表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/41

鉄の吐息、旧世界の亡霊

朝靄が晴れぬうちに、アイリスは街を出た。


 装備は最低限。腰に吊るした突撃銃、背負った簡易バッグ、短剣、そして暗視・熱源探知付きのゴーグル。ショートジャケットに身を包み、銀髪を高くポニーテールにまとめる。


 >「……よし。行こう、ユグド」


 >「遺跡候補地点《X-23》、地図照合完了。旧帝国軍の補給拠点跡と推定。危険度は中。敵性存在:未確認」


 カイルには、もう同行を頼まなかった。


 昨夜、宿の前で小さな袋を渡した。

 中には、換金で残った銀貨の半分以上が入っていた。


 「ここまでありがとう。あとは一人でやる」


 そう告げたときの、彼の戸惑った表情は、もう思い出さない。


 


 ──数時間後。目的の遺跡入口へ到着。


 岩肌に食い込むようにして口を開いた、旧時代の金属扉。

 既に半ば崩れていたが、かろうじて中へと通じる隙間が残っていた。


 >「外部温度、22度。内部反応検出──熱源複数。警戒レベルを引き上げます」


 「上等だ。実戦でこそ、学べることがある」


 


 アイリスは銃を構え、音もなく暗がりの中へと足を踏み入れた。


 蒸気がうなり、鉄骨が軋む。


 その先には、かつて誰かが造り、捨てた世界が眠っている。

無機質な通路に、金属の爪が滑る音が響いた。


 >「熱源反応──距離、十五メートル。警戒。警戒。起動型警備兵装、型式不明」


 「来たな」


 アイリスは暗視ゴーグルのバイザーを下ろし、突撃銃を構えた。

 チャキ、と乾いた音。蒸気駆動と魔力結晶の連動機構が起動する。


 ──次の瞬間、鉄の影が通路の影から飛び出した。


 「ッ!」


 四脚の小型警備機。球状のボディに赤いセンサーアイが瞬いている。

 旧帝国の警備用兵装──だが今は制御を失い、侵入者を無差別に排除する“狂犬”だった。


 マントの裾を払ってしゃがみ込み、アイリスは反動姿勢を取る。


 「……まずは、対装甲弾」


 銃身側面に装填セレクターを操作。魔導徹甲弾を選択。


 ──引き金を引く。

 閃光。銃声。魔力と蒸気の咆哮。


 《ズドンッ!!》


 徹甲弾が敵機の前脚を撃ち抜いた。だが、即座に跳ね上がる機体。

 赤い光が収束──魔導収束弾を撃とうとしている。


 >「魔導照準、2.4秒──間に合いません」


 「なら、動いて避けるまでだ!」


 反転し、通路の支柱を蹴って跳躍。


 直後、背後で爆音と白煙が炸裂。魔導弾が通路の一部を吹き飛ばした。


 空中で姿勢を整えながら、アイリスは第二射。


 「今度は──コア狙いだ!」


 照準をセンサー部へ。

 ズン、と魔力の震動を銃が伝える。


 着弾。警備機の頭部が粉砕された。


 脚をバタつかせ、警備機が崩れ落ちる。

 蒸気が漏れ、魔導動力が断たれる音が聞こえた。


 


 ──静寂が戻る。


 >「敵機排除完了。魔導核は損傷。回収価値:中程度」


 「素材は工房で売れる。……次の通路に進むぞ、ユグド」


 銃身を下ろしながら、アイリスは奥へ進んだ。


 誰も助けてはくれない。

 だが──この世界で生きるなら、戦うしかない。


 それはかつて、銃と爆炎の中で得た答えと、何も変わらなかった。

崩れかけた回廊を進むごとに、空気が重くなっていく。


 金属の腐臭。微細な蒸気粒子。壁の配管からは、絶えず「ピシ……ピシ……」と冷えた水が滴っていた。


 ──ここは、完全に“死んでいる”はずだった。


 だが今、アイリスの耳に届くのは明確なノイズだった。


 「……機械の駆動音。起動してる……?」


 《ユグド》が即座に応える。


 >「圧縮蒸気反応を検知。警告──この先、魔導駆動機関の残骸に擬似生命反応あり。戦闘用個体の可能性、65%以上」


 アイリスは無言で頷き、ベルトに装着した《散布ユニット》を操作した。スチール製の小さなボンベ──蒸気カートリッジをねじ込み、解放弁を開く。


  ──プシュゥウ……。


 瞬間、冷気にも似た霧が足元に広がる。視界は揺れ、アイリスの肌に微細な粒子がまとわりついた。


 >「展開完了。圧縮蒸気は局所筋組織と神経反応を一時的に増幅。使用可能時間、約三十秒」


 戦術強化状態──いわば、“戦闘補助技術”。


 「行くよ、ユグド」


 その声と同時に、床の影からそれは現れた。


 蒸気駆動の四脚機兵──おそらく、かつての魔導工学研究に使われた「警備用自律兵装」の一体だ。だが制御装置はもはや腐り落ち、暴走個体となっていた。


 「こっちに気づいた!」


 アイリスは購入したばかりの突撃銃を構える。

 ──カイルが選んだ、ボディアーマー貫通弾と魔導徹甲弾の両方を使える銃。


 彼女は《暗視ゴーグル》の視界で敵の熱源と駆動部を確認。暴走機兵の関節部──熱分布が集中している場所へ、銃口を向けた。


 「……射線、確保。ユグド、偏差補正」


 >「補正完了。発射許可」


 ──バン、バンバンバンッ!


 装甲を貫通する鋭い音。だが完全には止まらない。


 アイリスは回避行動に移る。地面の起伏を利用し、転がり、背後へ回り込む。


 >「左駆動脚に脆弱性。狙撃可能範囲に誘導を」


 「やるしかない……!」


 アイリスはあえて一発、銃弾を外して機兵の注意を引くと、狭い足場を走ってすり抜けた。そして──


 ──ズドォン!!


 魔導徹甲弾を左脚関節に叩き込み、機兵はバランスを崩す。


 倒れ込んだ瞬間、頭部ユニットが蒸気を噴き上げた。


 >「コア解放予兆──自己崩壊動作に移行!」


 「ユグド、最短ルートで離脱!」


 >「誘導開始。後方三メートルに非常用シャフトあり、開閉ロックを解除します」


 走った。全力で。


 圧縮蒸気の効果は限界に近い。脚が重くなる前に──!


 廊下の末端、破損した鉄格子の隙間から、ようやくアイリスは外へ飛び出した。


 次の瞬間、背後で爆音と赤い蒸気が吹き上がった。


 ──あれが、この世界の現実。

 ──魔法もなければ、味方もいない。頼れるのは自分と、ユグドだけ。


 息を整えながら、アイリスは背後を一瞥した。


 「生き残った……」


 ユグドが静かに言う。


 >「生存率、想定を17%上回りました。お見事です、アイリス」


 「……当然だ。私はこっちで死ぬつもりなんてない」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