第三十八章 この子はお前の子じゃない
「おふたりとも、そんなに怒らないで。俺、きっと力になれると思うんだよ~。俺、敵じゃない、むしろ味方になれるはず!」
俺はようやく、彼女たち二人がなぜここまで強い怨みを抱いているのか、その理由がわかってきた気がした。
あの時代の女性たちには、たしかに“合法的”とされる証明書があったとはいえ——みんな分かってた。好き好んで、若く美しい盛りにそんな辛い仕事を選ぶはずがない。そうせざるを得なかっただけなんだ。
それなのに「自ら望んで加入」とか書いてあってさ、どこまで信じていいものやら……
さっきも彼女たちは「男なんてロクなもんじゃない」って言ってたし、心に相当な傷を抱えてたんだろう。きっとその傷は、五十年も経った今でも癒えないままなんだ。
あの赤い服の少女が悪霊になったのも、きっとこの二人と無関係じゃない。
朱に交われば赤くなる、というやつだ。どんな環境に長く身を置くかで、人は(いや、幽霊も)変わるってこと。
あの少女は元々心の優しい子だったんだろう。だから、すぐ周囲の感情に引きずられる。何度も関わるうちに、この二人の極端な思考が脳裏に刻み込まれてしまった。そして自分もまた、極端な行動に走るようになったわけだ。
幸いだったのは、この富豪が頭の回る男で、最初の段階で何とかしようと手を打ったこと。だから彼女たちに命を奪われずに済んだんだ。
「おふたりとも、いや、ここは“お姉さん”と呼ばせてもらいますね。だって、本当にお美しいし、若々しいですから〜」
……いや、実際には俺よりはるかに年上だってことは百も承知なんだけど、そこは我慢して“お姉さん”と呼ぶしかない。だって、こういうのって、言われると嬉しいんでしょ?
「俺の雇い主に頼んで、おふたりそれぞれに立派なお墓を建ててもらいます。墓石には生前の情報、家族構成、あとは功績なんかも刻んで、後世の人たちが手を合わせられるようにします。そして、ご遺族にも連絡して、毎年必ず香を焚いて、供物やお金をお供えするようにしてもらいます。そしたら、あの世でも豊かに暮らせると思いません?」
それに加えて、俺自身が二人のために「往生咒」を唱え、早く転生して、人間に生まれ変われるよう手助けするとまで約束した。
富豪もその場で誓ってくれた。「今日この場を収めてくれれば、必ず毎年、供物や金銭を捧げる」と。
この俺の手際に、二体の女の死体は涙をボロボロこぼし始めた。
生前は一度も名前を呼ばれず、ただの玩具として扱われ、死後五十年が経っても、誰ひとりとして墓を訪れず、香を手向けてくれる人もいなかった。まともなお墓すら、与えられなかったのだから——。
生きていて戸籍に登録されていない人は、「無戸籍者(ブラック戸籍)」と呼ばれる。
死んでも墓碑がなければ、同じく「無戸籍の亡者(ブラック霊)」と呼ばれる。
そんな状態じゃ、子孫からの供養も香や紙銭(※あの世のお金)も受けられない。
だからこそ、俺がさっき言った約束は、彼女たちにとって夢のような願いだったわけだ。そのうちのひとつでも叶えてやれば、向こうの世界では“最高の功徳”になる。でも俺は、あえてそれを完璧にやってのけるつもりだった。
それが、俺がこの“陰陽道”に向き合う姿勢ってやつだ。
生者だろうが——
死者だろうが——
元はみんな人間だったわけで。
そして、生きてる人間だって、心の奥には何かしらの“闇”を抱えている。
この世のあらゆる事象は“因果”で繋がってる。それは口先だけの話じゃない、マジで。
「先生、どうか私たちの一礼をお受けください!」
二体の女の死体が膝をつき、俺に向かって頭を下げ始めた。
いやいや、こんなの俺には耐えられないって!
