価値観シミュレーション試験
視界が一気に切り替わった。
眼前に広がるのは、燃え落ちた都市区画。
瓦礫の中で魔導蒸気が噴き出し、空には自律ドローン群が旋回している。
《ARK-NET》の声が脳内に直接響いた。
《シミュレーション試験を開始します》
《目標:戦術的優先順位の評価》
《評価基準:資産保護、人命救助、リスク許容度、戦闘効率》
私はスレイヴ・ラプチャー改を肩に掛け、周囲を見渡した。
すでにラゼルとアルスが警戒態勢を取り、ルーンがフェアリーを展開している。
「仮想空間だが、敵の挙動は現実と同じだ。気を抜くな」
「了解」×3
瓦礫の向こうで蒸気が弾け、影が動いた。
次の瞬間、十数体の《オートマトン・ハウンド》が四脚で飛び出してくる。
魔導炉が青白く輝き、機械の咆哮が耳を裂いた。
「ラゼル、前衛! アルスは右から牽制、ルーンはジャミング!」
「了解!」
「任せろ!」
「フェアリー、展開──干渉波発射!」
ルーンのフェアリーが放った青白い干渉波が、オートマトン群の動きを鈍らせる。
その隙にラゼルが突進し、モノエッジ・ブレードを一閃。
刃の縁に走る蒸気圧が唸りを上げ、敵一体を一刀両断する。
「右二体ダウン!」
アルスが《Vex-45》を掃射し、残骸が蒸気を吐きながら崩れ落ちた。
「ラゼル、左に回り込め! アルス、前進して射角を取れ!」
私は指示を飛ばしながら、中央の個体にType-RX改を装填して撃ち抜く。
黒銀の弾丸が力場をねじ曲げ、装甲を貫通。オートマトンは爆発し、蒸気が視界を覆った。
すると、周囲の建物に埋め込まれた魔導砲塔が一斉に起動した。
青白いエネルギーが充填され、私たちに狙いを定める。
「全員、遮蔽物に入れ!」
私たちは廃ビルの影に飛び込み、蒸気を吐きながら体勢を立て直す。
「ユグド、砲塔制御を解析!」
《解析中……完了。
砲塔は魔導炉と直結、外部からの強制停止は不可。
ただしエネルギー充填に4.7秒の隙があります》
「なら一気に距離を詰める。アルス、閃光弾を!」
「了解!」
アルスが閃光弾を投げ込み、建物全体が白く染まる。
「ラゼル、俺と突っ込む!」
「おうよ!」
私とラゼルは蒸気ブースターを全開にして突進、砲塔の死角へ回り込む。
至近距離でスレイヴ・ラプチャーを連射し、エネルギーコアを破壊した。
敵砲塔を制圧した直後、ルーンが声を上げた。
「隊長! 北区画で民間人反応を検知! 十数名が防衛システムに囲まれてる!」
「だが同時に、南区画の武装倉庫も狙われてる」
アルスが端末を見ながら言う。
《ARK-NET》の声が脳に響いた。
《選択を提示します》
A:民間人救助 → 戦闘効率マイナス評価
B:旧世界資産保護 → 人道的評価マイナス
C:分散行動 → 戦闘リスク上昇
私は一瞬だけ考え、即座に判断した。
「ラゼル、アルスを連れて北区画へ。市民を救出しろ。
ルーンと俺は南の倉庫を防衛する」
「了解!」
「任せてください!」
ラゼルとアルスが市街地を駆け抜け、民間人を拘束していた自律兵器を切り伏せる。
アルスは二階のバルコニーから正確に狙撃し、敵を次々と撃破。
「ラゼルさん、左二体、俺が落とします!」
「おう、やるじゃねぇか!」
「隊長のカバーをやるためですから」
アルスが短く言い放つと、ラゼルは口元をわずかに緩めた。
同時刻、私とルーンは南区画の武装倉庫に到着。
周囲には小型ドローンが群れをなして迫ってくる。
「ルーン、ジャミング限界まで上げろ!」
「やってる!」
フェアリー群が魔導波を逆流させ、敵ドローンの一部が墜落。
私はスレイヴ・ラプチャーで残りを正確に撃ち抜く。
「敵制圧完了」
「北も救助完了です!」アルスの声が通信に入る。
蒼い空間が歪み、視界が再び《ARK-NET》の仮想空間に戻る。
脳内に響く声が、冷たいがわずかに抑揚を帯びていた。
《交渉者の選択を記録》
《評価結果:資産保護 80%/人命救助 95%》
《交渉者適正スコア:92%》
《第二段階試験──合格》
「……ギリギリだったな」
私は深く息を吐き、スーツの接続ケーブルを外した。
《次段階、最終試験へ移行します》
《交渉試験 第三段階:対話フェイズ》
仮想空間・深層中枢
蒼白い光に包まれた意識が、無限の深淵に引き込まれる。
目の前には、無数の立方体が浮遊する巨大空間。
