作戦準備
リヴィネス市街地下、クロウズ・ネスト本拠。
暗い作戦室の中心で、ホログラム投影機が淡い光を放つ。
映し出されたのは、IMC極東支部の交渉官──レイナ・ヴァルクだ。
「もう一度考えてほしいわ、アイリス」
彼女は組んだ腕を解き、静かな声で告げた。
「クロウズ・ネストをIMC傘下に迎える用意がある。
報酬は5,000BTC。さらに旧世界データベースの共有権限も付与する」
私は短く息を吐き、ホログラムの向こうを真っ直ぐ見据えた。
「……悪いが、話は聞けない。
クロウズ・ネストはどこにも属さない」
レイナはわずかに口角を上げる。
「独立を貫くつもりね。
けど覚えておきなさい、旧世界の遺物に手を伸ばすなら、どこかに後ろ盾は必要よ」
「後ろ盾なら、仲間がいる」
レイナは薄く笑みを浮かべ、通信を切った。
ホログラムが消え、作戦室は静寂に包まれる。
ユグドの電子音声が響く。
「IMCとの交渉終了。
取得資産:3,000BTC、ARK-NET接続用署名キー保持」
「よし……準備に入る。遺跡へ行くぞ」
*
装備を整えた私は、仲間たちを集めた
ラゼル、ルーン、アルス──今回選ばれた三名だ。
「今回の任務は《アーク・ゲート》への潜入だ。
目的はARK-NETとの交渉。
旧世界の遺物や装備を入手する」
ラゼルは腰の《モノエッジ・ブレード》を軽く叩きながら頷く。
「交渉中は俺が前衛で抑える。何があってもお前は守る」
ルーンは端末を開き、遺跡の断面図をホログラムに投影した。
「内部は三層構造。
外郭は蒸気圧駆動の旧式防衛機構、第二層は魔導演算管だらけ。
交渉室は最深部で、生体認証とウォレット署名が必要。
アイリス、入れるのはあなただけ」
「分かってる。ルーンは外でバックアップを頼む」
「任せて。私の指示に従って」
その横で、アルスが無言で《Vex-45》を分解し、再度マガジンを装填した。
彼は新品同様の短機関銃を構えたまま、真っ直ぐ私を見た。
「……一つだけ言わせてください」
「なんだ」
「俺、クロウズ・ネストに入った理由は、あんたと一緒に戦うためです。
オペレーション・ファントムの時、あんたが帝国部隊を潰したのを見た。
正直、あれを超える奴はいないと思ってます」
ラゼルが鼻で笑った。
「お前、相変わらず言葉が重いな」
「事実です」
私は短く答えた。
「……期待に応えるつもりはない。
だが、生き残りたいなら、勝手な行動はするな」
「了解しました、隊長」
全装備を最終チェックし終えた私は、胸ポケットにあるウォレットを指でなぞる。
冷たい金属の感触が、これからの交渉の重みを思い知らせた。
「遺跡は生き物みたいなもんだ。
油断したら噛み殺される。
今回は、突破じゃなく“接触”だ。覚えておけ」
ラゼルが頷き、アルスが短く答えた。
「了解」
ルーンは端末を閉じ、フェアリーを肩に装着した。
「じゃあ行こう。時間は限られてる」
私は深呼吸し、仲間たちを見渡した。
「――出発する」
*
リヴィネス北方荒野へと続く街道。
クロウズ・ネスト専用の蒸気圧魔導車が、濃い蒸気を吐きながら走っていた。
外装は黒鉄で補強され、側面には魔導封鎖ルーンが刻まれている。
車体後方の二基の魔導炉が唸り、車輪に伝わる振動が床を揺らした。
運転席でユグドの音声が響く。
「目的地まで残り32キロ。
想定到達時間は約50分」
後部座席に座るラゼルは、《モノエッジ・ブレード》を点検しながら淡々と呟く。
「遺跡周辺は魔導瘴気が濃い。
防衛兵器よりも、瘴気に引き寄せられた“異形”に注意しろ」
「異形……?」
アルスがわずかに身を乗り出す。
ルーンは端末を操作し、ホログラムに簡易地図を投影した。
「遺跡近くは旧世界の魔導炉が地下で暴走してる。
そのせいで蒸気に含まれる魔力濃度が異常に高いのよ。
だから周囲では、動植物が変異した魔導異形種がよく出る」
私は短く頷く。
「つまり、遺跡に近づくほど、モンスターの密度も上がるってことだな」
クロウズ・ランナーの車体が急停止する。
ユグドの声が低く響いた。
「警告。前方800メートル、魔導反応多数。
推定個体数、十二以上」
荒野の先で、蒸気が白く濃く立ち込める中──それは現れた。
四足の異形獣。
体毛はなく、皮膚には黒鉄のような鱗が走り、関節部から蒸気を吹き出している。
魔導瘴気で変質した骨格は歪み、顎は常軌を逸した長さに伸びていた。
「来たな……」
ラゼルが刀を抜き、車体から飛び降りる。
アルスが短機関銃《Vex-45》を構え、私に視線を送った。
「指示を!」
「ラゼルは前衛、アルスは右から援護射撃。
ルーンは後方で魔導干渉を監視しろ。
私が中央突破する」
「了解!」×3
先頭のスチーム・ハウンドが低く唸り、突進してきた。
ラゼルは刀を逆手に構え、蒸気を噴き上げながら駆け出す。
「──斬り伏せる!」
金属音と共に、モノエッジ・ブレードが光を放つ。
魔導振動刃が異形の装甲を切り裂き、血と蒸気が一瞬で霧散した。
同時に、右から回り込んだ個体へアルスが短射三発。
パンッ、パンッ、パンッ──
低音の発射音が響き、弾丸が異形の肩を穿ち、動きを止める。
「命中、二体行動不能!」
その報告と同時に、さらに三体が側面から接近。
私は背部マウントのスイッチを叩き、短く構文を唱えた。
「《Veil-α》──展開」
ゴウンッ!
高圧魔導蒸気が噴出し、半球状の蒸気幕が前方に広がる。
突進してきた異形獣の牙が幕に触れた瞬間、動きが一瞬鈍る。
私はその隙に《スレイヴ・ラプチャー改》を構えた。
「Type-RX改、使用──撃つ」
パンッ──!
黒銀の弾丸が放たれ、最前の個体の頭部を一撃で粉砕した。
背後からルーンの声が飛ぶ。
「待って、右後方の個体群、蒸気信号を利用して連携してる!
魔導干渉コードを割り込ませる!」
端末から放たれた小型ドローン《フェアリー》が高速で飛び出し、
異形群の上空に小さな魔導撹乱フィールドを展開。
接続していた個体群が動きを乱し、混乱に陥る。
「今だ、アルス!」
「了解!」
アルスの《Vex-45》が唸り、二体がその場で崩れ落ちた。
ラゼルが最後の一体を刀で両断し、蒸気が霧散する。
荒野に再び静寂が訪れた。
「異形十二体、殲滅完了」
ルーンが端末で魔導反応を確認する。
アルスは銃を降ろし、息を整えながら私を見た。
「……やっぱりすげぇな、隊長。
群れ相手にまったく迷わねぇ。
俺、あんたに着いてきて正解だった」
私は短く答えた。
「褒めてる暇があったら弾倉を交換しろ。
まだ先は長い」
「了解!」
クロウズ・ランナーに乗り込み、再び魔導炉が唸りを上げる。
蒸気を吐きながら車体が加速し、夜の荒野を突き進んだ。




