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裁きの時

 《クロウズ・ネスト》本拠、地下会議室。


 アイリスはテーブルの端に座り、重い沈黙の中、ラゼルから手渡された報告書を読み上げた。壁際には幹部連中がずらりと顔を並べ、中央には問題の男──モルクが、腕を後ろに縛られた状態で立たされていた。


「……商業ギルドへの密告、組織の金の横領、幹部への誹謗、そして私の暗殺依頼。……これがお前の“忠誠”か」


 モルクは脂汗を流し、口元だけで言い訳を呟く。


「ち、違う……俺は、組織のために──っ!」


「ならばなぜ、外の“監視人”どもに街区B13の物資倉庫の場所を流した?」


 ラゼルが冷たく告げると、証拠品の一つ──通信記録の抜粋が机に叩きつけられた。


「……言い逃れできねぇな」


 重い声が響いたのは、背後に控えていたスローター・アッシュだ。アイリスはアッシュと視線を交わし、わずかに頷いた。


「裏切り者は、この組織には不要だ」


 その言葉とともに、ラゼルが無言で拳銃を抜き、モルクの足元へと一発を撃ち込む。男は悲鳴を上げて膝をつく。


「処分は、外の奴らに任せる。……連中の“処理場”で十分だろう」


 数人の兵がモルクを引きずり出し、扉の向こうへと消える。室内に残るのは、冷たい空気と、沈黙。


 アッシュが笑みを浮かべながら言う。


「やるじゃねぇか、“幹部様”。組織の空気も、だいぶ締まってきた」


「この程度の掃除が必要なくなる日が来ればいい。だが今は、まだ腐るには早すぎる」


 アイリスは静かに立ち上がる。


 ──裏切り者は去った。

 だが、油断すればすぐに次の“腐敗”が芽を出す。


 そう理解しているからこそ、彼女は強く、冷徹でなければならなかった。


  *


 《クロウズ・ネスト》本部、作戦統制室──


 モルクの追放から三日後。幹部会議が招集されていた。


 席には、アッシュを筆頭に各区画を仕切る幹部たちが顔を揃えている。

 中央の円卓には、未だ一つ、空席がある──そう、モルクが座っていた場所だ。


「……さて。次の幹部、どうするかだが」


 アッシュが口火を切ると、数名の視線が交錯した。

 誰もが狙っている。だが、誰もが安易には動けない。


 そのとき、アイリスが一歩、前に出た。


「推薦がある。ラゼルだ」


 一瞬、ざわめきが走る。

 幾人かは明らかに不満げな顔をした。ラゼルは実力者だが、あくまで“現場の斬り込み隊長”だった。


「理由を聞こうか」

 アッシュが、表情を崩さずに問う。


「モルク粛清の立役者だ。私と共に遺跡の探索にも従軍し、戦果を挙げた。部下の統率力もあり、何より──私が命を預けた男だ」


 短く、だが強く。

 アイリスの言葉には迷いがない。


 反対の声があがろうとしたその瞬間、ラゼル自身が静かに口を開いた。


「……力あるものが正しい、“ネスト”のやり方だったはずだ。だが、俺は信頼を裏切らない。それだけだ」


 その無骨な言葉に、何人かが黙り込む。


 ──そして、アッシュが手を叩いた。


「決まりだ。……空いた椅子は、ラゼルにやる」


 その言葉が下されると、空席の椅子にラゼルが座る。

 アイリスはその様子を無言で見届けた。


 これで、組織の“核”に、私の目が入った。

 忠誠心ではない。互いの命を預けた“確信”がある。


 そして、敵対派閥にとっては──明確なメッセージだった。


 《クロウズ・ネスト》は、これより“私の意志”で動く。


 夜の《クロウズ・ネスト》本部。


 騒がしい喧噪の裏で、別棟の作戦室にはふたりだけの足音が響いていた。

 アイリスと、ラゼル。幹部に昇進して以来、はじめての非公式な作戦会議だった。


「──現状把握は済んだ。人員配置、補給経路、資金の流れ……どれも汚れてる」


 ラゼルが、粗雑な手書きの地図をテーブルに広げた。

 赤線で囲われたルート、点線の連絡通路、印のつけられた倉庫──それらは全て“組織の癌”を示していた。


「古参連中が私腹を肥やしてる。一部は外の傭兵ギルドや闇商人と通じてるみたいだな」


 「収益の半分が消えてる」とアイリスは呟いた。


 「……だったら、切るしかないな」

 ラゼルの言葉は、ためらいがない。


 元・帝国遊撃部隊。

 非情な判断を幾度となく乗り越えてきた男だからこそ、言える台詞だった。


「ただ、急に動くと逆に反発される。まずは《監査》の名目で帳簿を洗い直す。次に、物資管理担当を“我々の手の者”にすり替える」


「それと同時に、補給路の再編だ。外部の納品業者を一度切って、《第三勢力》に繋がってるルートを全部潰す」


「武装の規格も統一しよう。物資調達を一元化すれば、抜け道を塞げる」


「……いいか、ラゼル。これは粛清じゃない。“管理”だ」


「わかってる。暴れたいなら外でやる」


 互いに顔を見合わす。

 敵同士だったなら、どちらかが死んでいたような関係。


 だが今は違う。

 それぞれの“やり方”が、ひとつの目的のために噛み合っていた。


 ──《クロウズ・ネスト》を“強くする”。

 そのために、腐敗を切り捨て、合理で塗り替える。


 今夜、ふたりの密約により、静かなる改革が始まった。

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