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バステン工房、新たな任務

 報酬を受け取った私は、探索者ギルドを後にし、夕闇に沈みかけた街路を歩く。

 向かう先は《バステン工房》──私の装備を開発・製造している秘密の工房だ。


 街の裏手、目立たぬ石造りの建物の扉をノックすると、錠が内側からガチャリと外され、ぎぃと重く開いた。


 「……おお、生きて戻ったか」


 現れたのは、工房主バステン本人。顔に油染みと火傷痕を刻んだ、老職人だ。

 彼は私の姿を見るなり、目を細めた。


 「スーツの損耗率、予想よりも酷いな……ま、あの程度で死なないのはお前らしいが」


 私は黙って、懐から筒状のケースを取り出し、彼に手渡す。


 「新型弾頭の設計図だ。遺跡で旧世界の力場装甲兵器と遭遇した。通常の徹甲弾じゃ通らない」


 「ふん、見せてみろ」


 バステンはその場で設計図を広げ、目を皿のようにして覗き込んだ。

 やがて鼻を鳴らす。


 「……ほう。素材選定と内部構造、さらに炸裂遅延信管の配置。こりゃ既存の“対力場徹甲弾”より遥かに理に適ってやがる」


 彼はうなるように言った。


 「こいつをベースにすれば、旧世界兵器のシールドにも有効打を与えられるだろうな。……よし、生産に入ろう。少量だが試作品も用意する。あんたの戦いぶり、俺も見てみたいしな」


 私は小さくうなずき、次の案件を切り出す。


 「あと、新型スーツの再設計。グレードアップを依頼したい」


 バステンの目がわずかに鋭くなった。


 「やる気だな……仕様は?」


 私は迷いなく言った。


 「防弾性能、現行の1.4倍。対衝撃装甲の強化、特に爆風耐性。補助骨格は出力強化3.5倍。持久力よりも瞬発力優先。内部冷却機構はそのままで」


 「ふっ……やれやれ、まるで“前線用強襲兵仕様”だな。コストが跳ね上がるぞ?」


 「金ならある」


 私はきっぱりと言った。


 ──クロウズ・ネストからは月ごとに一定額の報酬が支払われている。

 街の裏社会とつながりを持つリスクはあるが、それ以上に“行動の自由”が得られていた。


 今回の任務もギルド依頼の名目だったため、スーツ修理費用は全額支給済み。

 結果、手元には潤沢な資金が残っている。


 「……金も、実績も、ある。なら装備は整えて当然だ」


 バステンは無言で頷き、机の上からスケッチブックを取り出して新たな設計に取り掛かり始めた。


 「一週間もあれば初期フレームは完成する。お前には、その時間で、身体を整えてもらおうか。

 お前の動きにこの装備がついてこれるように、な」


 「任せろ。私のほうが、足を引っ張ることはない」


 その時、工房の奥から蒸気の音が響いた。

 金属と火薬の香りに包まれながら、私は静かに次の戦いの準備を進めるのだった。


 バステン工房を後にし、夜の街を歩いていた時だった。


 ──チリリ、と短く電子音。


 コートの内ポケットが微かに震える。

 私は立ち止まり、通りの路地裏に身を寄せて端末を取り出す。

 そこには、送信者不明の暗号化された通信データがひとつ。


 私は無言で復号処理を施し、表示されたメッセージを読み取る。


 【発信元:クロウズ・ネスト/第四局】


 【任務コード:CN-R93-KAI】


 【内容】

 極秘任務:標的排除(コードネーム《蟻塚》)


 ・目的地:郊外、レイディア廃工業区

 ・標的:不明(名称、階級、外見すべて非公開)

 ・接触対象:戦地潜伏中の“調整員”が現地にて待機

 ・任務概要:標的は国家機関との接触を試みている疑いあり

  抹殺優先。必要に応じて付随情報・機材の回収を許可する。


 【装備制限】:通常装備可、クロウズ・ネスト開発兵装使用不可

 【報酬】:帝国金貨50枚+ボーナス(成功内容による)


 ※現地での偽装身分は任意。潜入手段は受領者に一任。

 ※ユニットコード《アイリス》に指名。受諾期限:48時間


 「……指名依頼、ね」


 私は静かに息を吐いた。

 情報があまりに少なすぎる。標的すら不明。だが──


 (国家機関との接触……ってことは、裏切り者か、はたまた“危険すぎる存在”か)


 クロウズ・ネスト第四局。粛清任務専門の裏部隊。その直通コードが使われるのは、表沙汰にできない 殺しのときだけだ。


 ──しかし、なぜ私を指名した?


