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旧世界の扉


リヴィネス北方荒野を走る蒸気圧魔導車クロウズ・ランナーが、蒸気を吐きながら速度を落とした。

 ユグドの音声が低く響く。


目標地点アーク・ゲートまで残り500メートル。

 周囲の魔導反応、急激に上昇中。

 旧世界由来の自動防衛機構が稼働している可能性あり」


 夜明け前の薄闇の中、遠方に黒い巨壁がそびえ立つのが見えた。

 まるで大地を切り裂くような巨大な半円状の門──《アーク・ゲート》。


 周囲一帯には蒸気が立ち込め、地表を覆う苔のような魔導結晶が青白く光っていた。

 車両を停めた途端、外は異様な静けさに包まれる。



 私は車両から降り、湿った大地にブーツを踏みしめた。

 息を吐くと、魔導蒸気を含んだ白い靄が漂う。


 遺跡は近づけば近づくほど、ただの建造物ではないと分かる。

 門の高さはおよそ百二十メートル、幅は三百メートル。

 黒曜石に似た素材で作られているが、表面には旧世界魔導符のような文様が無数に刻まれていた。


「……こいつはすげぇな」

 アルスがヘルメット越しに呟く。


 ラゼルは低く鼻を鳴らす。


「旧世界技術の極みだな。

 魔導演算管と蒸気圧機構の複合建築……今の帝国でも再現できねぇ」


 ルーンが端末を開き、壁面の構造をスキャンする。

 彼女の目がわずかに細められた。


「魔導波形、異常値。

 この門……外壁そのものが“巨大な魔導演算装置”になってる。

 外側からの強行突破は不可能ね」


「だから正規ルートで行く」

 私は胸ポケットの署名済みウォレットを軽く叩いた。


「3,000BTCを使って、旧世界AIにアクセスする。

 強行突破は最後の手段だ」



 風が吹き抜けると、地表の魔導結晶が淡く共鳴した。

 直後、ユグドの音声が警告を発する。


「注意。魔導瘴気濃度が規定値の140%に達しました。

 長時間の曝露は危険です。スーツ冷却系を起動してください」


 私は《テンペスト・ギア》の冷却回路を稼働させ、蒸気排出口から淡い白煙を吐き出した。

 アルスも外骨格《Type-ARX》の背部ノズルを操作し、冷却を強める。


「ここ、空気そのものが重いな……」

 アルスが肩を回しながら言う。


 ルーンは端末を操作し、頷いた。


「遺跡周囲の蒸気は高濃度の魔導粒子を含んでる。

 通常兵器のセンサーは誤作動を起こすはずよ。

 こっちのデータリンク頼りになるわ」



 ラゼルが門の周囲を警戒しながら低く呟いた。


「妙だな。これだけ近づいてるのに、防衛兵器の反応がねぇ」


 その言葉にユグドが応じる。


「推測。ゲートは“交渉者”を識別するまでは防衛兵器を稼働させない仕様です。

 ただし、侵入者と判断された場合は即時排除。

 攻撃力は未知数です」


「つまり、誤作動一つで死ぬってことか」

 アルスが肩をすくめる。


「だったら、慎重に動くしかない」

 私は深く息を吐き、仲間たちを見渡した。



「ラゼル、アルス。外郭の安全確保を最優先だ」

「了解」

「任せてください」


「ルーンは交渉端末との接続準備を頼む。

 外からユグドを同期して、セキュリティ解除を補助しろ」


「了解。ドローンも展開しておくわ」


 ルーンの肩から離れた小型ドローン《フェアリー》二機が飛び立ち、

 門周辺の環境データを収集し始める。


 私は胸ポケットからウォレットを取り出し、親指で表面をなぞった。

 この3,000BTCが《ARK-NET》と対話する唯一の鍵だ。


「ここから先は、もう後戻りできない」

 私は低く呟き、クロウズ・ランナーの外部照明を点灯させた。



 遺跡正面にある制御端末らしき台座に歩み寄り、

 署名済みウォレットを差し込む。

 ホログラムが立ち上がり、青白い魔導光が私の顔を照らした。


《接続開始──ARK-NET中枢認証》

《認証者識別:不明》

《照会中……》


 胸部の冷却ユニットが唸り、汗がスーツ内で冷たくなる。

 数秒後、ホログラムに文字が浮かび上がった。


《交渉権限、暫定承認》

《交渉室《ARK-Link Chamber》への立ち入りを許可》


「よし……行くぞ」

 私は仲間たちに短く告げ、ゲート前へと進んだ。