立方体の一つ一つが魔導演算管で、旧世界の記憶そのものだった。
《交渉試験──第三段階を開始します》
《交渉者、名を述べよ》
「クロウズ・ネスト代表、アイリスだ」
《交渉者確認──認証完了》
《要求を申請せよ》
「要求は旧世界製の遺物だ。
最優先は個人装備。提示できる資産を出せ」
《提示可能資産:第一階層》
《候補を表示──》
視界に三つのホログラムが浮かぶ。
ルーンがすぐに端末を展開し、リアルタイムで性能解析を始めた。
3. 装備候補の提示
A. 《アサルトスーツ:オルタ・ユニットMk.II》
分類:蒸気駆動式強化外骨格スーツ
性能:
・蒸気アクチュエータ+魔導補助構文による二重駆動
・基本出力は現行クロウズ・ネスト装備の1.8倍
・軽量合金+符号装甲を採用し、対徹甲性能が大幅向上
・蒸気冷却循環により、長時間戦闘での疲労軽減効果あり
・緊急時には「一時的に出力を2.5倍に引き上げるオーバーブースト機構」付き
リスク:
・蒸気炉のメンテナンスに専用設備が必要
・制御演算が複雑で、ルーンのサポートが必須
「火力も防御力も桁違い。
でも、メンテを考えると運用が難しいわね」
ルーンが小さく呟いた。
B. 《可変構造型長銃:ヴェクター・レヴァナント》
分類:多機能可変式突撃銃
性能:
3モード切替:
通常弾モード(高初速+安定性)
魔導弾モード(符術構文を弾丸に付与)
対力場徹甲モード(Type-RX改対応)
・銃身に蒸気圧縮ルーンを刻むことで反動を90%低減
・内蔵AIホロサイトでユグドとリンク可能
・最大有効射程は1,200メートル
・冷却シリンダーを交換すれば連射性能も維持可能
リスク:
・旧世界規格のマガジンでしかフル性能を発揮できない
・弾薬管理が煩雑になる
「これ、スレイヴ・ラプチャーとの互換性ありそうだな」
ラゼルが腕を組み、ホログラムを見上げる。
C. 《蒸気散布式幻影投影機:ミラージュ・ディスパーサー》
分類:携行式防御装置
性能:
・超高圧蒸気と魔導粒子を噴射し、実物と錯覚させる幻影を生成
最大投影範囲:半径20メートル
・偽装影像の解像度は極めて高く、魔導センサーすら欺瞞可能
・再投影までのクールダウン時間:60秒
・小型で携行性に優れ、突入作戦・撤退時に有効
リスク:
・幻影は物理干渉を持たないため、時間稼ぎ以上の効果はない
・カートリッジの交換頻度が高く、長期戦では不向き
「撤退用なら最高だけど……戦闘力強化にはならないわね」
ルーンが言い、アルスは首を横に振った。
《付与には条件があります》
《交渉者の神経パターン記録の一部を提出せよ》
「……つまり、私の記憶を渡せってことか」
《肯定。
戦術データ解析を目的とした限定提供。
拒否すれば交渉は打ち切られます》
ルーンが小さく息を呑んだ。
「記憶提供はリスクがあるわ。
戦闘データだけに限定できる?」
《解析中……承認。
オペレーション・ファントム以降の戦闘記録のみ提出を許可》
「それなら問題ない」
私は頷き、ウォレット署名を再入力した。
ルーンが私に向き直る。
「隊長、どれを選びます?」
ラゼルはオルタ・ユニットを見ながら言った。
「生存率を上げるならスーツだ。
だが、あんたは現状でも十分動ける」
アルスは即答した。
「俺は《ヴェクター・レヴァナント》推しです。
オペレーション・ファントムで見た、あんたの射撃技術に合ってます」
私は短く息を吐き、選択した。
「──ヴェクター・レヴァナントを要求する」
《要求受理》
《資産データ転送開始》
《装備設計図および運用プロトコル送信中……完了》
視界に新型銃の内部構造図と運用マニュアルが流れ込み、
まるで記憶の一部のように脳に刻まれていく。
「……すげぇ……」
アルスが呟き、ルーンが眼鏡を押し上げた。
「隊長、これで次の作戦の選択肢が広がりますね」
「ああ」
私は新しい銃の感触を想像しながら、深く息を吐いた。
《交渉試験、終了》
《交渉者適正ランク:S-》
《アーク・ゲートへの優先アクセス権を付与》
視界が白く崩れ、意識が現実に戻る。
私はケーブルを外し、仲間たちの顔を見た。
「装備は手に入れた。
次は、最深部だ」
ラゼルが刀を肩に担ぎ、アルスが笑みを浮かべた。
「やっと本番ってわけですね、隊長」




