ギルド、初依頼
リヴィネス市街の中心――煤けたガラス天蓋の下に、鉄と真鍮で造られた建物がそびえていた。
扉の上には、こう刻まれている。
《探索者ギルド・第七支部》
「……これが、あんたらの“戦場”か?」
蒸気機関の唸る大通りの向こう、アイリスは建物を見上げながら言った。
「戦場っつーより就職口かな。遺跡探索、護衛、討伐、何でもござれの何でも屋」
カイルは肩をすくめる。彼にとっては慣れ親しんだ空気だが、アイリスにとっては違った。
(民間のPMCでも、登録審査はあったが……ここは、また毛色が違うな)
無数の人々が行き交う中、獣の毛皮を纏った者もいれば、魔導銃を肩に下げる者もいる。
アイリスは無言で白銀の髪をかき上げ、ジャケットの襟を直した。
中はさらに賑やかだった。
真鍮の歯車が壁で回り続け、書類は魔導式の軌道管で受付カウンターに吸い込まれていく。
カイルが軽く手を挙げると、カウンターの奥にいた受付嬢が顔を上げた。
「やぁカイル、また新顔?」
「おう、こいつの登録を頼みたいんだ。新人だけど、腕は保証する」
「……って、女の子? すっご……び、美人すぎない……?」
受付嬢がアイリスを見て言葉を詰まらせた。
魔導的な照合装置が、アイリスの姿を淡くスキャンしていく。
「年齢……推定17歳。体格、問題なし。魔導指数……低。戦闘経験……異常数値、登録外記録? ……え?」
「問題あるか?」と、アイリスが鋭く言う。
「い、いえ……登録可能です! あなたのような例外は……えっと、前例がありますので!」
数分後、アイリスは無事に探索者ギルドの“Dランク”として登録された。
渡されたのは、鉄製のドッグタグ。
魔導刻印により、耐久性と識別性が高い。タグには“IRIS / D”と刻まれていた。
「これで、最低限の仕事と装備調達が可能になる」
「つまり、ようやく“合法的に戦える”ってことだな」
アイリスはドッグタグを手の中で弄びながら、小さく笑った。
ギルドの壁に張られた依頼掲示板を見て、カイルが呟く。
「どうする? 最初の仕事。魔物討伐、遺跡の安全確認、護衛……選び放題だぜ?」
「……実戦がいい。できれば対人も含めて」
「おいおい、いきなり物騒な」
「弱いやつを斬っても意味がない。必要なのは――」
アイリスの目が、鋭く光る。
「“戦術の検証”だ」
リヴィネス郊外。かつての地下輸送路跡にある“旧式魔導列車格納庫”――通称《灰の空洞》。
依頼内容は単純だ。
「調査員が消息を絶った遺構の安全確認」
報酬は安いが、難易度はD級にしては妙に高い。ギルド側も詳細を把握していないようだった。
(ちょうどいい。……今の自分が、どこまでやれるか)
アイリスは黒革のジャケットに身を包み、カイルから借りたスチームリボルバーを確認した。
装填は完了、予備弾倉は二つ。弾種は対人用と、機械破壊用の徹甲弾が混ざっている。
格納庫跡の入り口に着いたところで、アイリスは足を止めた。
ふと、風に乗って髪が顔を打つ。
視界を邪魔するその銀のロングヘアを、アイリスは一つ結びにして、後ろでキュッと結んだ。
「……やっぱり、戦うには邪魔だな」
「似合ってるけどな、その髪型」
カイルが軽口を叩くが、アイリスは返さない。
構内は半壊状態だった。崩れた天井、煙を吐く管。蒸気と硫黄の臭い。
そして、そこにあったのは――“機械の残骸”。
「探索者……じゃないな。これは、戦闘訓練を積んだプロの死に方だ」
地面に散らばる遺体を確認しながら、アイリスはそう呟いた。
銃創。爆裂痕。機械製の爪痕。何より――死体の配置が、不自然に“整いすぎている”。
「囲まれた形跡なし。逃走経路もない。じゃあこれは……“意図的に集められた”?」
──その時。
背後の影が、ひとつ。
「来たッ……!」
機械の脚を持つ異形の魔導兵装が、天井を割って降下してきた。
「カイル、下がれ!」
≪ユグド、接続開始。パーソナル戦術モード起動≫
アイリスの視界に、青白いホログラムが走った。棺から目覚めたその日以来、初の接続。
>「認証完了。戦術支援AI、展開。
敵性個体、旧式魔導猟兵型Mk.IV。構造脆弱部、左胸魔導炉。推奨対応:徹甲弾・側面斜角45度」
「指示はありがたいが――」
アイリスは駆けた。
脚の動きは、まだ慣れていない。だが、軍人の経験が筋肉を叩き起こす。
「最終判断は、俺が下す!」
跳躍。斜壁を蹴って、高速のサイドステップ。敵の脚部が振り下ろされる刹那――
彼女は銃を引き抜き、魔導炉の側面に向けて引き金を引いた。
──轟音、閃光。
「……一撃で、沈んだ?」
カイルが唖然とつぶやいた。
アイリスは、煙の向こうで息を整えながら言う。
「動きが直線的すぎる。あれは制御を失った戦術機械だ。……次が来るぞ」
そして、彼女の胸元でホログラムが再び点灯する。
>「ユグドより警告。地下第2層に、高出力魔導反応あり。構造体クラス:B級以上」
「面白くなってきたな……まだ、俺は戦える」
白銀のポニーテールが揺れ、アイリスは再び銃を構えた。
蒸気の唸る地下第二層。
アイリスとカイルは、重々しい鉄の咆哮に思わず足を止めた。
──それは、壁を割って現れた。
無数の配線と鋼の装甲をまとう、異形の魔導兵装。
旧世界の戦闘用構造体、《マギ・ヘルハウンド》。
「……待て、アレはマズい。武装も展開してないし、装備も薄すぎる!」
カイルが叫ぶ。
アイリスは一瞬、冷たい視線で敵の構造を見た。
だが、状況は最悪だった。
>「ユグド、戦闘シミュレート開始。勝率、6.2%──推奨行動:撤退」
「くっ……逃げるぞ、カイル」
「は、はぁあ!? さっきの気迫はどこ行ったんだよ!」
「状況判断ってやつだ。ここで無理をすれば“次”がなくなる」
アイリスは即座にマップを確認。廃坑の通気シャフトがわずかに開いていた。
「背後、左上──蒸気排気管の隙間。そこから脱出できる」
二人は構造体の視界外へ滑り込み、瓦礫と煙の中をすり抜けていく。
アイリスは背後に視線をやりつつ、走りながらポニーテールを手早く結び直した。
「視界が遮られる。髪が邪魔だ……」
ゴム紐ひとつでまとめられた白銀の髪が、背中で揺れた。
その様子をちらりと見たカイルは、思わず言った。
「……お前、ほんとに元軍人か? なんか、妙に絵になるな」
「戦場で生き残るには、実用と美学は両立しないといけないんだよ」
ギリギリのタイミングで通気口を抜け、背後で爆音が鳴った。
魔導兵装がこちらの存在を完全に見失い、別方向へ移動していく。
「ふぅ……なんとか、やりすごせたか」
「はぁ、心臓が破裂するかと思った……! もうちょいで死ぬとこだったぞ」
「次は殺らないといけない。“勝てる装備”を揃えてな」
アイリスの瞳は、再び鋼のように光っていた。