組織運営と遺跡探索準備
アッシュの“右手”となってから一週間。
私はB14拠点に己の専用執務室を確保し、ユグドとの非公開回線を接続。
毎日、戦闘ではなく「計算」と「監査」で脳を酷使していた。
「構成員の出入りが激しすぎる。補給線が乱れる要因のひとつ」
「確認済み。兵站データと物資消失率を突き合わせたところ、全体の8.7%が横流しまたは不正分配と推測されます」
私の問いに、ユグドが即座に応答する。
「……情報共有と処分のフローを標準化する。古参連中の“感覚任せ”はもう要らない」
私は帳簿に斜線を引き、前世のパソコンを彷彿とさせる情報端末に指示を入力した。
>【命令:補給倉庫の管理者を“B組新人”に交替】
>【再教育対象:旧管理責任者3名(温存/監視)】
>【武装補給ルートの冗長化処理を開始】
《整備部隊“シェイドライン”》の編成
次に着手したのは、私兵部隊の整備。
ギャングとはいえ、戦えるのは全員ではない。
銃を持っていても、実際に当てられるのは三割以下──これがユグドの出した推定戦力比だった。
「だったら、使える部隊を分けるだけだ。整備と再訓練を実施する」
私は《シェイドライン》と名付けた独立分隊を創設。
個人装備を私の監修のもとで統一し、戦術訓練と実弾テストを実施。
>【戦術統一:市街地近接殲滅/速攻戦対応】
>【個人武装標準化:改良型ショットガン、遮蔽外套、圧縮カートリッジ対応】
「ユグド、進捗は?」
「部隊形成進行率:62%。装備調達コスト、想定比+1.3%。
ただし射撃訓練後の命中率、平均12%上昇。効果良好と判断されます」
──私の名義で再構成された《クロウズ・ネスト》は、ゆっくりとだが確実に、暴力だけの集団から“組織”へと姿を変え始めていた。
*
クロウズ・ネストの資材倉庫──正確には、表向きは武装職人ギルド《テスラ・クラフト》の旧支部だった建物。
私はその片隅、鍵付きのコンテナが並ぶ一角で、整備員に案内されるまま新装備を確認していた。
「これが例のブツ、《ヴェルド・コアMk-II》か?」
「はい。軍残党経由の鹵獲品ですが、魔導補助系を除いた標準機体としてはトップクラスの性能です。今朝、蒸気圧系の再調整と胸部カートリッジポートの修理も済ませました」
灰鉄色のマット仕上げを施された胴体装甲は、無駄な装飾を排した機能美の塊だった。
外装は繊維強化蒸気布と軽量金属プレートの積層構造で構成され、肩から腰にかけては蒸気圧で駆動する補助骨格がむき出しで接続されている。
無骨なパイプと関節フレームが、動作に合わせて軽く震え、内部の圧縮蒸気がシューッと細く息を漏らすように放出する。
「こいつ、防弾性能は?」
「従来型の2.4倍以上の貫通耐性。蒸気圧の反動緩衝シリンダーが内蔵されてるんで、銃弾だけじゃなく、斬撃や爆風にもある程度耐えます」
胸部には戦闘用の識別タグホルダーと、戦術カートリッジ差込口が左右対称に2基配置されていた。
下半身はスーツ一体型の蒸気駆動サポーターで構成され、膝から太腿にかけて補助スプリングが外骨格のように覆っている。
足回りには滑り止め加工を施したラバーソールがあり、地雷や不整地にもある程度の耐性がある設計だ。
「──これなら、“遺跡”にも踏み込めるな」
情報屋バルドからその遺跡の情報を手に入れるも、色々あって着手できていなかった遺跡、通称“死者の鉄路”探索に向け準備を進めていた。
私は軽くうなずいてその場で袖を通す。蒸気駆動部が微かに唸り、膝裏のスプリングがわずかに引き締まる感覚が伝わってきた。
「着用者の体格に合わせて、内部骨格が初期調整を行います。蒸気圧は三段階。推奨は“ノーマル”ですが、“ブースト”時は脚力強化機能でジャンプ高度と加速が1.5倍になります。ご注意を」
「了解。……で、護衛には誰を?」
「《ラゼル》が立候補してます。遺跡慣れしてるらしく、戦闘経験も十分。信頼していいはずです」
「──悪くない人選だ。じゃあ、装備点検が済んだら合流地点へ向かう。ユグド、地図のアップデートと補給ログを反映しておいて」
《了解:目的地《死者の鉄路》までの地図を更新。遺跡内気圧:安定。魔力濃度:中等度。戦術適応カートリッジ:リストアップ中──》
私は装備の蒸気音を聞きながら、一歩、倉庫の出口へと足を踏み出した。
今や、私には守るべき背中と、背負う銃火器、そして信頼できる足がある。
《スレイヴ・ラプチャー》の弾倉に、銀色のカートリッジが軽く鳴った。
《ヴェルド・コアMk-II》の圧縮蒸気がリズムを刻むたびに、身体の重心が安定していく。私はクロウズ・ネストの一角、廃倉庫を改装した作戦ブリーフィングルームに足を踏み入れた。
