腐蝕坑道群
そして、視界が開けたその先。
私は信じられない光景に、思わず歩みを止めた。
半崩壊したトンネルの中央に、古代技術の塊──全長20メートル以上の魔導列車の車体が鎮座していた。
金属部分はすでに赤錆び、魔導回路の一部が露出して断線している。
車体には“列車”とすら思えぬ装甲が施され、砲塔のような構造すら見える。
「……これは……戦闘用……? いや……」
スーツのセンサが自動で記録モードに入る。
ユグドが補足する。
『旧世界の特殊輸送装備。記録名:ネクスト・アーク──機動式魔導列車ユニット。稼働時期、およそ230年前。』
その時、車体の奥で──カチリ、と異音。
異音の直後、車体の陰から鉄の四脚兵器が飛び出した。
《スキャッター・ランナー》──旧時代の魔導防衛装置。
走行音と同時に小型タレットが旋回。狙われている。
「――くるか!」
私は即座にリロード機構を作動させ、炸裂弾をチャンバーに送り込む。
狙いは敵のセンサー部──“目”だ。
閃光と爆裂、金属片が飛び散る中、私は間合いを保ったまま左右にステップして回避。
すぐさま徹甲弾に切り替え、関節部と本体ジョイントをピンポイントで破壊。
『敵の加速反応、低下を確認。』
「十分だ──!」
私は遮蔽物を利用しつつ射線を維持し、徹甲弾でコア部を貫通。
動作停止。爆発なし。完全無力化。
「……こんな旧式でも、まだ現役かよ」
ふぅと息を吐き、私は背中の予備弾倉を確認。残弾は十分。
“最小限のリスクで最大の成果”──それが私の戦い方だ。
私は再び列車の周囲を慎重に進みながら、魔導センサのログを確認していた。
足元に転がる《スキャッター・ランナー》の残骸。だが──油断はできない。
「……違和感がある。これだけじゃ終わらない」
その瞬間、ユグドが警告する。
『高エネルギー反応接近。左前方、車体下より出現』
――ガシャン。
甲高い音と共に、車体の下部をくぐって、異形の機械兵が現れた。
《アスラ・ターミナス》――四腕を持つ人型の魔導機兵。
その装甲は黒鋼で覆われ、全身に青白い魔導ラインが走っていた。
「……! こいつ……!」
私は即座に構え、炸裂弾を連射。
だが──弾丸は敵の目前で弾かれ、空中で停止した。
「なっ……!?」
まるで時間が止まったかのように、炸裂弾が宙に浮かび、そのまま霧散した。
直後、ユグドが冷静に分析を始める。
『推定:旧世界の魔導力場技術による防御結界。
“質量干渉フィールド”により、高速投射体を空間干渉で減速・無効化していると推定。』
「……銃弾が通らないってのか……」
背筋が凍る。
私の主力火器、《スレイヴ・ラプチャー》の弾が通じないという現実。
『対力場徹甲弾による貫通が最適と判断。現在、装備に該当弾種はなし。』
「……そんな……」
《アスラ・ターミナス》がゆっくりと歩を進める。
その動きはまるで、獲物を弄ぶ獣のような余裕を見せていた。
『提案:至近距離まで接近し、炸裂弾を力場発生装置の内側で起爆。
成功確率──38%。失敗時、生存確率──12%。』
「……ユグド」
『はい』
「その数字、今は信じる。やるしかねぇよな」
私は呼吸を整え、脚部スプリングの圧縮を開始。
補助骨格のブースト音が高まる。
「“撃って駄目なら、近づいて撃てってか……いいだろう、付き合ってやる」
私は銃を構えた。
次の瞬間、スーツのスモーク・エミッタを最大展開──!
