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ギャングからの報復と“指名手配”

──酒場の壁に貼られた、粗い印刷の通報書。


ざらついた紙には、私の顔。銃を構えた横顔が、歪んだスナップ写真で切り取られていた。

その下に記された通称──《スレイヴ使い》。

そして、懸賞金【銀貨80枚】。


「確認:画像精度低。防犯魔術照合不可。ただし、現地通報による身元照会頻度:過去24時間で7件」


「──もう完全に、目をつけられてるな」


私はフードを深くかぶり、視線を下げる。

路地の端、簡易酒場ゴースト・スタンプの前で、数人のならず者がその紙を眺めていた。


「銀貨80枚だってよ……女一人捕まえるだけで。破格じゃねぇか?」


「“クロウズ・ネスト”本気みてぇだな……あの一件、よっぽど恨み買ったんだろ。構成員10人を一晩で吹き飛ばしたって噂もあるぜ」


「しかもあの見た目だ。顔見た奴が言ってた、“人形みてぇな美人だった”ってよ。そりゃ恨みだけじゃ済まねぇ……」


「けどよ、見惚れてる間に撃ち抜かれそうで怖ぇな……」


私はその会話を背中で聞き流しながら、無言で通り過ぎる。


──指名手配。

それは、この街における「生き方が変わる」合図だ。

身を隠す。信用を買う。足跡を消す。

そして、時には──先に殺る。


「注意:敵対組織クロウズ・ネスト構成員、現在街区B13〜B16を中心に警戒展開中。武装拠点3箇所、監視人員多数。現在地での滞在時間、推奨限界:15分」


「……分かってる。物資補充と接触だけ済ませたら、すぐ出る」


私は《ユグド》の助言に頷きながら、路地の影へと身を潜めた。


──この街のどこかに、“敵”の目がある。

だがそれは裏を返せば、“撃ち返す理由”があるということだ。


銃を持ち、戦った以上。

誰かの恨みを買うことからは、もう逃げられない。


 *


建物の外壁には焼け焦げたような黒い痕。看板の文字も半分剥げ落ち、「療院」の文字がかすかに読める程度だった。ここはかつて流行病の隔離に使われていた旧診療所。今では忌避区域として封鎖されたまま、誰も寄りつかない。


