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出会い

──静寂を破る、金属のきしみ音。


 遺跡の奥、蒸気の漏れるような音とともに、少女は“棺”から這い出た。

 髪は灰のように白く、肌は雪のように透き通っている。だがその瞳の奥には、老いた兵士のような冷たい光があった。

 細身ながら均整の取れた肢体、しなやかに伸びた手足、そして整いすぎた顔立ち。

 まるで彫刻のような美貌は、現実感すら欠いていた。


 一人の少年が、その光景を見ていた。


 「……うそ、だろ……?」


 瓦礫に足を取られながらも、少年──カイルは慌てて後退した。

 彼はこの遺構にスクラップ拾いに来ていた。ただの探索者にすぎない。


 だが、目の前で少女が起き上がった棺は、**旧世界の“起動型魔導兵装”**の一つ。

 その中から人間が、しかも少女が生きたまま出てきたのだ。常識ではあり得ない。


 アイリス──少女の姿をした元・傭兵は、周囲を一瞥し、冷静に状況を確認する。


 「ここは……まだ内部か。構造的には……避難用の軍事区画か?」


 少女の口から漏れるその言葉に、カイルの顔がさらに強ばる。

 “子ども”とは思えない、抑揚のない、軍人のような口調だった。


 「お、お前……誰だ? 何者なんだ?」


 「質問の順序が逆だ。俺は──いや、今はアイリスらしい。で、お前は?」


 唐突に名を問われ、カイルは咄嗟に名乗る。


 「カイル! 探索者見習いだよ。たまたまこの遺跡に……!」


 「ふむ。悪意はなさそうだな」


 その瞬間──


 グガァァアッ!!


 地下から響く咆哮。空気が震え、蒸気管が唸りを上げる。


 「まさか……暴走体が起動したのか!?」


 カイルが振り返ると、崩れた廊下の奥から、鉄と肉の混ざったような魔導兵装が這い出してくる。

 旧時代の戦闘用生体兵器。制御装置を失った“暴走個体”だ。


 「ち、ちくしょう……! 俺の武器、どこに──」


 「それ、貸せ」


 アイリスが言った。カイルの腰にかかっていた、魔導駆動式短銃を指差す。


 「え、でも……撃てんのか? リバレーターMk.IIは──」


 「引き金の重さも、反動も問題ない」


 アイリスは銃を抜き取り、静かに構えた。

 少女の華奢な腕には、似合わない構え方だった。だがその所作は、戦場の傭兵そのものだった。


 魔導暴走体が跳びかかる。距離、十メートル。

 照準、魔導コア──偏差、呼吸、タイミング──


 ──ズンッ!!


 蒸気が噴き出し、閃光が走った。

 一発で魔導核を撃ち抜いた。


 「……な、なんだよ、それ……」


 呆然と立ち尽くすカイルの横で、アイリスは銃を下ろしながら言った。


 「銃の整備が甘い。次使うまでに、エジェクターを調整しとけ」


 その声には、戦場を渡り歩いた兵士の癖が滲んでいた。



 アイリスの身体は白い布が一枚、身体に巻きつけられているだけだった。


 目を覚ました棺の中、少女──アイリスは最低限の保護布にくるまれていた。白磁のような肌を辛うじて覆うその布は、戦闘装備でも衣服でもなく、遺体を収めるための“管理用装置”の一部だった。


 「ま、まずいって、それ……! 完全に変質者だぞ!」


 遺跡から這い出た直後、カイルは顔を真っ赤にして叫んだ。


 「俺は……いや、私は好きでこうなったわけじゃない」


 冷めた声で言い返しながらも、アイリスもその視線の刺さりに少しだけ戸惑いを覚えていた。確かに、露出は危険なほど多い。肩も太ももも剥き出しで、動けば胸元すら危うい。


 (これはまずいな。防御力ゼロどころか、社会的にもアウトだ)


 白布を押さえながら歩く姿は、どう見ても“服を着てない美少女”だった。街に入るには、何かを着る必要がある。


 幸い、リヴィネスの外れまで辿り着いた二人は、カイルの隠れ家に転がり込んだ。鉄工所跡を改装したその小屋は、蒸気パイプが軋む音と油の匂いに満ちていたが、風呂と寝床は揃っている。


 「とにかくこれを着ろ。」


 カイルが差し出したのは、探索者ギルドで支給される女性用インナーと、黒革のショートジャケット。黒い短パン。魔導繊維で仕立てられた実用品だ。


 「女物……か。いや、もうそうだったな」


 ため息と共に受け取る。別に着替えること自体には慣れている。問題は、鏡に映る姿だった。


 湯を浴び、埃と血を洗い流したあと、アイリスは衣服を身にまとった。


 ――細身のウエストに沿うインナー。適度な厚みと伸縮性で、動きやすく、防御性能も高い。ショートジャケットは胸元で締められ、背中にかけて黒革のベルトが走っている。


 「……動きやすいな。悪くない」


 「見た目も……いや、やっぱ似合いすぎてこええわ。人間か?」


 「元はな」


 口元にわずかな皮肉を滲ませながら、アイリスは鏡を見つめる。戦場では見たことのない自分がそこにいた。美しすぎるその姿は、確かに“女”だった。


 「で、聞きたいことが山ほどあるんだけど……あんた、一体何なんだ?」


 カイルが蒸気の湯を淹れながら尋ねる。室内にはスチームエンジンの駆動音が小さく響いていた。


 「長い話になる。……けど、まず教えてくれ。この世界は、どうなってる?」


 「簡単に言うと、魔導工学と蒸気技術が発展してる。でも……昔の文明に比べりゃ、ゴミみたいなもんだよ。空を飛ぶ機械もない。再現不能な“旧世界の遺物”があちこちに埋まってるくらいでさ」


 「……なるほど。文明は後退してる、か」


 その情報だけで、アイリスはすぐにこの世界の全体像を思い描いた。技術はまだ未熟。支配構造も脆弱。魔法という新要素がある一方、兵器としての精度は旧世界に及ばない。


 カイルがテーブルの上にマップを広げる。


 「で、これが周辺の探索区域。遺跡、魔導炉跡、旧工業都市の廃墟──ま、スクラップ拾いができる場所だ」


 「敵は?」


 「魔獣、盗賊、暴走兵装……人も、機械も、どっちも敵になる」


 「上等だ」


 アイリスは静かに、魔導短銃を分解し始めた。弾倉を確認し、エジェクターを調整する。傭兵時代の癖が、指先に染み付いていた。


 ──この世界は、再び俺を“戦場”に戻す。


 今度は、少女の姿で。

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