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蒸気と鉄と銃の整備

「……これだけあれば、多少まともな装備が揃えられるか」


私は革袋から、油と煤にまみれたパーツを引きずり出した。


──魔導パイロン、蒸気圧コンデンサ、回路石板。


いずれも先日の戦闘で撃破した“暴走機兵”から切り取ったものだ。腕部ユニットから引き剥がした魔導パイロンは、焼け焦げてはいたが構造は残っている。蒸気圧コンデンサも亀裂が浅く、再利用の可能性が高い。回路石板に至っては、ほぼ無傷。


「これは……おや、なかなかの拾い物を持ってきたじゃねぇか」


部品商のひとりが目を光らせ、手早くルーペを取り出して石板を覗き込んだ。


「旧式の三層式魔導制御構造か? しかもこいつ……外部干渉保護回路がまだ生きてるぞ」


「分析完了──部品価値推定:

・魔導パイロン:銀貨2.4相当、状態により減額見込み

・蒸気圧コンデンサ:銀貨1.8、構造破損中程度

・回路石板:銀貨3.5、良品評価

合計目標価格:銀貨7〜8。最低交渉ライン:銀貨6.2」


頭の中に、ユグドの平坦な声が響いた。


「……こいつら、銀貨7くらいにはなるだろ。状態は悪くねぇ」


「へぇ、詳しいな。技師か?」


「まあそんなとこだ」


私は適当に受け流しながら、黙って様子を見る。


男はしばらく部品を吟味し、最後に肩をすくめた。


「よし、銀貨6.5でどうだ。……実は俺も欲しい部品なんだが、懐があんまり深くなくてな」


「あと0.5上乗せしろ。石板の状態は“良”だ。下手すりゃ市街の工房で即転売できるだろ」


「ちっ、値踏みできる口かよ……わかった、銀貨7で」


「交渉成功。想定内の収益範囲に収まりました。次は武装調達を優先事項としてください」


「わかってる。──こっからが本番だ」


受け取った銀貨7枚の重量を掌に感じながら、私は背を向けた。


この金は命で買った。


そして、これから買うのもまた──命を守るための装備だ。


旧市街、武装職人通り。

鋲打ちされた木製の扉を開けると、湿った金属と油のにおいが鼻を突いた。


「……よう、何か探してるのかい?」


奥から現れたのは、片腕の鍛冶師だった。筋骨隆々の男で、義手の肘から先が作業用マジックアームに換装されている。


「防弾装備が欲しい。予算は──銀貨7枚」


「ふん。突撃銃でも買うつもりか? それとも……命惜しさに最低限の備えか」


「後者だ。今の私に、贅沢を選ぶ余裕はない」


男は笑いながら棚の奥を引っ掻き回し、埃をかぶったボディアーマーをいくつか並べた。


「予算内だと……このへんだな」


彼が出したのは、旧式の軽量型ボディアーマーだった。

プレート素材は合成革の裏地に魔導繊維を挟んだ二層構造。防刃・小口径防弾には対応しているが、現代兵装や貫通弾には正直きつい。


「最低限の防護だ。致命傷は避けられるかもしれんが、衝撃で骨が折れるのは覚悟しとけ」


私は黙って手に取り、素材の感触と重量バランスを確認した。

──懐かしい。アフリカの民兵がよく着ていた“なんちゃって防弾”と似てる。


「……止血帯とセットで、銀貨5枚にしてくれ。補強縫製も甘いだろ、これ」


「ははっ、目利きか。いいぜ、銀貨5枚で」


「ユグド注釈:現行価格と比較して妥当な取引。残金:銀貨2枚」


アーマーを着込み、ジャケットの下に隠すように調整する。

胸元はやや窮屈だが、銃弾よりはマシだ。


「……これで少しは死にづらくなる」


「次は何を狩る気だ? その目はただの探索者じゃねぇな」


「誰かに見せびらかすために買うわけじゃない。……自分の命のためだよ」


私は礼も言わず、店を出た。


──少しずつ整っていく。

 

 *


 工房の奥、蒸気の唸る音が壁を震わせている。

 油と鉄の匂いが立ちこめるその空間で、私は銃を両手に持っていた。


 ──《スレイヴ・ラプチャー》。

 この世界で流通している突撃銃の中でも、少数しか出回っていない高圧魔導式の武装だ。

 見た目こそ粗削りだが、構造は洗練されていて、魔導徹甲弾にも、対人用のアーマーピアス弾にも対応できる。

 私はこれを、例の追いはぎから奪った光学迷彩マントを売った資金で購入していた。


 だが。


 「調子が悪い……というより、弾詰まりのリスクが高い気がするな」


 私は銃を分解し、ユグドに接続されたゴーグル越しにパーツの接合面を確認していた。

 気密が甘く、魔導蒸気の圧力がわずかに逃げている。長時間の運用で炸裂事故が起きてもおかしくない。


 >「圧力回路のシールが甘く、圧縮蒸気の再循環ラインに不良。推奨:工房職人による再調整」


 「分かってる。……というわけで、整備依頼だ。職人を紹介してくれ」


 私は工房のカウンターで、老職人に銃を差し出す。

 彼はじろりと私の顔を見て、銃を受け取った。


 「ほう、《スレイヴ・ラプチャー》か。珍しいもん手に入れたな、嬢ちゃん。どこで拾った?」


 「拾った、ってことでいいだろ」


 「……まぁいい。こいつは気難しい武器だ。下手に整備すると暴発しかねん。ちゃんと魔導コアの整流率も測るぞ」


 職人は手際よく作業を始め、私はその様子をじっと見つめる。

 整備には時間がかかるというので、その間、私は工房の奥で待機することにした。


 >「本機ユグドによる簡易演算:次の戦闘における勝率、整備前は43.2%。整備後、約68.9%まで向上予定」


 「おい、そういう数字をさらっと出すな。プレッシャーが増すだろうが」


 >「合理的行動を促すためのデータ提示。非効率な感情の排除を推奨」


 「……はいはい、お利口さんだな」


 私はため息をつきながら、腰掛ける。

 敵はどんどん強くなっている。迷彩技術を使う中堅探索者にしても、次はそれ以上の奴が出てくるだろう。


 せめて、装備くらいは──まともな状態で備えておきたい。


 そうして数時間後、整備を終えた《スレイヴ・ラプチャー》が、再び私の手に戻ってきた。


 「改良済みだ。魔導圧の安定化と、排莢エジェクターの強化済み。……弾薬はお前の責任だぞ?」


 「十分だ。助かった」


 私は銃を丁寧に背中へ戻し、工房を後にした。


 次の戦いも、必ず生き残る。それが、私のこの世界での唯一の条件だ。





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