灰煙と看板、灰の平原
昼下がりの陽が差し込むギルド本部のロビー。
蒸気の熱気と、擦れた革靴の足音が混じる中、私は掲示板の前に立っていた。
──単独行動でこなせそうな依頼。
狭所戦闘や局地戦が望ましい。新スーツの感触を確かめたい。
背後から、無遠慮な声が飛んできた。
「お、嬢ちゃん。いい装備してんな。オーダーメイドか?」
振り返ると、戦狼団の紋章をつけた男が立っていた。
銀狼の紋が胸で揺れている。口元に笑みを浮かべたまま、図々しく話しかけてくる。
「そう見えるなら、そうなんでしょうね」
「ハッ。最近はオーダーメイドも珍しくねぇけどよ。
そいつは……どこの工房だ? 蒸気骨格の配管が独特だな」
「拾い物よ」
「……なるほど。そういうノリか。まあ、オーダースーツにしちゃずいぶん控えめだな。
今どきの奴らは戦車ぶっ壊すようなゴリゴリの外骨格欲しがるってのに」
「そこまで求めてないだけ。今のこれは“最低限”の装備。
戦車を壊すのは、スーツじゃなくて私の“選択”でやること」
私の背にあるホルスターには、スレイヴ・ラプチャーが格納されていた。
機関圧縮式の突撃銃──十分な蒸気カートリッジと筋力補助があれば、戦車級の機構にも有効打を与えられる。
「……なるほど。スーツで耐えて、銃で抜くってわけか。悪くない戦法だ」
男はふっと笑い、右手を差し出してきた。
「俺はヴァルド。戦狼団の副団長だ。お前みたいな奴、久々に見た。
興味がある。もし気が向いたら──うちの団、考えてみてくれ」
「……アイリス。考えておく」
「おう、気が向いたらカウンターで名前出せばいい。
そんじゃな、嬢ちゃん……いや、アイリス」
ヴァルドは背を向け、銀狼の紋章を揺らして去っていった。
私は依頼掲示板にもう一度目をやった。
スーツの蒸気が、小さく漏れる音がする。
──試運転は、まだ始まったばかり。
*
ギルド前広場。まだ夜が明けきらぬ時間、集合場所には既に十数人の探索者たちが集まっていた。
それぞれ蒸気スーツ、背負い袋、そして魔導圧縮式の長銃や刃物。荷台付きの大型トラックが複数台停まっており、荷台後方ではシュウシュウと蒸気弁が鳴っていた。
私は無言で自分の装備を確認し、指定された車両の荷台に乗り込んだ。金属床にブーツが響き、隣では別の探索者が蒸気スーツの圧力バルブを締めていた。
荷台には既に数人の探索者が乗っていた。その中で一際目立つのが──鋲打ちの外骨格と狼の意匠を纏う男。
戦狼団。
「……誰だ、あんたは。見ない顔だな」
ぶっきらぼうに投げられた言葉に、私は短く名を告げた。
「アイリス」
それだけで、相手はそれ以上詮索しなかった。
だが、油断もしていない。視線の端で私を値踏みしているのが分かる。
トラックが蒸気を噴き、出発の合図が鳴った。
都市外縁《灰の平原》──魔素が溜まりやすい死地へ向かう定期巡回任務の開始だ。
現地に到着すると、周囲に魔素の霧が漂っていた。
視界は悪く、蒸気弁を絞らなければスーツが誤作動しかねない。
開始数分──最初の小競り合い。
跳躍型の小型魔獣が集団で襲いかかってきた。
私は補助骨格で機動力を得て応戦したが、霧の影響でナイフが一体の肩に逸れ、逆に返り討ち寸前に。
背後からの一撃を、寸前で回避。だが、着地の反動で左脚のスプリングが一時的に固まった。
「……制御、乱れてるか」
焦る暇はない。ラプチャーを抜き、至近から徹甲弾を撃ち込む。
腹を穿たれた魔獣が絶叫し、霧の中に倒れた。
その後も霧と小型群の連続襲撃により、部隊はじわじわと疲弊していく。
中型の突撃型魔獣が出た時点で、既に二人が負傷退避していた。
「後方、反応──でかいぞ!」
索敵班の叫びと同時に、大地が震える。
姿を現したのは、全身を黒い甲殻で覆った異形の大型魔獣。
魔導核の過剰出力により常時蒸気を漏らしており、戦車すら押しつぶせる質量を持つ“装甲魔獣”だった。
「……装備、足りないな」
私のスーツはあくまで“最低限”。まともに正面からぶつかれば即座に潰される。
だが、逃げ場はない。
味方は皆後退しつつあり、私と──あの戦狼団の男だけが最前線に残った。
「……無茶するな。あいつにやられるぞ」
「やられるなら、最初からここに立ってない。私が陽動する…」
私は蒸気圧を最大にし、スプリングの再起動を確認。
脚部が軋む音を上げながらも、機能は正常。跳躍可能。
突撃。私が陽動となり、魔獣の注意を引く。
弾丸は甲殻を弾き、ラプチャーは銃身が熱で膨張し始めていた。
補助骨格の反動で肉薄──斬る!
だが、刃は深く入らず、逆に尻尾の打撃を食らって吹き飛ばされる。
息が詰まり、肺が焼ける。
それでも、起き上がる。再度跳ぶ──
「右腕を狙え!」
戦狼団の男が叫ぶ。彼の武器が左脚を撃ち抜き、魔獣がバランスを崩した。
私は即座に、ラプチャーの弾倉を交換。
──炸裂弾を装填。
至近距離。魔獣の咆哮とともに、私は右腕の関節部に銃口を突き立て──
──発射。
魔導核に連動する動力管が断裂し、魔獣が甲高く悲鳴を上げた。
私は全力でその場を飛び退く。次の瞬間、魔獣の右半身が破裂し、吹き飛んだ。
戦闘終了。私は地面に膝をついたまま、深く息を吐いた。
「……やるじゃねえか。無名の新人にしちゃな」
戦狼団の男が、警戒を解いた顔で笑った。
「次からは名前で呼んでやる。レンだ。お前は?」
「……アイリス。任務で会うなら、またよろしく」
互いに名前を名乗り、ただそれだけで──少しだけ、信頼が生まれた気がした。
──戦闘が終わった後、私は蒸気の立ちのぼる魔獣の死骸を前に、隣に立つ男に視線を向けた。
「……どうして、右腕が弱点だって分かった?」
レンはしばし無言で死骸を見下ろし、やがてぽつりと答えた。
「蒸気の出方が左右で違ってた。右肩だけ、脈打つみたいに吹き出してたからな。
魔導核に直結してる圧力弁が、あそこにあったんだろう」
私は思わず、その部位に視線を戻した。たしかに──他と比べて蒸気の噴出が周期的だった。
……だが、戦闘中にそれを見抜ける観察眼と判断力は、尋常じゃない。
「……随分と冷静に見てたんだな」
「冷静っていうか、慣れてるだけさ。
俺たち戦狼団は、“死なない戦い”を第一に叩き込まれる。お前とは違ってな」
彼の言葉に、どこかに皮肉が混じっていた。
──だが、それは非難ではなく、“期待”の裏返しのようにも聞こえた。
私は軽く目を細めた。
「なら……次も、死なないように手伝ってもらう」
「フッ、頼まれなくてもそうするさ。お前みたいなのが死ぬと、後味悪いからな」