 考えても無駄だ。おそらく、これまでの実績を見られている。

 それに……任務中の自由度が高いというのは、私にとっても都合がいい。


 私は画面の下に表示された「受諾」の確認ボタンに視線を落とし、無言で指を伸ばす。


 ……クリック。


 音もなく通信が閉じた。すぐさま、端末には新たな一文が表示される。


 >【受諾確認】現地への移動は72時間以内を推奨。補給は各自で。


 「レイディア廃工業区……」


 かつて魔導鉱石の精製が行われていた、廃墟の迷宮。

 今では盗掘者や魔導実験の失敗作たちが彷徨う、無法地帯に近い。


 私は夜風に吹かれながら、コートの襟を正す。

 ──新型スーツの完成も間近。


 必要なのは、覚悟だけだ。


   *

 ──二時間後。

 街から南へ、黒鉄の地脈がねじれたように伸びる荒野の先。


 私は、レイディア廃工業区の外縁部に立っていた。

 錆にまみれた鉄塔群が朽ちかけた空を切り裂き、遠くで蒸気のような白煙が漂っている。空気は乾いて重く、どこか煤けた鉄の匂いが混じっていた。


 (やれやれ、まるで地獄の縁だな)


 今回の潜入に、スーツは使えなかった。

 前任務での損傷が深く、新しいスーツの調達には数日を要する。よって、私は──


 黒のドレスワンピースに身を包んでいた。

 身体にぴたりと沿うライン、足さばきを邪魔しないスリット。表向きは華奢な貴族令嬢風だが、内側には十分な殺意を仕込んである。


 太腿のホルスターには小型のナイフと短銃を忍ばせ、背中には布のケープで隠したショットガン《SBT-4 スレッジ・リミッター》。

 この街で“公に見せていい”装備じゃないが、こいつなしでこの迷宮を生き延びる気はない。


 (さて、まずは“調整員”と接触だ)


 廃工場の一角、焦げた看板の残骸が「第三焼結炉」と読める場所──そこが集合地点とされていた。


 私は足音を抑えて鉄骨の影に入り、瓦礫を踏まぬよう慎重に歩を進める。

 崩れたコンベア、倒れた鋳型、破裂した高炉の骸──そこに“生気”はない。だが代わりに、“何か”の気配が息をひそめていた。


 ──ギィィ……ン……


 鉄のきしむ音。誰かが、どこかでこちらを見ている。

 私は短銃にそっと手をかけ、暗がりの奥に目を凝らした。


 「動かないで」


 不意に、背後から声。女の声だった。


 「……調整員、か」


 振り返らずにそう返す。

 銃口の気配が、ゆっくりと下がった。


 「あなたが《アイリス》。思っていたより……華奢ね」


 「そっちも随分と失礼な出迎えだ、この私が背後をとられるなんてね…」


 私はゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、戦場で鍛えられたような女。皮のハーフジャケットに、左目を隠す単眼鏡、右腕には義肢めいた機械装甲。

 コードネームは《ルーン=フィルド》──クロウズ・ネスト第四局の現地“調整員”。


 「……こっちに来て。全貌を話すわ。標的の居場所も、思ったより近い」


 私は無言でうなずき、彼女のあとに続いた。



 廃工業区の地下搬入口──通称“第六プラットフォーム跡地”。

 コンベアとクレーンが放置された空間には、今もかすかに魔導鉱石の腐蝕臭が漂っていた。


 私はルーンとともに、鉄骨構造の影に身を潜めていた。

 視界の先には、時折ちらつく外灯と瓦礫、そして廃材の山。


 「……あんたの情報源、信用できるのか?」


 私は小声で問いかける。


 ルーンは頷き、短く吐息を漏らした。


 「ええ。二週間前、私のもとに匿名で“組織の人間が帝国と通じている”という密告があったの」


 「それだけなら、内部抗争のガセって可能性もあるけど?」


 「……添付されていた座標には、実際に帝国の無線交信記録が残ってた。

  接触は数回。うち二回は軍事転用可能な兵装情報が渡された痕跡も」


 私は口を噤んだ。


 クロウズ・ネスト第四局が流した情報が帝国に渡っていた──それが事実なら、ただの裏切りじゃない。“作戦全体の崩壊”だ。


 「で、ここが最新の取引ポイントってわけか」


 「そう。今日の夕刻、再び“渡す”という通信記録があった。現地には帝国の偵察部隊が来るはず」


 張り込みは静かに続いた。

 風が唸り、建材の金属がカラリと鳴る。


 ──そして、時間通りに、現れた。


 四人編成の帝国軍兵。黒い制式装備に、魔導刻印入りの携行銃。

 彼らは無言で瓦礫を越え、搬入口の陰に待機する。


 「……情報通りね」


 ルーンが囁いた。

 私は短銃のセーフティを外し、呼吸を整える。


 (あとは“裏切り者”が姿を見せれば──)


 数分後。金属の軋む音。


 誰かが、慎重に、だが迷いなく歩いてくる。


 私は身を固め、視線を向けた──


 「……え……?」


 そこに現れたのは──ラゼルだった。


 短く刈った黒髪。

 片目を隠すスカーフ。

 あの、見慣れた背中。


 (……ラゼル? なぜ……?)


 彼は警戒する様子もなく、帝国兵に歩み寄る。


 そして、軍人のひとりに対して、何かを手渡した。


 光沢のある記録媒体──黒いクリスタル端末。


 「…………ッ」


 私は喉を鳴らす声を必死に飲み込んだ。


 隣でルーンが呟く。「確定ね……あれが裏切り者」


 (嘘だろ……?)


 私は瞬間、感情と任務のはざまで揺れた。


 あのラゼルが。

 帝国に情報を流していた──本当に?


 次の判断が、すべてを変える。



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