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裏切り者

 廃工業区の奥、薄暗い高架下。

 帝国兵が去った後の静寂のなかに、わずかな足音だけが響いていた。


 その中心に立つのは──ラゼル。


 黒いマントの下、軍用の端末を操作しているのが見える。


「……ラゼル……!」


 私は路地の陰から出て、銃口を向けた。


「動かないで。あんた……何してるつもり?」


 ラゼルは振り向きもしない。ただ、ため息をついた。


「……やっぱり、来たか。アイリス」


「答えて。帝国軍と接触していたのは事実よ。説明してもらうわ」


 そこでようやく、彼はゆっくりとこちらを振り返った。


「……あの情報が流れたか。いや、“流された”って言った方がいいか」


 彼はポケットから小さな徽章を取り出す。

 それは、クロウズ・ネスト第四局の認証コード付き“任務識別タグ”だった──ただし、通常とは異なる特務任務専用の型。


「俺は今、帝国軍内部に潜り込んでる。目的は──あいつらの新兵器と通信コード、それと軍事研究所の構造データ」


「それが……任務だって言いたいの?」


「ああ。もともとこの仕事は、上層部の数人とだけ共有されてた。

 厳密に言えば、第四局“内部の一部幹部”にだけな。お前が受けた依頼は、別のルートから来たものだろう?」


 私は黙って銃を下ろす。

 確かに──あの依頼文にはおかしな点があった。曖昧な標的指定。通信の出所は“第四局”とは書かれていたが、発信者の署名がなかった。


「つまり……幹部間での情報共有が不十分だったせいで、

 あんたが“裏切り者”としてマークされたってわけね」


「その通り。おまけに、裏で“俺を消したがってる奴”もいるようだな。機密保持の名目で」


 私はようやく全容を理解した。

 幹部間の連携不足と、局内政治──その狭間に、ラゼルはいた。


 銃をホルスターに戻し、私は小さく息をついた。


「──情報共有と機密保持の両立、ね。今後の課題だな」


 ラゼルは肩をすくめた。


「どこの組織も似たようなもんだ。……生きてるだけマシだろ?」


「まったく。……その命、無駄にしないでよ。私が本気で撃ってたら、今ここにいないんだから」


「それはそれで、ちょっと見てみたかったけどな」


 互いに皮肉を飛ばし合いながらも、どこか安堵の空気が流れる。


 私の疑念が晴れ、会話に落ち着きが戻ったその瞬間。

 ふと、私は思い出したように問いかける。


「……で? 本命の“戦果”は?」


 ラゼルは目を細め、にやりと笑った。


「……待ってましたって顔だな」


 そう言って、彼は腰のホルスターから魔導情報端末を取り出す。古びているが、帝国の軍事用インタフェースに適合する特注品だ。


 端末に魔力を流し込むと、淡く青白い光が広がり、ホログラムが空中に展開された。


 浮かび上がったのは──圧倒的な威容を誇る、巨大な人型兵器。


「……これは……」


「帝国軍・新型機動兵器。正式名称、魔導装甲兵M22型──コードネーム《ガルヴァス》」


 私は黙って情報を見つめる。


 立体映像は精緻な構造まで映し出していた。

 頭部にセンサーユニット、背部には推進装置と魔力排熱管。両腕の一方には巨大な多連装の砲──


「これまでの人型兵器とは次元が違う。装甲は反応式魔導複合装甲。通常の対徹甲弾じゃ抜けない」


「……しかも、魔導力場によるシールドまで?」


 ラゼルが頷いた。


「自動展開式。出力の変動で、魔力干渉にも耐える。移動速度も従来機より30%向上。

 極地戦でも追従可能ってわけだ」


 私は腕を組み、息を飲む。


「火力は?」


「右腕のガトリング砲──対物徹甲弾を毎秒300発。魔導収束型。携行型兵装じゃ防ぎきれない」


「……化け物ね、それ」


 映像は機体の起動シークエンスに切り替わり、魔力炉の脈動音を模した震えるようなノイズが空間を満たす。


 私はじっとホログラムを見つめたまま呟いた。


「これが実戦配備されたら……うちの部隊が全滅してもおかしくない」


「だから俺は、これを持ち帰る。組織にとって、重要な戦略資産になる。

 現物のデータはまだ帝国の中枢にしかないが、機体の設計データと起動ログの断片は回収済みだ」


 ラゼルは、映像を静かに閉じた。


「上層部に渡せば、必ず反応があるはずだ。……ただし、使い方を間違えれば、

 “帝国にM22を送る”よりも先に“内部で戦争”になるかもしれんがな」


「フン……そっちの火種も、今さら怖くないけどね」


 私は再び襟元を正し、目を細める。


「“戦場の未来”を左右する兵器。それがどう使われるか──組織の手腕が問われる」

私も端末を起動し、倉庫保管されている旧型兵器のデータを呼び出す。


「……《ヘルダイン》。都市防衛隊の人型兵器にも劣る二世代前の試作型。重装甲・低機動の突撃機体。

 ただの威嚇用、実戦投入なんて無理な代物だけど」


「懐かしい名前だな」と、ラゼルが少し笑う。


「一応、魔導炉は動く。ただ、今さらこれを帝国にぶつけようなんて正気の沙汰じゃない。

 直接争う気はない。賄賂と証拠隠滅と隠蔽技術が、俺たちの最大の武器だ」


 私は頷いた。


「実際、帝国の監視網をかいくぐって《クロウズ・ネスト》がここまで活動できてるのも、

 議会の裏ルートと情報操作の成果だもんね……。堂々と敵に回るほど、こっちは愚かじゃない」


 そして、私はM22のホログラムを見つめながら呟く。


「でも……欲しいね。あの機体。動力コアの制御技術、力場の干渉制御、センサー系統……全部」


 「欲張りだな」と、ラゼルは皮肉を込めた笑みを浮かべた。


 「まあ、組織も欲しがってる。俺の任務は、その“中身”を探ることだった。

  ただ、情報が本部に通る前に──別の幹部が“裏切り”と勘違いしたわけだ」


 私はため息をついた。


「……機密保持と幹部間の情報共有。そのバランスの悪さ、いつまで経っても改善されないな」


 「組織なんてそんなもんだ」と、ラゼル。


 私は端末を閉じる。


「さて……これで、ひとつ問題は片付いた。

 次は、あの技術をどう“手に入れる”か、考えなきゃいけない」


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