オペレーションファントム 準備
【クロウズ・ネスト地下/第四局 作戦会議室】
照明は最低限。コンクリートの壁面に、作戦図と帝都の立体地形が淡くホログラフで投影されていた。中央の丸テーブルには三名──私、ルーン、ラゼル。そしてその正面には、灰色のスーツに身を包んだ第四局幹部が腕を組んで立っている。
「……以上が、帝国の次世代人型兵器《M22》に関する現時点の情報だ」
幹部が端末を操作すると、空中に映し出されていた兵器の図面が回転しながら拡大される。巨大な人型兵器。胸部には反応炉、両肩と腕部には魔導力場展開機構と大型兵装ユニット。まるで歩く要塞だ。
「反応装甲に、魔導力場によるシールド。さらに神経伝達型操縦系統……本格的に、帝国が“戦術神経兵器”の段階に踏み出したということだな」
ラゼルが唸るように言った。背もたれに寄りかかり、片足を組んでホログラムを見上げている。
「……で、それを奪るのが今回の目的ってわけ」
私は静かに確認する。幹部は頷き、そして声のトーンを一段落とした。
「帝国軍の正式配備はまだ先だ。だが、その前に設計中枢を奪っておければ──こちらは再現、あるいは対抗兵器の開発が可能になる」
「ふん、結構な賭けだな。相手は国家機関。表で堂々とは動けねぇぞ」
ラゼルが眉をしかめたが、幹部はそれに構わず言葉を続けた。
「表ではな。だが、帝国とは“争っていない”。こちらは一組織に過ぎない。取り締まりを逃れてきた理由は──“やるときは証拠を残さずやる”からだ」
その言葉に、ルーンがくつくつと笑う。
「“忍ぶは影の如く、盗むは風の如し”。クロウズ・ネストの掟ってやつですね」
「……目的はあくまで技術の奪取。破壊も殺傷も必要最小限に留める。帝国に気取られず、痕跡は全て消し去れ」
幹部の視線がこちらを向いた。
「ユニットコード《アイリス》。お前に作戦の主導権を委ねる」
「……了解」
私は短く答える。
作戦名──《オペレーション・ファントム》。
幻影の如く侵入し、痕跡を残さずに獲物を奪う。
その名の通りに。
私は、帝国の中枢に風穴を開けに行く。
【クロウズ・ネスト/第四局地下・装備準備室】
鋼鉄の扉が静かに開くと、そこには整然と並んだラックと、冷たい金属の匂いが満ちていた。
私はひとつ深呼吸してから、無言で足を踏み入れる。
「身分証、できてるわよ」
声の主はルーン。彼女は白衣姿で端末に向かって指を走らせていた。その横のホログラム投影台には、帝国技術管理局の偽造IDカードが浮かび上がっている。
「氏名は“エリス・ラインベル”。技術官三級。魔導力場のシールド調整チームに所属してる設定。顔写真も私が映像から加工してるから、顔認証も一応突破できる」
私はカードを手に取り、光にかざして確認する。帝国の紋章も、裏面のセキュリティコードも再現されていた。
「この身分で潜入すれば、目的の中枢区画まで比較的近い。……でも、何かあったときは自力で切り抜けてね。官給ローブじゃ防刃にもならないから」
「大丈夫。攻撃される前に撃つから」
私はそう答え、ラックの中からいくつかの装備を手に取る。
【アイリスの選択装備】
ドレスワンピース
・先日購入した黒のドレスワンピース。帝国官給ローブの下に着用。
裾は短く調整し、動きやすさを重視。
ショートホルスター型ナイフ ×2
・スカートの裏地に磁気ホルスターで固定。刃渡り15cm、カーボン強化刃。
短銃《ヴァリュア-RS》
・小型の対魔導徹甲弾仕様。サイレンサー装着可。左脇下に隠匿。
情報端末《CROW-Link3》
・作戦専用端末。再暗号化機能とホログラム投影機能を搭載。
《SBT-4 スレッジ・リミッター》
・主力火器。分解収納式で、黒のツールバッグに偽装。
脱出時に使用予定で、潜入中は携行しないが車両内に格納。
準備を終えた私は、作戦前の最終確認用端末を操作し、ルーンから送られてきた地図データを確認する。
「第七実験塔の中枢区画、ここにM22の設計端末があるわ。警備は二交代制、ただし夜間の魔導センサーが厄介」
「……センサーのパターンは?」
「三十秒間隔で再スキャン。呼吸すら引っかかるレベル。けど、換気シャフト経由なら死角ができるタイミングが一度だけあるわ」
私はその点を指で示しながら、ルートを頭に叩き込んでいく。
「つまり、一度しかチャンスがないってことね」
「そう。動きを間違えたら、即アラート。あと……気をつけて。実験塔の中枢は帝国でも機密度が高いから、何があるかは誰にもわからない」
支度を終えて立ち上がった私に、ラゼルが後ろから声をかけた。
「なぁ、アイリス。お前……怖くねぇのか? 国家の心臓部に、たったひとりで忍び込むんだぞ」
私は振り返らずに、肩にかけたツールバッグを軽く叩いた。
「怖いよ。でも、それ以上に興味がある。“人がどこまでバカなものを作るのか”ってね」
ラゼルはしばらく黙ったあと、苦笑した。
「やれやれ。そういうとこだけは、前と変わらねぇな……“あのとき”と」
「懐かしむのは作戦が終わってからにして。今は、“影になって獲物を奪う”時間だ」
私は最後に、偽造IDをコートの胸ポケットに差し込み、魔導端末のスイッチを確認する。
「……よし。行こう。幻影は、夜の風に紛れて忍び込む」
クロウズ・ネスト、任務開始。




