プロローグ:再起動
──熱い。
皮膚を灼くような高温が、意識の底をかき乱す。
呼吸は重く、鼓動は耳の奥で爆音のように響いていた。
どこだ、ここは。
瞼を開けた瞬間、視界を覆うのは──黒い天井と、無数の配線。
滴り落ちる冷却水の音が、妙に近くで響いている。
身体を起こそうとするが、動かない。いや──違う。
“身体そのものが違う”。
骨格の角度、筋肉の付き方、重心の位置。
すべてが、知っている自分の体と一致しない。
「……っ、誰の体だ、これは……?」
震える手を見た。
白く細く、異様なほど滑らかな指先。
胸元に触れると、確かにそこに──存在していた。
「女……? ふざけるな……」
俺は、男だった。
日本の防衛大学を卒業し、陸上自衛隊の特殊部隊に所属。
PMC(民間軍事会社)を経て、世界各地で血を浴び、戦場を渡り歩いてきた。
そして──あの日、炎に呑まれて死んだはずだ。
なぜ、生きている?
なぜ、少女の体で?
重い呼吸を押し殺し、周囲を見回す。
そこは古びた遺跡の一室。
巨大な鋼鉄の装置に囲まれた、棺のような密閉カプセルの内部だった。
壁面の魔導式パネルには、見慣れぬ言語で光が流れている。
その瞬間、耳ではなく脳内に直接、冷たい声が響いた。
「認証完了。戦闘素体《No.0》──起動を確認」
「ようこそ、“アイリス”。」
「あなたの最終任務は──旧世界の記憶を修復し、この世界を再起動することです」
呼吸が止まった。
声の主は、目の前に浮かんだ青白いホログラムだった。
女性の声色だが、あまりに感情の起伏がない。
「ユグド・システム」と表示されたその名を見た瞬間、理解した。
──戦術AIだ。
旧世界の技術が、今なお稼働している。
そして俺は、その一部に組み込まれた。
「……勝手なことを言うな。俺は“俺”だ……」
震える声で吐き捨てたそのときだった。
金属を削るような甲高い悲鳴。
蒸気が破裂する音が通路に響き、壁の奥から巨大な影が蠢く。
「警告──敵性存在を検出」
「旧世界製・魔導自律兵装《ガーディアン・モデルMk.III》。推奨行動:逃走」
「逃げろって……こいつを倒さずに、どうやって生き延びろってんだ」
──だが、否応なく始まってしまった。
崩壊した文明。荒廃した都市。歪な魔導機械たち。暴走する遺物。
その全ての中心に、“少女の体を得た元特殊部隊員”は、再び戦場に立たされる。
過去も、性別も、祖国も捨てた傭兵が、今さら何を守るというのか?
──それでも、俺は生き延びる。
いつだって、死の中から這い上がってきた。
この世界でも、それは変わらない。