第四十章 それなりに責任感はあった
富豪は、「酒を飲むし、タバコも吸うから」との口実で、妊娠中の嫁を階下に下ろした。
女が部屋を出ていったのを見届けてから、ようやく俺たち男二人は本音トークを始めた。
富豪はまず、俺の能力をベタ褒めしたあと、ぐいっと盃を交わし始めた。
白酒を二杯あおったころ、ようやく彼は心の扉を開いた。
「先生よ、なんで俺があんなに喜んでたか、わかるか?」
俺は首を振った。正直、あれが演技だと思ってたからな。
「先生よ、それがだな、人には人の地獄ってもんがあるんだよ。」
富豪は語り出した。今の嫁とは、まったく感情的なつながりなんてなかったという。
二人が結婚まで至った理由は、ただ一つ──女の腹に子どもがいたからだ。
ある日、気分転換にバーに出かけた富豪は、帰り際にとある女と鉢合わせた。美人でスタイルも抜群だったもんだから、ちょっとその気になってナンパしたら──
その女、えらくノリが良くて、富豪のちょっかいにもニコニコ応じてくる。軽くボディタッチどころか、もはややりたい放題。
まさに水と魚の関係。男は欲望、女は金。利害が一致すりゃ、話は早い。
そのままホテルへ直行。あれやこれやの体位を試し、バレンシアガ製の小道具まで動員して、まさに一晩中大狂乱ってやつだった。
スッキリして帰宅した富豪は、こんなの今までも何回もあったってんで、特に気にしてなかったらしい。
だが、二ヶ月後──例の女が突然家に押しかけてきた。
「責任取ってもらうわよ」と言わんばかりに、妊娠検査の証明書をバンッと目の前に叩きつけてきた。
富豪は一瞬で青ざめた。証明書を手に取って、すぐさま日付を逆算。……なんと、計算が合ってる気がする!
だが男の方は確信していた。あんなこと、何度もやってきたが、いつだって用心には用心を重ねてきた。この子が自分の種じゃないことは間違いない。
そう確信して、女を玄関から追い返した。
ところが──その女、なかなかの曲者だった。
なんと富豪の会社まで押しかけて、堂々と修羅場を展開してくれたのだ。
たとえ真偽がどうであれ、「うちの社長が夜のお姉ちゃんに子どもを作らせた」という噂は、あっという間に社内中に広まった。
女はそれでも飽き足らず、「いっそこのネタ、メディアにでも売ってやろうかしら」とまで言い出す始末。──つまり、全国ネットで富豪の裏の顔を暴いてやるってわけだ。
ここまで来ると、さすがの富豪も根を上げた。
自分の恥なんて自分だけが知ってればいい。でも記者にでも嗅ぎつけられたら、商売に影響が出るのは必至だ。
そこでようやく、女と「解決策」の話し合いが始まった。
富豪は金で解決する提案を出した。「値段を言ってくれ。堕ろしてくれたら、なかったことにしよう。俺みたいな立場の人間が、“誰でもウェルカム”な女を嫁にできるわけないだろ?」
だが女は一歩も引かず、「産む」と言い張った。
しかも「ちゃんと籍を入れて、私を正式な妻にしてもらうから」と来たもんだ。
おいおい、金も地位も両方狙うとは……まるで見事な打ち回し!
だがこの時点では、妊娠わずか二ヶ月。胎児から羊水を採ってDNA鑑定するには時期尚早。言ったもん勝ち、女の言葉がすべてだ。
富豪はとうとう観念し、籍を入れて結婚することにした。
──それが、今の嫁ってわけだ。
富豪は本来、妊娠四ヶ月になって検査が可能になるタイミングで、DNA鑑定を受ける予定だった。
だが、女は毎度なんやかんや理由をつけて拒否し、しかも富豪自身も忙しさにかまけて、ついに検査は行われないまま月日が過ぎていった。
そんな中、あの三人の女の幽霊騒動が起きて──富豪の中で、もはや「親子鑑定」への興味そのものが吹き飛んだらしい。
どうせ火のないところに煙は立たない。隠し事なんて、いずれバレる。
──まさに、昔の人は良いことを言ったもんだ。「人に知られたくなければ、最初からやらなければよい」とな。
ここまで話を聞いたところで、俺は富豪の話を遮った。
「この別荘って、子どもの学区のために買ったんじゃなかったか? じゃあ、子どもが自分のじゃないってわかった今、引っ越すつもりか?」
富豪はニヤリと笑った。
「いや、この家を買ったのは確かに息子のためだ。でもな、その“息子”ってのは、まだ腹の中にいる奴のことじゃない。結婚前に、ある女子大生との間にできたガキでな。もうすぐ四歳になるんだ。」
……ははっ、さすが金持ちはやることが違うなあ。
「……なあ、先生。俺さ、あの女子大生とのガキも、もしかして俺の子じゃないってこと、あるかな?」
ふと富豪が顔を曇らせ、そんな不安を漏らしてきた。
──ようやく事の重大さに気づいたか。
「うん、その可能性もゼロじゃないな。だってお前、生まれつき“父親になる運命”ってもんがないからな」
俺は、わざとそう答えてやった。
正直言って、この男の生き方はどうにも気に食わなかった。飯を食いながら、他人の皿に手を伸ばすようなタイプ。世の男たちが皆こんな奴だったら、普通の人間はいつになったら理想の嫁さんと結婚できるってんだ。
だからこの男には、二文字だけプレゼントしてやりたい──
「ゲス野郎」
……まあ、現実なんてこんなもんだ。
嫌いな奴ほど得をして、気に入らない光景ほど堂々と目の前に繰り広げられる。しかも、こっちはそれを見てるしかない。
──ほんと、人生って不公平だ。
けどな、悪いことをすれば必ず報いを受ける。それだけは間違いない。
「先生、さっき“俺には父親の運命がない”って言ってたけど、どうにかする方法はあるか? 金ならいくらでも払う!」
「いやいや、さっきのは冗談だよ。本当は、あの女子大生との子どもはちゃんとお前の実の息子だよ。心配すんな」
そう言ってやると、富豪はホッと胸をなでおろし、安堵の笑みを浮かべた。
「じゃあさ、いま嫁が産むって言ってる子どもは、出産したらすぐDNA検査して、もし俺の子じゃなかったら──そん時は証拠として突きつけて、あの女を追い出してやるつもりだ」
……なるほど、それが本命の作戦ってわけか。
ちゃんと証拠を握ってから、今の嫁とは円満に離婚。で、女子大生と入籍。──せめて十月十日もお腹で命を育ててくれた彼女には、けじめをつけようってことか。
……ふん、まあ、ちょっとは見直したぜ。
少なくとも、責任を取ろうとする気持ちがあるだけ、完全なクズじゃない。
俺と富豪は、その後もしばらく話し込み、白酒をもう一本空けてから、それぞれの部屋に戻って眠った。
翌朝──
富豪は俺を車の登録センターに連れていき、名義変更やナンバープレートの手続きを手伝ってくれた。
すべてが終わり、俺は富豪に別れを告げ、帰路についた。
さすがにこの車で街を走ったら、視線が集中してくるって! まさに百発百中のドヤ顔チャンス!
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。