白い蒸気を爆発させながら、私は地を蹴って機兵の懐に突っ込んだ。
敵のセンサが反応するより早く、私はその胸部、光る力場の中心へ炸裂弾を直接叩き込む。
「喰らえ……ッ!!」
──起爆。
爆風と蒸気の嵐。
その中で、私は吹き飛ばされながらも体勢を維持し、瓦礫の中に転がった。
視界が揺れる。耳鳴りがする。
だが、煙の向こうで──機兵の巨体が、崩れ落ちた。
『……撃破確認。魔導力場、消失。再起動の兆候なし。』
「……やった……ッ」
私は肩で息をしながら、荒い呼吸を整えた。
炸裂弾の爆圧で右腕の補助骨格が一部焼損していた。
だが、生きている。勝った。
その事実だけが、私の胸を打った。
爆煙がようやく晴れ、私はゆっくりと立ち上がった。
崩れ落ちた《アスラ・ターミナス》の残骸が、静かに火花を散らしている。
右腕の補助骨格は半壊し、内部の蒸気配管が漏れていた。
だが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「……遺物回収モード、開始。ユグド、車体の探索を」
『了解。列車ユニット内部の構造データと一致するポイントを4箇所特定。
うち1箇所に高密度魔力反応あり──後部車両、隔壁内コンテナ。』
私は《スレイヴ・ラプチャー》を肩にかけ直し、注意深く崩れた車体へと進んだ。
砲塔を模した上部構造を迂回し、車両後部へと回ると、そこには装甲扉が斜めに開いた空間があった。
腐食と熱で歪んだ装甲の隙間から、私は体を滑り込ませる。
車内はひんやりとしており、かすかに古い魔力の匂いが漂っていた。
中央には、かつての制御卓。そして、ユグドが示した場所に──鋼鉄製の封印コンテナが鎮座している。
『この遺物は旧世界の軍需資材と推定。封印レベルC。魔導ロック検出。』
「開けられるか?」
『可能。ただし小規模な爆薬を使用するか、詠唱解錠。選択を』
「爆薬でいこう。時間はない」
私は腰のパックから小型の蒸気切断グレネードを取り出し、コンテナの施錠部に設置。
遮蔽を取り、カウントダウン。
──3、2、1、起爆。
鈍い破裂音とともに、鍵部が蒸気で爆ぜた。
装甲蓋が軋んで開き、内部の収容物が姿を現す。
「……これは……」
中に収められていたのは、旧世界製の魔導カートリッジ群と、未使用状態の小型魔導回路核。
さらに、半透明の樹脂容器に封入された対力場徹甲弾の設計図。
ユグドが即座に反応する。
『確認:高等兵装技術資料《エーテル貫通弾頭V1》──実在を裏付ける初の設計文書です。
これがあれば、次回以降、力場兵器への有効弾頭を製造可能となります。』
「……収穫、だな」
私はコンテナの中身を素早く回収用パックに収めた。
この遺物は、確実に価値がある。ギルドも、そして戦狼団も黙ってはいないだろう。
「よし、撤収──ユグド、帰還ルートを頼む」
『出口までのルートを更新。右後方、通気ダクト経由が最短です』
私は崩壊しかけた車体を背に、再び歩き出した。
魔導列車の眠りは、いま終わりを告げた。
通気ダクトを抜けた先、私は半崩落した坑道を進んでいた。
周囲には古びたレールと、歪んだ補強柱。帰還ルートは順調──だった、はずだった。
──ガンッ。
不意に、鉄のこすれる嫌な音が響いた。
「……!?」
振り返ると、通路の奥に、光る赤い“眼”が複数。
直後、四脚の鋼鉄兵器が、三体同時に姿を現した。
『……接近中の反応を感知。識別──《アスラ・ターミナス》。複数体、同時制御個体。』
「チッ、さっきのが偵察だったか……!」
ターミナスの関節部が蒸気を吹き出し、車体が加速。
タレットが旋回し、照準レーザーが私の胸部装甲に這う。
「くるッ……!」
私は即座に遮蔽物へ飛び込むが、
炸裂音──そして爆風。
遮蔽物ごと装甲が吹き飛ばされ、私は壁に叩きつけられた。
「……がっ……!」
肺が潰れそうな衝撃。視界が赤く染まる。
腕が動かない──補助骨格が損傷。右脚にも激痛。
『バイタル急降下。致命傷までは至らず。即時回復が必要です!』
「っ……飲めば……!」
震える手でカプセル型の高濃度回復薬を引き抜き、口にねじ込む。
喉を焼くような熱とともに、血流が活性化。
裂けた皮膚が再生し、視界がわずかにクリアになる。
『補助骨格、左腕部のみ応答可能。敵は距離を詰めてきます。撃破は非現実的──
現時点での勝率、9.2%。撤退が最優先。』
「わかってる……!」
私は徹甲弾を装填し、先頭のターミナスのセンサーを狙撃。
命中──一体の動きが止まる。だが残る二体が左右から包囲してくる。
『東側通路に亀裂地帯あり。爆破で崩落を誘発し、進路遮断可能です』
「誘爆か……いけるか?」
『スーツの補助ジェットを利用すれば、ギリギリ突破可能です』
「……やるしかねぇだろ!」
私は起き上がり、腰の炸裂弾を坑道の天井梁へ向けて撃ち込んだ。
──轟音とともに崩れ落ちる岩と鉄。
《アスラ・ターミナス》が瓦礫に巻き込まれ、蒸気が噴き上がる。
「……っ、今だ──ッ!」
私は左脚の補助スプリングを限界まで起動し、瓦礫の隙間を強引に飛び越えた。
背後で、ターミナスが呻くような音を上げる。
──だが、それはもう追ってこない。
私は岩陰に転がり込み、ユグドに告げた。
「……ルート変更。最短距離、頼む……!」
『了解。生命活動、臨界回避を確認──ご無事で何よりです』
私は荒い息を吐きながら、背中を壁に預ける。
生き延びた。たったひとつの賭けに、勝った。




