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潜伏、接触

 スレッジ・リミッターの銃口を向けるが、装備差は明白だった。

 装甲を貫ける保証はない。むしろ撃ち損じれば、間合いを詰められて即死だ。


 「判断要求:撃つか、逃げるか」


 「逃げ一択だ、ユグド! 手ぇ貸せ!」


 《了解。脱出ルート構築──開始》


 アイリスの背後、石壁に視線を走らせたユグドが、即座に脳内へ“戦術ルート”を提示する。


 《非常排気路:左手側地面、蓋あり。蒸気管走行空間あり。破壊突入可》


 「マジかよ……狭すぎんだろ……!」


 振り返る暇もなく、襲撃者が迫る。空気を裂く斧の刃が、スレッジ・リミッターの銃身に叩きつけられ、火花と悲鳴を上げた。


 私は衝撃を耐えつつ、片手で腰のカートリッジユニットに指を突っ込む。


 ──爆煙型、散布。


 シュバァアッ!!と蒸気圧が噴き上がる。狭い通路が真っ白に包まれ、視界は一瞬でゼロ。


 敵の動きが止まる。その一瞬の隙を逃さず、私はユグドの指示した蒸気蓋に飛びついた。


 足元を蹴り砕き、蓋ごと地下通路へ飛び込む。

 狭い。暗い。蒸気が噴く。だが──生きてる。


 《追跡阻止成功。敵ユニット反応:地点固定、捜索中止。現在、追撃の兆候なし》


 「……っ、はあ、はあ……上等だ、ユグド。助かった」


 肩で息をしながら、私は狭い管路を這い進む。

 背中のスレッジ・リミッターは無事だ。損傷も軽微。だが、心臓の鼓動はまだ収まらない。


 ──誰だ、あいつは。


 まるで最初から私の行動を知っていたかのような……的確な奇襲。

 カスタムされたボディアーマー。無言で、訓練された動き。


 ただのチンピラや賞金稼ぎじゃない。

 あれは……“プロ”だ。


 「ユグド、今夜は宿に戻らない。迂回して、《地下市》に潜る」


 《了解。潜伏ルート再構築中》


 ──次に会う時は、私も“装備あり”で迎えてやる。


  *


 夜の都市の裏側に広がる、もうひとつの街。

 腐敗した蒸気、酒と油の混じった臭気、違法取引のざわめき。

 そこが《シェード・バザール》──いわゆる「地下市」だ。


 「……あー、クソ暑い。なんだよこの湿気」


 フードを深くかぶった私は、地下の換気口を抜けて路地へ出た。

 下水のような排熱通路から、酒場の裏手に出るルートはユグドが事前にマッピングしてくれていたものだ。


 《現在、追跡反応なし。敵は上層域にて足止め中。ここなら発見の可能性:2%以下》


 「上等。じゃあ少し、買い物でもするか」


 懐から銀貨を数枚抜き、私は露店の並ぶメイン通りに出た。


――情報整理と決意

 ブースの奥、隠されたスペースで私はユグドと小声で会話を続けた。


 「さっきの奴、確実にプロだった。あの動きは熟練の探索者、傭兵……軍、もしくは元軍だ」


 《同意。装備構成、攻撃パターン、痕跡処理の速さ。全てが訓練された兵士級。現時点での正体不明。》


 「誰が、私を“消しに来た”?」


 《可能性:現地ギルド内の情報流出、“クロウズ・ネスト”内の裏切り、もしくは……遺跡に関わる第三組織》

 地下市の端、私専用の“捨て宿”に身を落ち着けた私は、天井を見上げたまま小さく呟く。


 「……あいつの正体、必ず突き止める。狙ったからには、ただじゃ済まさねえ」


 ユグドが静かに応える。


 《次の行動目標、設定可能。反撃準備完了まで、潜伏優先を推奨》


 「任せる。……でもな、ユグド。覚えておけ」


 私は銀貨十枚分の“希望”が詰まった革袋に触れた。


 「私はな、戦場じゃ“狩られる側”には絶対にならない。狩る方だ」


  *


 濁った蒸気の立ち込める地下街、その一角。

 路地裏の扉をノックすること三回。

 扉の覗き窓がわずかに開き、中からギラついた目が覗いた。


 「……合言葉」


 「《熱は冷たき鉄に宿る》」


 カチ、と音がして扉が開いた。中は古びた帳簿や破損した魔導部品の積まれた半倉庫。

 だがその奥、薄暗い布のカーテンをくぐると、空気が一変する。


 ――情報屋バルドの根城。


 「おおっと……この顔は久しぶりだな。《スレイヴ使い》さんよ」


 バルドは相変わらずの不潔な笑みを浮かべて、油まみれの手袋で私を招いた。


 「バザールに姿見せたってことは、また面倒に首突っ込んだんだろ? 今回は何だ。仕事の依頼か、それとも……」


 「……“私を狙った奴”の情報だ」


 私は懐から銀貨数枚を机に置いた。バルドが舌打ち混じりにそれを弾く。


 「金貨じゃないのか? 命に関わる話だろ」


 「分け前は…クロウズ・ネストに持ってかれた。今はこれが限界だ」


 「やれやれ、傭兵ってのはいつの世も火の車だな」


 言いながらも、バルドは紙束を取り出し、その中の一枚を投げた。

 写真のようなモノクロスナップには、重装の男が映っていた。ボディアーマー、蒸気強化外骨格、顔は仮面。


 「最近、街に入り込んだ“外部勢力”のひとりだ。正体不明。ただし、こいつが動くと死人が出る」


 「……誰の差し金だ?」

 

 「恐らく金で雇われた暗殺者…クロウズ・ネスト内にお前さんのことを邪魔に思ってる奴がいるらしい」


「……なるほどな。裏切り者が中にいるってことか」


私はテーブルの上のコップを指先で弾き、黙った。《ユグド》が小さく警告音を鳴らす。


「確認:クロウズ・ネスト内、指名幹部3名の資金移動に異常あり。うち2名は対アイリス派に分類済み」


「おいおい……マジかよ」


「お前、クロウズ・ネストじゃ“鉄火の女狐”って通り名が出てんだぜ。そりゃ面白く思わねぇ連中も出てくるだろうよ。元傭兵が幹部の椅子に座ってんだからな」


「椅子に座った覚えはねえ。獲物を前に銃構えてただけだ」


そう言いながら私は立ち上がる。


「《ユグド》、データ照会。疑わしい幹部候補の詳細をまとめろ。あと、拠点別の防備状況もな」


「了解。現在進行中……」


私はバルドに銀貨を数枚投げ渡す。


「情報屋ってのは信用ならねぇが──今のとこ、お前の裏切りは確認できてねぇ。使わせてもらうぞ」


「光栄だねぇ。せいぜい長生きしてくれや、“スレイヴ使い”」

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