ラゼルと密談
蒸気の唸りも静まった深夜の《クロウズ・ネスト》本部。
補修途中の《スレイヴ・ラプチャー》が作業机の上に置かれたまま、私は椅子に腰掛け、向かいに立つラゼルを見上げていた。顔の左に走る傷痕、その下の鋭い視線は、夜目にもよく映える。
「……今夜、頼みたいことがある」
「遺跡の話は終わったと思ってたが」
「違う。──これは別件だ」
私は短く状況を伝える。《クロウズ・ネスト》内部に、私の動向をよく思わない勢力があること。先日の襲撃者の出所が不明であること。そして、それが組織内部の誰かの差し金である可能性。
ラゼルは黙って聞いていた。
「狙われてるとしたら……ここにいて大丈夫なのか…?」
「ここはクロウズ・ネストの本拠地だ。それに…私を誰だと思ってる?」
「本格的に殺しに来る前に、情報を抑えたい。お前に、動向を探ってもらえないか」
私はそう締めくくる。
「……報酬は?」
わざとらしく言うラゼルの声に、私は苦笑いした。
「……すまん。遺跡の分け前はほぼ吹き飛んだ。金貨十枚、装備と修理代に化けた」
ラゼルは鼻を鳴らしたあと、机の横に立てかけてある《スレッジ・リミッター》を一瞥し、ぽつりと呟く。
「まあ、死にかけた仲ってのは、そういうもんだ」
遺跡探索──魔導蒸気兵に囲まれ、崩れかけた通路で背中を預け合ったあの瞬間。それが言葉より重い信頼になった。
「……誰が敵でも構わねえ。ただ、お前に後ろから撃たせるような真似だけは、俺が許さねぇよ」
ラゼルは背を向けて歩き出す。
「探ってやるよ。尻尾が見えたら、引っこ抜いて持ってきてやる」
「助かる。……マジで」
「今さら遅えよ。死にかけて一緒に笑った仲じゃねぇか」
その背中に、私は何も言わなかった。ただ一言だけ、小さく。
「──よろしく、相棒」
*
夜が更け、霧が路地に沈む頃──《クロウズ・ネスト》の構成員たちの間にも、昼間の喧騒とは違う、湿った気配が立ち込めていた。
ラゼルはフードを被り、組織の副拠点があると言われる《赤錆街》の裏手へと足を運んでいた。
「……“あいつ”がよく出入りしてるってのは、ここのことか」
路地裏に佇む簡易倉庫。昼間は輸送部門の物資置き場、だが夜になるとごく一部の幹部候補たちが密かに集まる“私的な会合場所”に姿を変えるという。
扉の向こうに、かすかに灯る蒸気灯の光と、人の気配。ラゼルは息を潜め、倉庫脇の梯子を伝って屋根裏へ──。
板の隙間から、室内の様子が見える。
「──最近、奴がギルドと接触しているという噂がある」
「それに、遺跡の件……あれはアッシュの独断じゃねえ。裏でアイリスの女が動いてたって話もある」
「やつが組織を私物化し始めてる。いつまでも放っておいていいのか?」
声の主は、組織内でも強硬派として知られる幹部候補の一人、《モルク》だった。年齢は四十前後、元帝都警備隊の出身。規律にはうるさいが、野心も強い。
──暗殺依頼の首謀。可能性は高い。
ラゼルは拳を握りしめ、声を押し殺す。だが今は証拠も手段も不十分。暴くには、もう一手必要だった。
彼は静かにその場を離れる。背中に、アイリスとの共闘の記憶が蘇る。
──だったら俺がやる。あんたの邪魔をするやつは、全部、俺が片付ける。
夜の影に紛れ、ラゼルは再び動き出した。
*
翌日深夜、《クロウズ・ネスト》の一角、アイリスの私室。
薄暗い照明の下、アイリスは作業机に地図と報告書の束を広げていた。そこへ、ラゼルが音もなく姿を現す。
「……入っていいか?」
「来い。何かわかったか」
ラゼルは頷くと、無言のまま紙片を差し出した。そこには、昨夜密かに聞き取った幹部候補の発言と、それを裏付ける倉庫の出入り記録が記されていた。
「間違いねぇ。やつが動いてる。闇ギルドに依頼して、あんたの首を狙ってる」
「……そうか」
アイリスは視線を落としたまま、静かに椅子に背を預ける。いつもなら即断即決する彼女が、珍しく数秒の沈黙を挟む。
「証拠は十分か?」
「……まだ決定打には欠ける。だが、あと二、三日あれば──確実な尻尾を掴める」
「なら任せる。だが、あまり深入りするな。相手は一枚も二枚も上手のはずだ。あくまで“調査”だ。暗殺ではない」
ラゼルは少しだけ口角を上げた。
「……やっぱ、あんた変わったな。前ならとっくに“排除”って言ってたはずだ」
「味方に背を撃たれるのは、戦場より後味が悪い。だからこそ、確かな判断が必要なんだ」
ラゼルは深く頷いたあと、小さく付け加えた。
「報酬は……いらねぇ。前の遺跡で借りた分、返してる途中ってことでいいだろ」
「……了解した。お互い様だな」
二人の間に、言葉のいらない信頼の空気が流れた。
やがてラゼルは夜の闇へと消え、アイリスは再び地図に視線を戻す。
──敵は、身内に潜んでいる。
それは最も面倒で、そして最も潰しがいのある敵だ。




