第七章 迷魂符(めいこんふ)
あの博打好きの男は村の外れへと歩いていき、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、結局半時ほども歩き回った末、やっと一本の林の前で足を止めた。
周囲を見回し、安全を確認してから、男は林の中へとサッと身を滑り込ませた。
俺たちは余計なトラブルを避けるため、かなりの距離を保って尾行を続けた。自画自賛になるが、こういう地味な作業には俺、結構向いてる。
やがて博打男は、林の奥にひっそり建っていた粗末な木造小屋の前で立ち止まった。ノックしようとしたそのとき、中からなにやら物音が聞こえたらしく、男は気を変えて、そっと耳を扉に当てて盗み聞きし始めた。
「小娘ちゃんよ、俺に着いてくりゃうまいもんに酒に何でもありだぜ? 一緒に極楽味わおうや〜ヒヒヒヒ〜」
――そして次の瞬間、中からはギシギシと木のベッドが軋むような不穏な音が響き始めた。何してんだ、中で……?
「チッ、くそったれ、真っ昼間からコトに及んでやがるとは! 恥ってもんを知らんのか!」
男はもう頭から湯気が出そうなほど怒り心頭、他人が快楽を貪っているのがそんなに癪だったのか、突然扉をドンドン叩き始めた。
「コノヤロー! 出てこいや!! てめえの腕、もいでやるからな!」
壊れかけの扉が、バッタンバッタンと派手に揺れ、今にも崩れ落ちそうだ。
「誰だよまったく、礼儀ってもんを知らん奴だな!」
中から苛立った声が返ってきたと思ったら、ドアがバンッと開いて、中から出てきたのは――頭を丸めた、やけにムカつく顔の道士だった。
「てめぇ、この前、俺がかまどを分けったら運気爆上がりって胸張って言ってたよな? なのに今日の負けっぷり見たか? もうパンツすら買えねぇんだよ、どうしてくれんだコラ!」
「お客さんよ、パンツが買えないって話なら、まずはお袋さんに相談すべきじゃねぇの?」
道士のその軽口は、ガソリンぶっかけた怒りに火をつけるのと同じだった。
「金だけ受け取ってやることやらねぇどころか、よくもまあそんな口がきけたもんだな……てめぇのその口、今すぐ引き裂いてやる!」
男が怒鳴りながら殴りかかると、それより早く、道士の平手がビシィッと男の頬を直撃!
「パァン!」
「ぎゃっ!」
――本気の一撃だったらしく、男はその場で目が回って、フラフラになってしまった。
自分が敵わないと分かったのか、男はトーンダウンし、自分の不幸な現状を詳しく語り始めた。
道士はそれを聞きながら、眉がピクリと動かし、心の中でつぶやいた。
「まずい、誰かに結界を破られた……!」
道士はすぐさま事態の深刻さに気づき、「すぐ村に戻ろう!」と男に命じ、小屋に未練がましく振り返りつつも、渋々ドアを締めてあとを追った。
――だが、俺はその場から離れず、木小屋を見つめ続けていた。
なぜか、どうにも胸騒ぎがする。
こんな寂れた林の中に、人が住んでること自体おかしい。そして――さっきの妙な音。道士の声と、ギシギシという木のベッドの音だけが聞こえ、女性の声が一切しなかった。
不自然にもほどがある。
俺と雇い主はそっと木小屋に近づき、窓の隙間から中を覗き込んだ――すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
若い娘が一人、乱れた姿でベッドの上に縛られている。手足はベッドの四隅にがっちりと固定されており、反応がまったくない。
「やっぱりな……!」
俺は窓を蹴破って中へと飛び込み、娘の頬を軽く叩いて確認した。まだ温もりがある……ひとまず安心だ。
「なあ先生、こいつ、今のうちに……」
「お前、口を慎め!!」
雇い主の下世話すぎる一言に、俺の血圧は一気に上昇。
そしてふと、ベッドの上に残された血痕が目に入ったとき、胸が締めつけられるような気持ちになった。
こんな若くて綺麗な娘が、あんなクズどもに――。
俺はすぐに縄をほどき、娘に服を着せてあげたが、彼女の意識はまだ戻らない。
背中を確認すると、そこに一枚の符――「迷魂符」が貼られていた。
これか……!
迷魂符、それは一部の外道な修道者が使う術。若く美しい娘の心神を操り、自分の子を産ませるために利用する、邪悪な呪術だ。
昔はこんな術を使う貧乏道士が多くて、気に入った娘を邪法でたぶらかし、家庭を持つなんてことが横行していた。
そのうち術が広まってしまい、世間は大騒ぎ。娘を持つ家は恐怖に震え、外に出すことすらためらうようになった。
中には、母娘まとめて囲うような奴や、何人もの女を囲って「後宮ごっこ」する道士まで現れる始末。
腹いっぱいの道士がブクブク太る一方で、まともな男は一人身のまま一生を終えるという……なんとも救いのない時代だった。
だが、北宋初代皇帝・趙匡胤は、これを見て激怒した。
「なんで俺より、道士のほうが嫁多いんだよ!?」
こうして彼は、すべての修道者に死罪を宣告。善悪問わず、全員処刑! という極端な手に出た。
やりすぎにも思えるが、結果的に効果は抜群。生き残った道士は山にこもって隠遁生活を選び、町から姿を消した。
その後、多くの独身男がようやく嫁を得た――まあ、ほとんどが未亡人だったらしいが、それでも「いないよりマシ」だ。
それなのに、今もまだ、こんな外道な術が残っているとは……俺は怒りと呆れで言葉を失った。
迷魂符を剥がし、娘をベッドに寝かせた。そして五分ほど経って、ようやく彼女は意識を取り戻した。
――が、目を開けた娘が最初に見たのは、知らない木のベッド、そして目の前に立つ二人の男。
案の定、娘はパニックになった。
「ひ……ひどい……助けて!!」
ギャアアァァァァァ!!
鼓膜を破るかのような叫びに、俺の脳みそは一瞬フリーズした。
「ま、待てって! 違うんだって、落ち着いて! 俺は助けた側なんだよ!」
だが娘は話など聞く耳を持たず、携帯を取り出し、通報しようとする。
――ちょ、やばいやばいやばい!!
やっと前科を帳消しにして世に出たばかりなのに、またぶち込まれたら、今度こそ俺の人生終わりだ。
このままじゃヤバい。分かってもらえないなら――やるしかない!
「人不為己、天誅地滅」だ。悪く思うな!
俺は苦渋の決断で、娘の首筋を軽く一撃。彼女はそのまま意識を失い、再びベッドに沈んだ。
「……ここに長居はできねぇ」
俺たちは窓から飛び出し、村の方向へと走っていった。
走りながら、俺の中にはモヤモヤとした感情が渦巻いていた。
――あんな状態であの娘を置いてきて、本当に良かったのか?
でも、理性が告げていた。
「余計なことに首を突っ込むな。お前には荷が重すぎる」と。
それが現実ってやつだ。
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。‹