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鋼を纏う理由、黒影、鉄の歩み

薄暗い宿屋の一室、アイリスは木製の簡易ベッドに腰かけながら、掌の上で金貨を一枚ずつゆっくりと転がしていた。

 小さな蝋燭の火が、磨かれた金面にちらちらと反射する。


 ──金貨十枚。


 遺跡《死者の鉄路》から持ち帰った戦利品を、《クロウズ・ネスト》とラゼルに取り分として分配し、残った正味の報酬だ。


「ふふ……悪くない」


 アイリスは珍しく、ほんのわずかに口元を緩めた。


 銃火にさらされ、命を削った末に得た正当な報酬。

 どこまでも実利主義者である彼女にとって、それは何よりの喜びだった。


 だが──その視線はすぐに現実に戻る。


 金貨を小袋へしまい込むと、ベッド脇の床に立てかけてある《スレイヴ・ラプチャー》へと目を移す。


 大口径化され、冷却性能も強化された新仕様。

 だが、それに見合う【耐衝撃制御装備】が、今はない。


 今回の遺跡探索で着用していた《クロウズ・ネスト》製のボディアーマーは、あくまで“貸与品”だった。

 任務終了と共に返却した今、アイリスの身を守る術は事実上、皆無となっている。


「……このままじゃ、次はないな」


 愛銃を前に、ぽつりと呟く。


 大口径スチームウェポンを運用するには、身体強化と衝撃吸収を兼ね備えた適切な装備が不可欠だ。

 加えて、遺跡探索は想像以上に過酷だった。次に同じことを繰り返せば、今度は命を落とすかもしれない。


「仕方ない……稼いだ金で、投資するとするか」


 その瞳には、すでに次の戦いを見据えた光が宿っていた。


 ──目標:オーダーメイドのボディアーマー購入。

 耐衝撃・防弾・動力補助を備え、自らの身体と武装に最適化された、専用戦闘装備の調達。


 戦場を生き抜くための準備は、すでに始まっている。

 

 私は《スレイヴ・ラプチャー》を部屋に置いていった。

 代わりに、腰のベルトに散布式カートリッジユニットを3本差し込む。


《スモーク・エミッタ(SC-γ3)》:煙幕による一時的遮蔽


《リフレクス・カートリッジ(TC-δ1)》:反射神経を一時的に強化


《プレッシャー・シールド(TC-β2)》:蒸気膜による一時的な衝撃緩和


 どれも一発限りの護身用だが、持たないよりはマシだ。


 そして背中に担いだのは──サブウェポン、ショットガン《SBT-4 スレッジ・リミッター》。


 大口径の蒸気圧散弾銃は、重量こそあるが、至近距離での信頼性は高い。

 “火力を削って機動を取る”という選択肢も、この街では生き残るための戦術だ。


 私は宿を出る。


 向かうは──《バステン工房》。


《バステン工房》──無骨な金属臭と油の焦げる匂いが鼻を刺す、町でも随一の魔導技術工房。


 私の手には、小さな革袋。中身は遺跡探索で得た分け前から捻出した、金貨十枚。

 これは、今後“まともに戦うため”に必要な投資だ。


「……オーダーを頼みたい。ボディアーマーを、蒸気圧駆動で。筋力補助と防弾を両立したやつをな」


 奥から現れた工房主・バステンは、煤けた前掛けのままこちらを見て、鼻を鳴らす。


「……また命懸けで何か掘ってきたな、目が血走ってやがる」


「いつものことだろ。こっちは稼がなきゃ、すぐに地べたに転がる羽目になるんでね」


 バステンは無言で手を差し出し、私も無言で金貨の袋を渡す。


 彼は重さを確認し、舌打ちした。


「十枚分か。贅沢はできねぇが、実戦仕様の最低ラインは確保してやれる。で、用途は?」


「“魔導蒸気圧を前提とした重火器の取り回し”だ。あと、戦術カートリッジの散布装置を左右に1基ずつ。反応装甲は省いていい。軽さ優先だ」


「……大口叩くじゃねぇか」


「もう必要なんだよ、これがなきゃ始まらない」


 測定装置が私の身体をスキャンしていく。

 私は無言で、計測用のポーズをとった。

 目の奥で、次に担ぐ“相棒”──スレイヴ・ラプチャーの重量と反動が脳裏をよぎる。


「外装は灰鉄色の繊維強化蒸気布でいこう。軽量金属との積層構造、駆動骨格は肩から腰。圧縮蒸気で補助関節を動かす。ラバーソールは地雷耐性もあるやつだ。……いいか?」


「十分だ。それで頼む。色味はそのままでいい。……ああ、それと背中に長物を固定できるマウントを追加しておいてくれ」


「……あんた、また物騒なもんを引っ張り出したな?」


「どうだろうな。どっちにしろ、この先は重くなる。手足も、心もな」


 バステンは眉をしかめ、笑ったような、呆れたような表情を浮かべる。


「一か月くれ。取りに来い、戦争屋」


  *


 工房からの帰り道、夕暮れの街はすでに冷え始めていた。

 私は人気の少ない裏通りを選んで歩いていた。腰のベルトには未使用の散布ユニットと、最低限の護身用装備。例の重火器はまだ預けたまま──完全に「丸腰」に近い。


 ──だから、気配に気づいた時には、もう遅かった。


 「上」


 ユグドの警告と同時に、瓦礫の上から何かが落ちてきた。


 ゴン、と重い音。足元の石畳が砕けた。

 着地したその影──全身、灰鉄色の戦術ボディアーマーに身を包み、無言のままこちらを見据える。


 ──違う。軍用じゃない。あれは……カスタムだ。


 蒸気駆動の補助骨格。脚部のスプリング。胸部には魔導冷却器が組み込まれている。


 そして──私を試すように、相手はゆっくりと《手斧》を引き抜いた。


 「敵性ユニット、警戒レベル:上限。対象、未知。殺傷意志アリ。回避最優先」


 「言われなくても……!」


 私は背中のショットガン──《SBT-4 スレッジ・リミッター》を掴んで引き抜く。


 だが、引き金を引く前に、視界がブレた。


 ──速い。こいつ……蒸気骨格で加速してる!


 回避。地面を滑る。空気を裂く斧が頬を掠め、石壁を一撃で抉った。

 着弾と同時に上がる蒸気、火花、そして無言の圧力。まるで──訓練された狩人のようだった。


 「……くそ。防御がねぇと、本気でやりあえねぇな」


 額から血が垂れる。胸が焼けるように軋む。だが、私はスレッジ・リミッターを構え直した。


 ──殺るしかない。そうでなきゃ、殺られる。



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