密命
夜、リヴィネス市街地下。
許可を受けた者しか立ち入れない隠し階段を降りると、
そこに《クロウズ・ネスト》の本拠があった。
薄暗い部屋に響く、無数の電磁通信端末の唸り。
冷却管を流れる水の音がかすかに反響する。
アイリスは重厚な扉を抜け、司令卓の前に立った。
卓上のホログラムが赤いシンボルを映し出す。
《CROW’S NEST – OMEGA PROTOCOL》
「……依頼は確認した。ターゲットはIMCとの接触だな」
ホログラムが応答した。
「目標:《Interstellar Manufacturing Conglomerate(IMC)》
交渉内容:帝国軍の新型人型兵器に関する制御コード
報酬条件:旧世界暗号通貨《Bitcoin》にて受領」
IMC──Interstellar Manufacturing Conglomerate。
旧世界時代から続く巨大軍需企業で、
大陸間戦争を幾度も裏で動かしてきたと噂される存在。
表向きは資源開発と兵器製造を行う企業だが、
実際には旧世界の遺産発掘と技術再現を目的とした
独自の研究開発部門を保有している。
そして帝国に対しては表向き中立を装いながら、
裏では兵器市場を通じて勢力争いを仕掛けている。
帝国とIMCは「冷戦状態」とも言える微妙な関係を保っていた。
クロウズ・ネストは、そのIMCとの交渉に臨もうとしていた。
帝国軍は未だ、情報流出の犯人を掴めていない。
だが、ビットコインがなければ旧世界の自律防衛AI《ARK-NET》と交渉できない。
クロウズ・ネストにとっては絶好の機会だった。
*
深夜、港湾地区の廃墟化した交易会館。
崩れたコンテナ群の間を濃い蒸気が漂っている。
中央ホールに設置された臨時交渉ブースで、
IMC極東支部の交渉官レイナ・ヴァルクが待っていた。
背後には重武装の私兵が四名。
対して、アイリスは一人だった。
「クロウズ・ネストがここまで危ない橋を渡るとはね」
レイナは無機質な声で言った。
「俺たちは“情報商人”だ。
帝国とIMCに独占させる気はない」
アイリスは黒いケースを開き、
魔導演算媒体メモリ・コアを机上に置く。
「《マギ・プレデター》の制御コードだ。
本物かどうか、確認してみろ」
レイナが端末を接続し、数秒後に頷く。
「本物ね……なら交渉成立。
支払いは旧世界暗号通貨《Bitcoin》──2,500BTCでどう?」
「3,000BTCだ」
アイリスは即答した。
「強気ね」
レイナは口角をわずかに上げた。
「いいわ。交渉成立よ」
決済は即座に完了した。
暗号鍵がアイリスの端末に転送される。
《3,000BTC受領》
《補足:旧世界防衛AI《ARK-NET》との交渉権限を取得》
ユグドが告げる。
「報告:帝国とIMCは既にARK-NETとの初期交渉を完了。
旧世界技術や遺物の一部を入手済みです」
アイリスは首を傾げる。
「もう遺物を確保してるのか?」
「肯定。ただし解析済みはごく一部です。
主要兵器群の制御権は、いまだARK-NET本体が保持しています」
「つまり、先を越されてはいないってことだな」
「正確には“優先権”を競っている状態です」
クロウズ・ネストにとって焦りはない。
だが、時間をかけすぎれば帝国とIMCが交渉で優位に立つのは確実だった。
三日後、クロウズ・ネスト本拠地。
暗号回線に緊急通信が入り、レイナ・ヴァルクの姿が映し出された。
「帝国諜報網を一切刺激せず、
《マギ・プレデター》の制御コードを抜いた……見事な仕事だったわ」
アイリスは目を細めた。
「褒め言葉を聞くために暗号回線を使ったのか?」
「いいえ。もっと大事な話よ」
レイナは端正な口元をわずかに歪める。
「──クロウズ・ネストをIMCに吸収したいの」
その場の空気が張り詰める。
「報酬はビットコイン5,000BTC、IMC標準装備一式、
そしてARK-NETへの優先接続権限。
どう? 悪い話じゃないはずよ」
アイリスはしばし考え込む。
IMC傘下に入れば資源は確実に得られるが、
独立を失い帝国と正面衝突するリスクを背負うことになる。
ユグドが淡々と提案する。
「分析結果:IMC傘下入りで資産効率は241%向上します。
ただし、IMCは組織資産としてあなたたちを扱う可能性が高い」
「つまり使い捨てられるリスクもあるってことか」
「肯定。ただしARK-NETの交渉は時間との勝負。
IMCの量子演算サーバーを利用できれば成功率は大きく上がります」
レイナがホログラムに二つの選択肢を投影する。
選択肢A:IMCと協力し、ARK-NETへの交渉権で優位を取る
→ 成功率68%
→ 資源確保は容易だが、独立性を失う
選択肢B:独立路線を維持し、単独でARK-NETに挑む
→ 成功率36%
→ 危険だが、交渉成功時は全権限を握れる
アイリスは長く息を吐き、低く呟いた。
「……慎重に選ぶ必要があるな」




