新たな装備
地下市の外れ。軋む鉄扉と煤けた煙突が目印の鍛冶場に、私は無言で足を踏み入れた。
蒸気の吹き上がる音と、金属を叩く重い衝撃音。
だが、工房内に漂うのは油と煤の匂いだけではない。
どこか“誇り”のような空気が、場を満たしていた。
「──来たか、嬢ちゃん。約束通り、仕上がってるぜ」
奥から現れたのは、鍛冶職人バステン。
いつも通り、無骨な腕まくり姿に、焼けた革手袋を装着している。
「……悪いな。無茶を言った」
「へっ、こっちも腕が鳴っただけだ。
じゃあ見せてやるよ、世界に一着しかない《戦場仕様》をな──」
バステンが厚布を剥ぎ取ると、そこに現れたのは一式のボディアーマーだった。
灰鉄色のマット塗装が、光を鈍く吸い込む。
無駄な装飾は一切なく、まさに“機能美”の塊。
外装は繊維強化蒸気布と軽量金属プレートの積層構造。
肩から腰にかけては、露出した補助骨格が蒸気圧で駆動し、可動時にシュウッと蒸気が漏れる仕組みになっている。
胸部には、散布式の戦術カートリッジユニットが2基。
急な戦況変化にも即応できるよう設計されていた。
脚部にはスーツ一体型の蒸気駆動サポーターが組み込まれ、補助スプリングと外骨格が膝から太腿を守る。
「背中のホルスターはお前の好みに合わせて調整済みだ。スレッジ・リミッターでも、ラプチャーでも背負える。カートリッジの自動再装填機構も組み込んである」
私は無言で手を伸ばし、胸部装甲を指でなぞった。
表面温度、厚み、感触──申し分ない。
「……完璧だ」
「当然だ。ボルト一本まで手打ちだぜ。魔導蒸気圧のバランスは三度調整した。暴れ馬も御せるさ」
私はそれを着込み、ギュッと留め具を締めた。
蒸気が小さく鳴り、補助骨格が動作確認のように小刻みに震える。
その瞬間──身体が“ひとつに組み上がった”ような感覚があった。
──これが私のための“戦う骨格”。
この街で、そして遺跡で、生き抜くために必要な“殻”だ。
「……感謝する。これで、次も生き残れる」
「それはお前次第だ。こいつはお前の命を支えるが、戦うのはお前自身だ」
私は小さく頷き、蒸気の漏れる静寂の中、工房をあとにした。
次にこの装備が火を噴くのは──まだ誰も知らない地の底か、それとも……。
*
──これは任務じゃない。あくまで、私の“準備”だ。
街から北に二キロ。
木々に覆われた丘の奥、地図にも載らない名もなき遺跡。
数百年前の戦争遺構で、今では魔獣や流れ者の隠れ家として放置されている。
ギルドの管理下にも入っていない、いわば“空白地帯”。
私はその石造りの崩れかけた通路を、一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
──装備、異常なし。蒸気圧、安定。温度上昇範囲、許容内。
バステン工房から受け取ったばかりの《戦場仕様ボディアーマー》の動作確認を兼ねた実戦テスト。
街中では使えない出力や、制御限界のチェックもここならできる。
そして、ちょうどよく──
「……いたか」
朽ちた祭壇の奥、音もなく蠢いていたのは、機械と生体の混成種《粘性の魔導獣》だった。
半液状の身体の内部に、古代魔導機のコアが埋め込まれた奇怪な存在。
腐蝕臭と魔力の波動が空間を歪ませている。
私は背中のカートリッジを開放。両肩の蒸気バルブがシュウ、と熱を逃がす。
──こっちはテスト、そっちは餌。始めようか。
魔獣がこちらに気づき、粘液の腕を振りかぶった瞬間、私は一気に前傾姿勢を取った。
補助骨格が駆動。両脚の蒸気スプリングが爆発的に反発力を生む。
「──接近戦、開始」
地を蹴り、壁を蹴って宙に跳ぶ。
蒸気駆動の勢いで重力を捻じ曲げ、空中から急降下。
右脚の膝に内蔵された衝撃吸収装置が着地の衝撃を殺し、同時にラプチャーを抜き放つ。
──一射、二射、牽制用。
ナイフを逆手に握り、粘液の隙間から内部の魔導コアを狙う。
だが、敵もただの獣ではない。体を捻り、液状の腕を鞭のように振り回してきた。
「……ッ!」
私は蒸気を噴出しながら後方に跳ぶ。肩口を掠めた粘液が一瞬で装甲を焼いた。
「ふうん。腐食属性か……いいデータになる」
そのまま散布ユニットを展開。補助スパイクを地面に打ち込み、立ったまま腕を構える。
──ラプチャー、徹甲弾装填。
「一撃、もらうぞ」
銃口が蒸気を吐いた瞬間、コアを正確に貫いた弾が命中。
粘性体が一瞬の膨張と共に、沈黙した。
蒸気が静かに立ち上るなか、私は肩口の装甲を軽く叩いた。
「初戦闘、終了。実用レベル……問題なし」
──これでいい。これで“戦える”。
誰かの命令じゃない。
これは、私が生き残るための選択。
街に戻る頃には、装備に染みついた蒸気と血の匂いも、すっかり冷えているだろう。