「よう、アイリス」
先に来ていた男──《ラゼル》が、片膝を椅子にかけたまま、煙草を咥えてこちらに目をやった。
短く刈られた髪に、顔の左半分を走る傷痕。蒸気銃と剣の両方を使いこなす重戦闘型の実力者で、元は帝国軍の遊撃部隊に所属していたという噂だ。
軍人崩れの荒くれが多いクロウズ・ネストの中でも、一目置かれる存在だった。
「そのスーツ……支給されたってことは、今回はマジで突っ込む気なんだな?」
「生きて帰る気があるなら、舐めた装備で行くわけないでしょ」
私は目の前の簡易机に、《死者の鉄路》の地図とバルドから提供された補足資料を並べる。
ラゼルも煙草を消し、真顔になった。
「遺跡の入り口は峡谷の奥。高熱の蒸気孔が近くにあるって話だ。周囲は崩落地帯で、不用意に動くと地面ごと落ちる」
「進入経路はここ。三日月型の岩棚を通って、この通気口跡から内部に入る。初期探索で出てきた敵性反応は“機械式自動防衛装置”が中心。旧文明の遺物らしいけど、反応速度は現代兵器と同等」
「つまり……探索ってより、戦闘前提の突入ってわけか」
「そうなるな」
私は《スレイヴ・ラプチャー》を机に立てかけ、弾倉を抜いて中圧カートリッジを点検する。
「こっちは接近戦用に《スモーク・エミッタ》と《リフレクス・カートリッジ》を装備。遮蔽のない場所では、“反応速度”が命綱になる」
「了解。俺は中距離支援に回る。反応炉を撃ち抜くタイプの敵が出たら、俺が囮になる」
「……頼りにしてる。今回は私一人じゃ足りないから、あんたに声をかけた」
ラゼルはその言葉に苦笑を浮かべ、蒸気式のロングライフルを背負い直す。
「信用してもらえるのは光栄だ。……ま、俺もあの遺跡には興味があったからな。中にあるって噂の“炉心石”──あれ、本当に使い物になるなら、組織の武装レベルが一段階変わるぜ」
「それも見極める目的。情報屋バルドの“鼻”は外れたことがない。あとは、私たちが生きて持ち帰れるかどうか」
私は《ユグド》に接続を切るように合図し、最後に一言だけ確認する。
「準備はいい?」
「いつでも」
二人の足元、装甲ブーツのソールが床を踏みしめる音が重なった。
こうして、私とラゼルは、未知の戦場──《死者の鉄路》への一歩を踏み出した。
*
組織の地下ガレージに降りると、煤と油の匂いが鼻を刺した。照明石の青白い光が、分厚い装甲板で覆われた車体を照らし出す。
「……こいつが、今日の足か」
私の目の前に鎮座していたのは、クロウズ・ネストが所有する軍用車両──《グリム・ホイール》と呼ばれる蒸気機関魔導車だった。
四輪駆動の重装甲車両で、前部には衝角のような鋳鉄バンパー、側面には展開式の魔導防盾アームが搭載されている。
エンジン部は魔力炉と圧縮蒸気炉のハイブリッド構造で、移動と防御補助に魔導機構を併用していた。
「蒸気圧安定。魔力炉出力、正常範囲。温度、偏差無し」
運転席から顔を出したのは整備担当の技術構成員だった。作業服のままゴーグルを額に上げ、エンジンの音を聞き分けるように耳を澄ませる。
「峡谷地帯に入ると舗装は期待できませんが、この子なら傾斜60度までは踏破できます。ルーンパターンは簡易妨害対策済み」
「武装は?」
「車載蒸気ガトリング、前部に一門。手動操作になりますが、支援には十分かと。念のため装填済み。……あとは、どうかご無事を」
私は無言で頷き、助手席に乗り込んだ。直後、ラゼルが後部ドアを開けて投げ込んだのは予備の圧縮タンクと火薬箱だった。
「輸送中に襲撃されてもいいように、応急の防壁材も積んである。中で小規模の籠城戦くらいならできるだろう」
「……最悪の展開も想定済みってわけか」
車内は蒸気の脈動と魔導炉の振動が低く響く、狭くも安心感のある空間だった。
車体後部には戦術カートリッジラックと予備装備、そして折り畳み式の作戦机まで揃っている。小さな移動式の前線基地──そんな印象を受けた。
「行くぞ」
ラゼルの合図とともに、グリム・ホイールの車輪が軋みを上げて動き出す。
ガレージの鉄扉がゆっくりと開かれ、車体が冷たい朝の空気へと飛び出していく。
圧縮蒸気が排気口から一斉に吹き上がり、街の境界線を越えた瞬間、魔導炉の音が一段階高鳴った。
「──《死者の鉄路》まで、約一時間。準備は整ってるか?」
「ああ。あとは“死者”に挨拶するだけだ」
私は《スレイヴ・ラプチャー》を抱え、窓の外に広がる灰色の山地を睨んだ。
この車の鼓動が止む時──それは、誰かが沈む音と同義だった。




