表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/45

ネストへの依頼

その日、ネスト本部には表立って公開されない《黒紙依頼》が一通、密かに届けられていた。


 対象:第八区議員・ハルド=ヴァレンツァ

 内容:標的の暗殺

 報酬:30金貨

 依頼主:匿名(被害者家族の可能性あり)

 備考:標的は過去に複数の女性を権力で買収・強姦。最近は未成年にも手を出し始めている。


「……最低のクズだな」


 アイリスは依頼書を読み終え、低く呟いた。手に持つ黒紙の縁を炎にかざし、灰にする。


「公式の処罰は望めない。動かない限り、また誰かが犠牲になる」


 彼女の前に立つのは、情報仲介人を兼ねる《クロウズ・ネスト》のラゼル。顔の左半分に走る傷痕が、薄暗い室内で不気味に浮かんでいる。


「表のギルドじゃ絶対に通らない依頼だ。だが、裏で消える人間もいる。それが……この世界の均衡だ」


「理解している。これは任務じゃない。処理だ」


「……やるのか?」


 アイリスは一歩、静かに踏み出した。黒のドレスの裾が揺れる。

 その下には、散布型のスチームカートリッジと短剣、短銃が隠されていた。


「私がやる。あの男に“報い”を──誰かが与えなきゃならない」


  *


 第八区・貴族街──

 夜空に赤い月が浮かぶ、忌まわしい夜。


 ヴァレンツァ議員の屋敷に、ひときわ異様な緊張感が漂っていた。

 今夜、ある“特別な贈り物”が届くと、主人が上機嫌に周囲へ漏らしていたからだ。


「こいつが今夜の……献上品か?」


 玄関で警備兵に引き渡されたのは、銀髪の少女。美しく、うつむき、口をきかない。


 しかし、警備兵は不審には思わなかった。

 この屋敷では、こうした「贈り物」が時折、地方領主や貴族から送られてくる。権力に媚びる者たちの“賄賂”として。


「ふん……今夜は機嫌がいいらしい。まあせいぜい可愛がってもらえよ」


 警備兵は少女を手引きし、屋敷の奥へと導いた。


 ■ヴァレンツァ議員の私室

 酒と香の匂いが充満する寝室。

 黄金の装飾に彩られたベッドの上で、男はご満悦の表情を浮かべていた。


「よく来たな、可愛い小猫ちゃん。名前は?」


 少女──否、アイリスは黙って頭を下げる。

 長い髪をおろした美しい銀髪と、淡いドレス。スカートの裾は軽くふくらみ、中に仕込まれたナイフと    スチームカートリッジを隠していた。


「緊張してるのか? いいんだ、今夜は私が優しくしてやるよ……ふふ、気に入った。君は“当たり”だ」


 男は下卑た笑みを浮かべ、手を伸ばし、アイリスをベッドへ押し倒す。

 背を向けさせ、首筋に唇を近づけた──その瞬間。


「……今夜の“献上品”は、死をもって報いる者だ」


「な──」


 振り返ったアイリスの瞳は氷のように冷たく、次の瞬間には銀色のナイフが男の心臓を貫いていた。


「っ……!」


 男は声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。

 返り血は最小限。アイリスはすぐにベッドと衣服を整え、肌に数ヶ所、自ら細い傷をつけた。

 あたかも“行為の痕跡”のように見せるために。


 ■翌朝・屋敷の廊下

 陽光が差し込む中、議員の寝室から一人の少女が現れる。

 ゆるんだドレス。首元には愛撫の痕に見える赤い線。

 護衛たちは目を細め、ニヤつきながら見送る。


「ご苦労だったな、嬢ちゃん。……ずいぶん気に入られたみたいだぜ」


「ええ、たっぷりと……ご満足いただけたようで」


 アイリスは微笑みながら、屋敷の門を抜けた。

 その背に、誰も違和感を抱く者はいなかった。


 その日、正午過ぎ。

 ヴァレンツァ議員の侍女が彼の死体を発見した。


 喉を潰されたような叫び声とともに、街の闇にまた一つ“汚れた真実”が消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