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はじめのキャラクリ

掲載日:2025/10/18

 ドアの前で立ち止まった。

 ネームプレートには、黒いマーカーで「HAJIME」と書かれている。

 息をついて、ノブを回した。



 油の切れた蝶番が、かすれた音を立てる。中からは、かすかな機械音と、キーボードを叩く規則的な音が漏れてきた。


 カリカリとマウスのホイールが回る音がする。

 モニターの光が男の頬を青白く照らしていた。


 部屋の空気はこもっている。積み重ねた雑誌の間にいつ置いたか分からない菓子の袋が挟まっていた。

 画面の中では、無機質な3Dモデルがゆっくりと回転している。


 男は無言でスライダーを動かした。数値が変わるたびに、顔の輪郭や瞳の色がわずかに変わっていく。皮膚の色を調整し、頬の陰影を確かめ、鼻筋を少しだけ削る。

 息を詰めて眺めては、またクリックする。


「もう少し、こうだったか」

 呟きなのか、思考なのか、自分でも区別がついていないようだ。


「ずいぶん悩んでいるな?」

 問いかけに、マウスを止めて息を吐く。


「性別と肌の色は決めた。顔も、もう少しで固まる」


 椅子の背に手をかけ、画面を後ろから覗き込む。

 「……なに作ってんだ?」


 問いかけても、返事はない。画面をスッと動かした。


 タイトルは”1000年に1人の美少女計画”



 そこには、3Dのキャラが映っていた。大きな瞳、ありえない比率の脚、そして物理法則を裏切るほどの胸囲。


 思わず目を細めた。



 モニターの中では、その彼の理想を“再現しようとした何か”が、現実的な重力に苦しんでいる。


 「……その胸のサイズは無理だろ」


 彼女の胸は、それまでの世界の常識をやさしく無視していた。歩くたびに前後にリズム良く揺れ、坂道では前方に押し出され、階段を下りると慣性の法則が白旗を上げるほどだった。


 彼が初めて動いた。


 「いや、いける。彼女はカップ数という世界のレギュレーションに新記録を残す!」


 「新記録なら祝杯だが、彼女はトロフィーを正面で持てないだろうな」


 真顔のまま言い返す。



 彼はもう一度スマホの画面を見た。

 アニメの中の彼女は、完璧な笑顔を浮かべている。

 だがモニターの中の“3D版”は、どこか痛々しい歪みを抱えたままだ。


 「……物理演算が敵なんだよな」


 「物理演算に負ける主人公ってどこの異世界コメディだよ」


 彼の真剣さは、もはや職人というより修行僧の域に達していた。


 また、彼女の顔は、胸と同じく常識に背を向けていた。


 目は大きすぎて、瞬きのたびにまぶたが光を取り込みすぎる。鼻筋はまっすぐすぎて、鼻の穴が縦につぶれている。


 彼は眉をひそめ、スライダーを微調整する。

 「いや、いける。目の大きさは120%、鼻筋は110%、頬は……いや、100%で止めるべきか」


 「モデルの限界を超えてるじゃねえか!」


 思わず突っ込んでしまった。


 彼は動じず、モニターの中の顔をくるりと回転させる。

 光の加減で、目がさらに輝き、頬の丸みが影を作る。



 「……いや、誰だよこのリアル・非現実キャラ、不気味の谷の最小値を出すな」


 彼は画面の前で、一瞬だけ肩を落とした。

 指先はまだスライダーの上を踊っているが、瞳はどこか遠くを見ている。


 「……これ、完成したら、絶対バズるんだよな」


 彼の中で、キャラクターは単なるデータではない。



 細かく動く胸も、無理やりにでも再現した顔の輪郭も、すべては“注目されるための演出”だった。


 SNSに投稿した瞬間、いいねやコメントが画面を埋め尽くす光景。



 友達に自慢するでもなく、見知らぬ誰かが一瞬でも息を呑む、そのリアクションだけを求めていた。


 「この世界では、俺の作ったキャラだけが正義だ。完璧に再現すれば……誰も文句は言えないはずだ」


 彼はまたマウスを握り直す。


 思わず呆れた声を漏らす。



 「胸も顔も微調整する前に、その童貞な思考を直せ」


 彼は一瞬だけ振り向き、哀れな自分を見ないでくれとでも言いたげな顔をして、再び画面に視線を戻した。


 そっと彼の肩を叩いた。

 「……ちょっと待て」


 彼は振り向かずに言う。

 「まだ、あと少しで完璧なんだ……この角度、この比率……」


 深く息をつき、モニターに視線を合わせる。

 無理やり胸を揺らし、物理演算に無茶な勝負を挑む3D版キャラクターが、痛々しく歪んでいた。


 「完璧に作りたい気持ちはわかる。でも、彼女の気持ちも考えてみろ」


 彼は少しだけ指を止め、眉間に皺を寄せる。


「でも……唯一無二のデカパイ×1000年に1人の美少女を作りたいんだ。見た人を驚かせたい……


 ……あわよくばバズらせたい!」


 モニターの横で腕を組み、真剣な声で言った。



「それをやっても、現実のルールは無視できないんだ。物理演算もSNSのアルゴリズムも、誰も裏切ってくれない。完璧に作ることより、まず楽しめるキャラクターにしたほうがいい」


 指がわずかに止まる。彼の瞳の奥に迷いが生まれた。



 「……楽しむ……?」

 

「そう。自分が楽しむこと、見た人が笑ったり感心したりすること。それが一番大事だろ」


 彼は小さく息を吐き、マウスを置いた。

 画面の中の3D版キャラクターは、まだ完璧とは言えないけれど、少しだけ自然に、可愛らしく見えた。


 微笑みながら、肩を軽く叩く。


 「よし。ここからは現実と妥協するんだ。無理な数字は追わずに、キャラの個性を楽しもう」

 


 彼は頷き、初めて少し笑った。

 胸や顔の数値の魔力から解放され、画面に映るキャラクターを素直に眺める。


 その瞬間、部屋には静かな光と、少しの安堵が満ちた。


 彼は最後の微調整を始めた。


 胸も顔も、モデルの設計範囲内で角度や比率を整えながらも、ちゃっかり美少女を追い求めている。


 微笑ましくも滑稽な光景だ。

 胸を揺らす角度を調整し、「世界一 可愛い 女性」で検索しつつ他クリエイターの作品を部分的にパクっている。


 最終的にはそれなりの巨乳×1000年に1人の美少女が出来上がった。


 彼はゆっくり息をつき、”彼女の母親”を画面に映す。


「よし……これでいい。形は整った。次は、この存在を世界に送り出す手続きだ」


 画面の中で、キャラクターの輪郭が静かに光を帯びる。


 ”年齢”の数字を20.0から0.0にする。

 彼女の体は縮小し、赤子になる。


 “人間”として、世界に生まれ出る準備が整ったのだ。


 彼は指先を動かし、”転生”のボタンを押す。

 モデリングされた彼女は世界の一部として存在を始めたのだ。


 完璧さは求めなくていい。個性があり、少し不完全なところがある。それこそが、生きる力になる。


 感傷を切り裂くように、声をかける。


 「……ところで、今日のノルマまで、あと二人作らなければならないんだが、どうするつもりだ?」


 彼はマウスを握った手を止め、少し考え込む素振りを見せた後、ふと笑みを浮かべる。


 「さっき作った彼女を……コピペします」


 眉をひそめ、不快感で彼を刺すように言った。


「1000年に1人の美少女をドッペルゲンガーにするな」


キャラクター作成ってワクワクするけどゲーム中では顔とかほぼ見ないから出オチ感するよね。

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