もし彼女たちがまだ生きてたら、間違いなく俺の年上だ。そんな人たちに頭を下げられるなんて、俺のほうが恐縮してしまう。
俺は慌ててふたりを起こし、あとの段取りは全部、雇い主の富豪に任せることにした。
——まあ、正確に言えば、金は富豪が出して、動くのは俺って分担だな。何にせよ、早く片付けないと、夜が更ければ何が起こるかわからないしな。
あれこれ調べた結果、二体の女の霊には子孫がいないことが判明。だから今後の供養も、全部富豪が担当することになった。
「先生、なんか……俺、完全にあんたにやられた気がするよ? いいとこ全部持っていかれて、こっちは金も手間もかかるだけじゃん~」
富豪は不満たらたらだった。立派なセリフは全部俺が言ったし、彼も勢いで「供養は任せろ」なんて言ってしまった。でも、まさか二人とも遺族ゼロだなんて思わなかったらしい。
これで完全に背負うことになった。三人が転生するまで、毎年しっかり供養しなきゃいけない。サボったら、きっとまた霊となって現れる……
赤い服の少女の棺も、ちゃんと片付けてやったし、俺も約束通り「往生咒(あの世に送るための経文)」を唱えた。きっとそう遠くないうちに、この三体の霊は無事に輪廻へ向かうことができるだろう。
——その後、俺はようやく気づいた。
なんであの棺が、あの少女の家の中にあったのか。
実は、彼女の住んでいた家って、民国時代には遊郭だったらしい。そこで二人の女が無惨にも殺され、そのまま地下に埋められたって話。
時が流れて、戦乱と混乱で国が崩壊し、そういった施設も全部取り壊された。そして、新しく屋敷が建てられた——それが彼女の家だったわけだ。
で、あの血のように赤い棺……なぜそんな色だったのかは、正直俺にもわからない。まあ、この世には理解不能な性癖の人間もいるし、深入りはやめとこう〜。
あの少女も、この事件の被害者だった。
最初に近所の人が「お宅、なんかヘンだよ」と父親に忠告した時点で、すでに家に“穢れ”があることはバレていた。でも、その父親はその瞬間に娘を殺す決意を固めてしまったんだ。
そして、ある日——
地下から血のように赤い棺が出てきたことで、やつの計画は動き出した。
自分で悪事を働いた後ろめたさもあったし、家の金回りも相当きつかったから、あの屋敷を売り払ってこの地を去ることにしたってわけ。
そのあとの話は、もうみんな知っての通り。
富豪が「息子にいい学習環境を」とか言ってその別荘を買い取ったんだが、買った直後から次々とおかしな出来事が起こるようになった——
……ってとこで、きっと疑問に思う人もいるだろう。
「地下からあんな棺と死体が出てきたなら、そのときに処分すればよかったんじゃ?」って。
その質問、すごく良い視点だと思う。
でもな、家のことすらまともに回せず、飯も満足に食えてない状態で、報酬ゼロの重労働なんて誰がやりたがる?
それに、あの棺の中身——
普通の人間にはどうにもできねぇ、ガチの“ヤバいやつ”が詰まってたんだよ!
当時の世の中で、俺みたいに本格的な陰陽師を雇う余裕があるやつなんて、まずいなかったはずだ。
……と、まぁ、そんな事情があったわけで。
さて、話は戻って、俺は今、全身が痛くてたまらない。風砂で皮膚っていう皮膚がズタズタ。招魂幡の効果はバツグンだけど……使うたびに命削られるってのはどうにかならんかねぇ〜
でも、苦労した甲斐はあった!
富豪は俺との約束をちゃんと守ってくれて、残りのギャラ——なんと100万元を全額払ってくれた上に、ピカピカのマイバッハまでプレゼントしてくれた!
……これで俺、王鉄男もついに一人前になった!
車に乗って風水鑑定に行けば、見た目からして格が違う!
感謝の気持ちを込めて、富豪に“ひと占い”プレゼントすることにした。もうすぐ奥さんが出産するってことで、子供の運勢を見てやろうと思ったんだ。
富豪は上機嫌で俺を奥の部屋へ案内してくれた。
で、奥さんの顔を見た瞬間——俺、気づいちまった。
彼女の腹の中にいる子供、どう見ても富豪の血筋じゃない。
完全に他人の種だった。
……マジで後悔したよ。
なに占いなんかプレゼントしちゃってんだ、俺?
黙って金だけもらって帰ればよかったんじゃねぇか?
こんなの初めてのケースだし、どうやって富豪に伝えればいいのかわからん!
マジで頭抱えたわ!!
でも、弓を引いたからには、もう矢は戻せねぇ。やるって言ったからには、ちゃんと最後までやる。
最初に言ったろ?
——それが、俺が“陰陽道”に向き合う覚悟なんだって!
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。