第一層・外郭警備区画


 アーク・ゲートが低く唸りを上げ、巨大な門がゆっくりと開いた。

 噴き出す高圧蒸気の中、目の前に広がったのは黒鉄と魔導構文で構築された旧世界の防衛都市構造だった。


 足元の床は熱を帯びた黒曜石のような素材で、歩くたびにわずかに魔導光が走る。

 壁面には蒸気駆動の演算管が幾重にも走り、青白い符光が脈動するように点滅している。


「……なんて光景だ」

 アルスが小声で呟いた。


 ルーンは端末を起動し、ホログラムを投影する。


「ここが第一層、外郭警備区画。

 防衛機構の稼働率は未知数……でも、この魔導反応、稼働してると考えた方がいいわね」


 ラゼルは《モノエッジ・ブレード》を抜き、肩越しに言う。


「稼働してるかどうかじゃない。

 問題は“どの段階でこっちを敵と見なすか”だ」



 その時、ユグドが警告を発した。


「警告。魔導干渉波を感知。

 接近をトリガーとして、防衛機構が起動しました」


 次の瞬間、床面の蒸気排出口から四脚の自律兵器がせり上がってくる。

 黒鉄の装甲に覆われ、胴体中央の魔導炉が青白い光を放つ。

 その名は《オートマトン・ハウンド》。

 旧世界製の蒸気駆動型自律兵器だ。


「数は?」

 私は短く問う。


「前方五体、左右各二体ずつ。計九体」

 ルーンの声が冷静に返る。


 アルスは《Vex-45》を構え、低く息を吐いた。


「隊長、指示を」



「ラゼルは前衛、アルスは右を制圧。

 ルーンは魔導干渉解析で敵制御系を撹乱。

 私は中央突破だ」


「了解!」×3


 最初の《オートマトン・ハウンド》が高圧蒸気を噴き上げながら跳躍した。

 ラゼルが一歩踏み込み、モノエッジ・ブレードを一閃。

 魔導振動刃が装甲を切り裂き、内部の蒸気炉を破壊する。


 同時に右側面から接近する二体へ、アルスが短射を浴びせた。


 パンッ、パンッ、パンッ──!

 魔導蒸気圧射出弾が装甲の隙間に食い込み、片方の動きを封じる。


「右一体撃破、もう一体はまだ動く!」


「ルーン、今だ!」


「了解、制御波形に干渉──《ジャミング・フェアリー》展開!」


 ルーンの端末から放たれた小型ドローンが、ハウンド群の中央に高速で飛び込む。

 瞬間、青白い干渉波が放たれ、敵二体の関節駆動部が痙攣した。


「二体停止! 今のうちに!」


 私は《スレイヴ・ラプチャー改》を構え、通常魔導弾で制御中枢を撃ち抜く。

 装甲が裂け、機械獣が蒸気を吹き上げて崩れ落ちた。



 だが、残りの四体が一斉に距離を詰めてくる。

 私は即座に背部ユニットのスイッチを叩き、短く構文を唱えた。


「《Veil-α》──展開!」


 ゴウンッ!

 高圧魔導蒸気が半球状に広がり、視界が白い霧に覆われる。

 直後、ハウンドの牙がシールドにぶつかり、鈍い衝撃音を立てて弾かれた。


「アルス、右から回り込め! ラゼル、左を任せる!」


「了解!」


 アルスが背部外骨格の補助スラスターを噴かし、低い姿勢で右へ回り込む。

 ラゼルは左側へ駆け込み、二体を同時に引き受けた。


「ルーン、敵の干渉波再解析急げ!」


「やってる、もう少し──はい、ロック解除完了!」


 ルーンが魔導波の優先権を奪い、二体の挙動が一瞬だけ硬直する。

 私はその隙を逃さず、**対力場徹甲弾《Type-RX改》**を一発装填。


「Type-RX改──撃つ!」


 パンッ!

 黒銀の弾丸がハウンドの中央炉を直撃。

 魔導歪曲ルーンが装甲内部で爆ぜ、力場コアごと貫通する。


「一体沈黙! 残り三!」



 アルスが最後の一体を撃ち抜き、ラゼルが刃で残る二体を切り裂く。

 爆ぜる蒸気が霧となり、外郭区画に静寂が戻った。


「全機撃破。被害は軽微だ」

 ルーンが息を整えながら端末を閉じる。


「さすがだな、隊長……やっぱり強ぇ」

 アルスが銃を肩に掛け、感嘆の声を漏らす。


「お前のカバーがあったからだ。次も頼むぞ」


「任せてください!」


 私は《スレイヴ・ラプチャー》のマガジンを交換し、視線を前へ向けた。


 奥に続く巨大な螺旋階段が、青白い光を帯びながら下層へと伸びている。


「次は第二層だ。

 ここからが本番になる」

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