 私はその一室に足を踏み入れた。破れた診察用カーテン、ひび割れたベッド、剥がれ落ちた天井の石膏──だが、遮蔽物は豊富で、逃げ道も複数。身を隠すには申し分ない。


「ユグド、熱源探査。監視システムの代替になるか?」


「近隣熱源ゼロ。通信傍受:なし。再構築された電源網の接続は不可。代替手段推奨」


「魔導蓄電器……使えるか試す」


 腰から引き抜いたナイフで蓄電器の接合部を叩き、簡易構文を指で描く。青白い火花と共に、室内灯がうなりを上げて起動した。


「……これで数日は持つ」


 目を細めながら、私は窓に板を打ちつけ、外からの視線を遮断した。


 *


その夜、私はギルド支部の裏通用口──物資搬入用の扉をノックした。しばらくして開けられたドアの隙間から現れたのは、ギルド職員セリナ。


「まさか……生きてたのね。……その様子だと、“例の件”で来たんでしょ」


「“クロウズ・ネスト”が懸賞金をかけたそうだな。私は今、街の半分で“賞金首”ってわけだ」


「下っ端の情報屋たちも騒いでたわ。『《スレイヴ・ラプチャー》の使い手に銀貨百枚』──街で知らぬ者はいないって」


「確認したい。誰が賞金を出している?」


 セリナは眉をひそめ、少し逡巡してからメモ用紙を渡してきた。


「内部資料の一部よ。“クロウズ・ネスト”幹部、《スローター・アッシュ》。元軍の脱走兵。あんたが前に潰した奴らの上官だった」


「……なるほど。あの連中、随分しつけが行き届いてたと思った」


「ギルドとしては中立を守るけど……目撃情報や“偶然の支援”ならできる」


「それで十分。私の方でも、準備はできている」


──夜。

 風は冷たく、硝煙と下水の匂いが混じった空気が、街の底を這っていた。


 私は《クロウズ・ネスト》の裏拠点とされるB14区画の廃工場跡、その地下通路を、足音を殺して進む。

 既にユグドが監視パターンを解析済み。今は“穴”の時間帯だ。


 ──《スローター・アッシュ》。

 “壊し屋”の異名で知られる、クロウズ・ネストの副頭領。

 噂では、正規軍の出身で、重火器と都市戦の専門家。

 だが、奴は私の顔を知らない。

 そして私は──自らの価値を、交渉材料に変える。


 金属扉の奥、警備もまばらな作戦室跡。

 アッシュは一人、机の上に広げた戦力マップと睨めっこしていた。


 私は一歩、闇の中から姿を現す。


 「──スローター・アッシュだな?」


 「……誰だ。名乗る前に撃たれたいのか?」


 鋭い視線。即座に腰のホルスターへ手が伸びるが、私は構わず言った。


 「指名手配中の《スレイヴ使い》。あんたの組織が、私に銀貨80枚の値を付けた」


 「……ハッ、死にに来たのか?」


 「違う。雇われに来た。私を、あんたの“駒”として使ってみないか?」


 室内の空気が、数秒止まった。


 「……面白い冗談だな。理由は?」


 「私は《クロウズ・ネスト》の構成員10名を単独で排除した。その記録が“現実”だ。そして私は、いまだ逃げ延び、こうしてここにいる。」


 私は背中のスレイヴ・ラプチャーをわずかに傾けて見せた。


 「……それが、お前の“売り”か」


 「加えて、情報処理、戦術設計、そして……報復のための冷静な判断力。あんたがこの都市で勝ち残る気があるなら、私を使うのが最適解だ」


 アッシュは黙って数秒、私を見つめた。


 「──いいだろう。だが勘違いするな、裏切れば即座に頭を吹き飛ばす。それだけは肝に銘じておけ」


 「交渉成立、ってことでいいか?」


 私は口の端だけで笑った。


 私とアッシュは、血の匂いの染みついた作戦卓を挟んで向かい合っていた。

 蒸気管の軋む音が、遠くから聞こえる。


「──お前の腕は見込んでる。だが、組織の中には“よそ者”を快く思わない連中もいる」


 スローター・アッシュは、煙草をくゆらせながらそう切り出した。


「西街派の残党どもだな」


 私は即答した。名前は出していない。だが、私がすでに情報を握っていることは、アッシュにとって驚きではなかったようだ。


「話が早くて助かる。……あいつら、俺の命令すら無視してやがる。

 この機にまとめて掃除したい。──正式に依頼する。“粛清”してくれ」


「報酬は?」


「懸賞金を下ろす。街の噂も抑える手を回す。……それでどうだ」


「受ける。名前を聞くまでもない」


 私は立ち上がり、武器の手入れを始めた。


 三日後。

 B16区の裏路地に位置する“西街派”の倉庫跡──そこには死体が4体、整然と並んでいた。


 いずれも即死。

 スレイヴ・ラプチャーの徹甲弾が眉間と心臓を正確に貫いていた。

 煙も血も、既に冷めている。


「依頼完了。反旗の芽は、摘んだ」


 私は無言でその場を去り、アッシュのもとに戻った。


 地下拠点へ戻ると、アッシュは待っていた。


「やったな」


「報酬は?」


「手配書、すでに撤回済みだ。情報網にも流してある。銀貨80枚分の賞金首──いまじゃただのフリー傭兵ってわけだ」


 私は肩をすくめた。


「……それと、お前を幹部に据えることにした。外様ではあるが、実力で黙らせた。俺の“右手”として動いてくれりゃ、それでいい」


「忠誠心は期待しないでくれ。私は合理的な利害でしか動かない」


「それで十分だ。──なにせ俺も、そうだからな」


 ふっと、お互いに笑みのようなものが浮かぶ。


 こうして私は、《クロウズ・ネスト》の幹部、そして“スレイヴ使い”として、裏社会に名を刻むことになった。


 ──だが誰も知らない。

 その背後には、ユグドという人工知能の存在があり、すべての作戦を最適化し続けていることを。

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