物の血の半分が流れている。だから、私はカーズ様の命令を拒むことができない。
あの白髪の少年の笑顔を奪ってしまった……。
「私の闇の力は絶大だ! それなのに、どうして私を拒むのだ!」
カーズ様を中心に魔力の奔流が起こり、集まった魔力が紫雷として聖剣に当たったが、その神聖な力を前に打ち消されてしまう。
「……魔王様のために、私の復讐のためにも勇者をこの手で殺めなければならんというのに!」
カーズ様は叫び——それから不意に私に目を向けた。
「……シン、そういえば、勇者の連れに魔法の解析に長けた子どもがいたな」
「…………」
カーズ様の指摘に、私は返事をしない。だけど、内心焦っている。心臓の鼓動が激しくなるのを感じる。
そんな私の内心を見透かしてか、カーズ様は邪悪な笑みを浮かべる。
「その子どもをここに連れて来い。そいつの力で剣を破壊する。お前が生かしておいた理由にもなるだろう?」
本来私は、スリーツであの少年を呪いで殺めるように、カーズ様から命令を受けていた。
ただ、勇者の旅に同行しているだけの少年が危険だからと言う理由で、殺すことが私にはできなかった。
あの笑顔を奪うことを私には……。
だけど、そのせいで今度はカーズ様に勇者を殺すために利用されることになるのは、私の責任だ。
「私には……」
できないと言う前に、首輪から魔力が流れ込み、全身に激痛が走る。
「……っ」
痛みで私は片膝をついた——そんな私の頭の押さえてカーズ様は地面に叩きつけてくる。
「私の命令に背けば、お前の命はない。その首輪がある限り、お前に自由はないのだよ!」
そう言って、カーズ様は私の髪を掴んで持ち上げる。
「今回の命令は最優先事項だ。背けば死が待ってる。命が惜しければ——ククッ、お前の主人を助けたければ、命令には背かんことだ!」
「がっ……」
顔を地面に叩きつけられて、私は主人の顔を思い出す。あの方に拾って貰わなければ当に捨てていた命。
主人とあの少年のことを天秤にかけるわけにはいかない。
でも……。
私は立ち上がり、カーズ様に頭を垂れる。
「……わかりました。すぐに少年を連れて参ります」
「それでいい」
歩き出す私の背後からはカーズ様の邪悪な笑い声が聞こえてくる。それでも、私は歩みを止めることができなかった。




