第八章 首吊り幽霊
村に戻った俺は、雇い主と一緒に彼の家に向かった。屋敷の地面には、無数の乱れた足跡が残っていた。
「やっぱり、もう来てやがったな〜」
雇い主の肉眼では見えないが、俺の目にははっきりと映っている。
この乱雑な足跡は、あの博打男と悪党が残したものに違いない。
門の前の土も掘り返されたような跡がある。予想通り、あの銅貨は奴らに持ち去られたのだろう。
俺はスコップを手にして土を掘り返してみた。案の定、銅貨は跡形もなく消えていた。
「こんなあっさり終わるか?」
いや、そんな簡単に終わるとは思えない。俺があの悪党の立場だったら、絶対にそう簡単に引き下がったりはしない。
屋敷の隅々まで探ってみたが、それ以外に異変は見当たらない。
「妙だな……もしかして、相手は俺に敵わないと悟って諦めたのか?」
頭をかきながら、独り言が口をついて出た。
「まあいい、まずはこの桑の木を三本とも切り倒そう。目障りで仕方がねえ」
分からないことを無理に考えても仕方がない。判断を誤るだけだ。
俺たちは斧とノコギリを持ち出し、まずは門前の一本から手を付けた。
この路地はもともと狭い。そこにどっしりと桑の木が立っていたら、そりゃもう圧迫感がハンパない。
大汗をかいてようやく一本目を倒した。
「根っこまで掘り返さないとダメだぞ。中途半端に残すと後々また厄介なことになる」
徹底的にやるよう、雇い主に念を押す。
気づけば、空はすでに闇に包まれていた。この時間になると、もう作業は厳禁だ。
怠けたいわけじゃない。夜の闇は、邪霊たちの格好の散歩時間なんだ。
もし、この屋敷をねぐらにしてる小鬼たちが、自分たちの棲み家を壊される様を目撃したらどうなるか。
確実に俺を敵認定するに決まってる。そうなったら厄介極まりない。
親父の教えでもある。「余計なことはせず、最も簡単な方法で問題を片付けろ」と。
俺と雇い主は屋敷に戻り、簡単に洗顔してから鍋を囲んだ。
白酒を二合ほど飲み干すと、体中に温かさが広がり、まさに極楽気分だった〜〜
ふと気づくと、窓の外に黒い影がチラついている。時々、幽霊のような顔が窓から覗き込んでいるじゃないか。
たぶん、ここを棲み家にしている浮遊霊どもだろう。雇い主を怖がらせないよう、黙っておくことにした。
「先生、本当に助かりました……もし来てくれてなかったら、兄貴に殺されてたかも〜〜げふっ」
雇い主の酒の弱さときたら、びっくりするレベルだ。俺より弱いとは……。
田舎育ちなら、もう少し飲めると思ってたんだが……まあ、人によっては酒にめっぽう弱いってこともあるか。
雇い主の顔は真っ赤、目まで充血して、なんと赤い光まで放っている!
……いやいや、俺の目がイカれてるのか? そう思って見直すと、その赤い光はスッと消えていた。
「せ、先生……そんな目で俺を見て……何か、あったんですか?」
「いやいや、なんでもない。ちょっと酔っ払って目がチカチカしてただけだ」
その後も、彼は兄との関係について延々と語り続けた。
自分は兄弟の絆を大事にしてきたのに、なぜ兄はあんな仕打ちをするのかと。
俺は彼に言ってやった。そんなもん、いくら考えたって答えなんか出やしない。
こっちがどれだけ「良かれ」と思ってしたことでも、相手にとっては「当然」だったりする。
そんな奴に尽くしても、心なんて届かない。むしろ、お前のすべてを奪って当然とすら思ってるかもしれない。
――それが人間の「欲」ってやつだ。昔から今まで、変わっちゃいない。
最後の一杯を飲み干した雇い主は、ついに意識を失った。
ベロベロの彼をどうにかベッドまで運んでいきながら、俺はぼやいた。
「二合でこれって、どんだけ弱いんだよ……」
服を脱がせ、寝かしつけたあと、折り畳み式のベッドを出してその横に寝ることにした。
ちゃんとしたベッドが空いてるのに横で寝たのは、雇い主の安全が心配だったからだ。
──午前3時。
「……シャッ、シャッ、シャッ……」
何かが擦れるような音で目が覚めた。
ぼんやり目を開けると、目の前で“足”がゆらゆら揺れていた。
足先が下を向いて、ピンと張った両脚が硬直している。しかも、生臭いような異臭が鼻を突いた。
……これは死体の臭いだ!
一気に飛び起きて状況を確認する。
なんと、天井の梁に、老人が吊るされていた!
顔は真っ青、舌は突き出し、白装束を着て、今まさにブラブラ揺れている!
誰かが、俺たちが寝ている間に首を吊ったってのか!?
しかも、俺の真上で!?
……正気の沙汰じゃない!
朝起きたら、天井から死体がぶら下がってて、それが自分の顔のすぐ上で揺れてるって、想像してみろよ!?
しかも、その死人の目がこっちをガン見して、口元には不気味な笑みが浮かんでるとかさ……!
「おい!起きろって!マジでやばいぞ!!」
隣で寝てる雇い主を必死に揺さぶったが……布団の中は空っぽだった。
……嫌な予感が全身を駆け巡る。
さっきまで泥酔して寝てた人間が、物音ひとつ立てずに姿を消しただと?
俺は物音には敏感なタイプだ。少しの音でも起きる。
なのに、今回は完全にノーガードで一緒に寝てた人間を見失った。
正気とは思えない出来事が、立て続けに起こっている。
なぜ、こんなピンポイントで爺さんが梁に吊るされているのか?
俺はその遺体を抱き下ろした。そして気づいた――軽い。軽すぎる。
これは……実体じゃない。魂魄だ!
布団の上にそっと寝かせて、まじまじとその顔を見つめていたら……どこかで見たことある気がしてきた。
周囲を見渡すと、黒塗りの机の上に供物と蝋燭が並んでいるのが目に入った。
そして、その中央に置かれていたのは、一枚の遺影――笑顔を浮かべた、あの老人の写真だった!
ヒュッと息を呑んだ。
そうだ、入ってきたときに見たっけ。あの笑顔の遺影……!
酒を飲んでるとき、雇い主が言っていた。
「この家を建てたばかりの頃、父親の面倒を見たくて一緒に住み始めた。でも来て間もなく、梁で首を吊って死んでしまった」って。
間違いない。この目の前にいる爺さんは、雇い主の亡くなったばかりの父親だ。
でも、すでに埋葬されたはずの死者が、なんで自分で戻ってきて、もう一度首を吊るってんだよ?
まさか、一回じゃ物足りなくてリピートしに来たってのか?
――いやいや、あるわけねぇよ。絶対、何かおかしい。
そしてその「何か」は、あの悪党どもに繋がっている。
冷静になって考えると、今夜の晩酌も何か妙だった。
白酒を二合も飲まずに泥酔とか、普通じゃない。
もし本当に酒に弱いなら、最初から無理して飲まないだろう。
……ってことは、あいつ、何か盛られたんだ!
つまり、俺たちは完全に“ハメられた”ってわけだ!
「……こいつら、やり口がえげつねぇな!」
昔、親父と一緒に山で仕事してたときも、似たようなことがあったのを思い出した――
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。