帰還、魔術師とは
本部へと向かう蒸気魔導機関車に乗りながらアイリスは問う。
「……ねぇユグド。この世界の“魔術師”って、どんな立場?」
《魔術師は、技術階層における“特権階級”です。》
《高位の魔術師は軍にも政治にも関与し、世襲される魔術血統は貴族制度の根幹に組み込まれています》
「つまり、生まれで決まるってことか……」
《魔力の有無が階級を決定する社会。魔術師の地位は、教育や努力では覆せない──》
「……最悪のシステムだな。まるで中世の封建国家だ。」
《ですが、魔術師の力は確かに実戦において有用です。先ほどのような防護魔法、詠唱による攻撃の多彩さ、そして力場支援》
《今回の戦闘記録を解析しました。魔術師との戦闘における被弾率、従来の兵装では適応限界に近いと判断されます》
「……あの詠唱型。装甲も速度もないくせに、魔導力場で弾を捌き、攻撃は貫通火力。まるで“別種”だった」
《彼らは根本的に、我々エンジニアとは異なる構造です。》
アイリスはふっと息を吐き、端末から目を離す。
「ユグド。あんたの視点から見て……魔術師とエンジニアの違いって、何?」
《定義として申し上げます。魔導蒸気圧エンジニアとは、既存の技術体系を再構成し、魔導エネルギーを制御可能な“工業力”として扱う職能です。一方、魔術師とは、内包する魔力を言語と意志によって演算し、現象を引き起こす“生体演算機”に近い存在です》
「つまり、“機械式”と“生体式”ってことか」
《正確には、前者は魔導回路と蒸気圧による工学的制御。後者は魔力素体と詠唱による情動演算です。》
「情動……?」
《魔術は感情と密接に連結しています。怒り、恐怖、執念──それらが魔力制御に影響を及ぼす。だからこそ不安定で、制御困難。だが、同時に“意志”の強さが性能差を生む》
「非効率。だけど戦闘中の変化に適応できる柔軟性がある」
《はい。ですが、代償も大きい。魔術師は消耗も激しく、身体への反動もあります。》
アイリスは椅子に身を沈めたまま、静かに天井を見上げた。
「……あの魔術師、呪文をラテン語に似た言語で唱えていた」
《古代言語に似た“魔導構文”。意味構造よりも、形式と意志伝達に主軸を置いた言語プロトコルです。》
「ふざけた話だ。こっちは数式と構造体とスパナを握ってんのに、あっちは怒鳴れば火の矢が飛んでくる」
《ですが、“魔術”の精度と速度を凌駕するには、今の兵装では不十分です。改良が必要かと。》
「……ああ。こっちはこっちの理屈で、あいつらの異能に抗わなきゃならない」
ユグドが僅かにトーンを落とす。
《皮肉なものです。“魔法を技術にする”のがエンジニアの役目なのに、本物の魔術にはまだ追いついていない。》
アイリスは小さく笑った。
「違う。私は“魔術を超える技術”を作る。それがこの手でできるって、証明してみせる」
ユグドの応答は、ほんの一拍だけ遅れた。
《了解しました。あなたの理念を、記録として保存します》
「あの騎士、スレッジじゃ歯が立たなかった。
次はもっと“魔術師を倒すための装備”が必要だな」
《魔術特化型戦術装備、開発案を提案可能。クロウズ・ネストとの協力を》
「……それも視野に入れておく。あの連中を倒せなきゃ、私たちが生き残れない」
*
クロウズ・ネスト地下拠点。
帰還報告室──そこは冷たい金属と無機質な照明に支配された、密閉型の作戦報告ブースだった。
アイリスは血の滲んだドレスワンピースのまま、椅子に浅く腰掛けていた。
前には、第四局の戦略分析官が、無表情で彼女の報告を受けている。
「……以上が、レイディア研究塔への潜入、戦闘、回収任務の全経緯になる。」
アイリスの声は平静だったが、その身に残る焼け焦げた布地、裂けた袖、そして隠しきれぬ疲労が、任務の苛烈さを物語っていた。
「アイリス様、収集データはどこに保存してますか?」
「すべてこの端末に。ユグ──“技術支援AI”がバックアップも含め、完全に構築済みだ。」
机上の魔導端末が音を立てて起動し、空中に青白いホログラムが浮かび上がる。
映し出されたのは、帝国軍が現在開発中とされる新型大型人型兵器──コードネーム《M22:ガルヴァス》。
「機体構造、動力、装甲……どれも、今までの量産型と一線を画している」
アイリスの指が空中で情報をスワイプし、ホログラムが次々と切り替わる。
「最大の特徴はこれ。魔導力場を纏う“反応装甲”と、魔力ベースの自己修復機構。そして──」
映像が変わり、機体の腕部ユニットが展開する。そこに内蔵された銃器の詳細が表示される。
「──腕部内蔵型・対物徹甲ガトリング。毎秒300発の射撃能力。従来の物理装甲は無力」
シェイドの目がわずかに細くなる。
「……それを実戦投入する準備段階にある、ということですか」
「はい。しかもあれは“魔術師向け拡張インターフェース”を前提とした操縦系を持っている。つまり、魔力による制御と防御を標準装備とした次世代型。戦場で魔術師が兵器に融合される時代が、もう目前ってこと」
静かな沈黙が数秒流れる。
やがてシェイドが、データを保存しながら口を開いた。
「……クロウズ・ネストの旧式兵装では、太刀打ちできんでしょうな」
「ええ。あれは現代基準では“巨大であること”以外に価値がない」
「となれば──次の段階に進むしかない。魔導戦術の再設計、AI制御との連携、魔力中継装置の導入。……開発部に伝えておきます。アイリス様、お疲れ様です。」
アイリスは軽く頷きつつ、傷だらけの指で髪を耳にかけた。
「ただひとつ、気になる点が」
「……なんです?」
「帝国がこの兵器を配備する“本当の意図”だ。防衛か、あるいは国外への展開か。今回、設計資料には“起動式式典”の予定もあった。」
「つまり──実戦投入は“内示”済み、と」
アイリスはわずかに笑った。
「ええ。もしかすると、戦場の“構造”そのものが変わるかもしれない。」
報告は終了した。
だが、それは新たな局面の始まりでもあった。
魔術と兵器の融合。超大型兵器と諜報組織、そして──まだ見ぬ新たな敵の存在。
静まり返る報告ブースの中、アイリスは立ち上がる。
「それじゃあ……補給と、新しい服を。まだ終わったわけじゃない」
その瞳は、もう次の戦場を見据えていた。




