第三十四章 霊は騙さない
富豪は、どっしりとした肥満体型で、枕に頭が触れてもいないのに、もうイビキをかき始めていた。
……こういう、布団に入った瞬間に眠れるタイプの人間って、本当に羨ましいよな。あれはもう、努力じゃどうにもならない“生まれつきの幸運”だ。
ただ、そのイビキがあまりに爆音で、俺は全然寝られなかった。仕方ないからスタンドライトをつけて、『金瓶梅』を読み始めた。
正直に言おう――あの本はマジで傑作だ。文章は細やかで生々しく、描写の一つひとつに魂がこもってる。特に挿絵なんか、妙に味があるっていうか……じっくり眺めたくなるんだよな〜。
どれくらい時間が経っただろうか。突然、富豪のイビキがピタッと止まった。まるで何かが鼻と口を塞いだように。
俺は慌ててそっちを向いた。すると、彼の顔は恐怖で引きつり、額からは滝のような汗が流れていて、あっという間に枕をびっしょり濡らしていた。
……あの夢の中の女が来た!
俺はすぐに胡坐をかき、目を閉じて集中する。両手の人差し指、中指、親指を合わせ、薬指と小指を組み合わせる。そして口の中で“絶煞呪”を唱え始めた。
魔星悪鬼、古洞の精霊、
頭を上げれば共に見、首を垂れれば共に聞く。
上に六甲、下に六丁。
騒ぐ者あらば、雷霆を以って定めよ。
太上に命あり、我に行使を命ず!
目の前がグルグルと回り始めたかと思うと……俺の霊識は、無事に富豪の夢の中へと入り込んでいた!
夢潜り、成功だ!
あたりは真っ暗。鼻をつくのは、強烈な腐臭――。
空気はよどみ、まるで密室のような閉塞感。まるで、狭い箱の中に押し込められてるみたいだった。
息がしづらい。空気が薄すぎる。俺は前へ数歩進んでみた。すると、足元に何か柔らかいものが……
ぐちゃっ。
……腐ってやがる。踏み潰した感触がハッキリ足裏に伝わってくる。
「……なんだ、今の?」
俺は急いで足元に目をやったが、真っ暗で何も見えない。それでも、何かを踏んだ感触は確かにある。
俺はしゃがみこみ、手で探ってみる。何度か指で確かめた後、やっと正体が分かった――
どうやら……人間の死体っぽい。
しかも、女の死体だ。
さっき踏んだあの柔らかい感触……間違いなく、彼女の胸だった。
……マズいぞ。夢に入ったばかりなのに、いきなり胸を踏み潰すとは。これ、下手すりゃとんでもない怒りを買うやつじゃないか……?
俺は思わず数歩後ろに下がった。さっきの死体から離れようとしたんだが──「……また踏んだ!」今度も柔らかい感触。そしてこの腐敗臭……間違いない、また女の死体だ!ここ、一体なんなんだ?いきなり二体も遺体を踏むなんて、富豪の話とまるで違うじゃないか!富豪はこう言ってた。「赤い服の女の子が出てくる」って。
それに「真っ赤な棺」って言ってたけど──どこだよ、それ?疑問を抱えたまま、俺は手探りで周囲を調べ始めた。
何か壁のようなものを見つけられれば、少しは安心できるかもしれない。
手を横に伸ばすと、ほどなくして何かに触れた。ザラザラしていて無数のトゲがある……!「いってぇっ!」指先がピリピリと痛む。
──この感覚、覚えがある。……そうか、思い出した。──俺、棺の中にいるんだ!間違いない。今さっき触った“壁”は、棺の内側の木の表面。
ただ、作りがかなり雑で、内側の木肌が全く削られてない。だからこんなにもトゲトゲしてるんだ。つまりこの棺、急いで作られたんだな。
本来、ちゃんとした棺職人なら、どんなに急いでても、死人に快適な“眠り”を提供するのがプライドってもんだ。こんな素人レベルの手抜き仕事なんて、絶対やらない!「ドン……ドン……ドン……」頭上から鈍い音が三回響いた。誰かが……誰かが棺の蓋を叩いてる!誰だ!?
──あの赤い服の女か!?
「陰陽師さん、中は……気持ちいいですかぁ〜?」棺の外から、女の甲高い嘲笑が聞こえてきた。その声が耳に刺さる。
マジで勘弁してくれ……今回の夢、ハズレもいいとこだ。
なんでよりによって、棺の中に潜り込む羽目になるんだよ!?しかも、なんでこんな悪霊にバカにされなきゃなんねぇんだよ!
「一緒にいてよぉ……ずっと一緒にいようよぉ……ケッケッケッケ……」女の声は止まらない。耳の奥にまとわりつくように響き続け、俺の精神を削ってくる。想像してみろよ。お前、今、密閉された棺桶の中に閉じ込められてるんだぜ?
足元には二体の腐った女の死体。目の前は真っ暗、空気はほとんどない。そのうえ外から、あの悪霊が棺を叩きながらおちょくってくるんだ──……これ、笑えないホラーだよ、マジで。
普通の奴なら、こんな状況に置かれたら、もうとっくに気が狂ってるだろう。
だが、俺は違う。なんたって俺は──吊り上げ最強の陰陽師様だぜ!
こんな時こそ、外の悪霊の弱点を見つけ出すチャンスだ!
あの声色から判断するに、外にいるのはまだ若い女の霊……間違いなく、富豪が夢で何度も見たという“赤い服の女の子”だろう。
「お嬢さん、あなた……ずいぶん寂しかったじゃないか? 生きてた時も辛かったんだろう? 死んでもこんな目に遭うなんて、もしかして誰かに殺されたんじゃないのか? 何か、無念があるんだよな?」
ふっと、ひらめいた。
あいつ、ずっと「一緒にいよう」と繰り返してた。つまり、寂しいんだ。
きっと、極度の孤独感に囚われた可哀想な女の霊なんだ。
でも考えてみろよ、この棺の中には既に二体の女の死体があるんだ。
なのにそいつらは一切反応を見せない……つまり──
この二体の死体でさえ、赤い服の少女を恐れてるってことだ!
多分、あの少女は生きてた頃に何らかの形で迫害され、恨みを抱いたまま棺に詰められ、やがて凶悪な怨霊になったんだろう。
俺の言葉が効いたのか、外の女は急に黙り込んだ。棺の蓋を叩く音も止んだ。
「お嬢さん、話してごらんよ。俺が力になる。せっかくこうして知り合ったんだ、そんな深い恨み、ずっと心に抱えたままじゃ……あんたも辛いだろ?」
俺は自分の立場をはっきり伝えた。
もし復讐したい相手がいるなら、俺が代わりに叩き潰してやる。
もし未練があるなら、俺がその願い、できるだけ叶えてやるさ。
これは、富豪に憑いた穢れを祓うための第一歩だ。
赤い服の女が自分の身の上を語ってくれさえすれば、あとはどうにでもなる。
「陰陽師さん……その言葉、本当? もし嘘だったら──このデブ豚の命、もらうからね!」
くっ……やっぱり脅しに出たか。自分が勝てないとわかるや、富豪の命を人質にしてくるとはなかなかやるじゃねぇか!
「お嬢さん、何でも話してごらん。俺は、霊を騙したことは一度もないぜ!」
「じゃあ……棺の蓋に耳を当ててみて」
言われたとおりに、俺はそっと耳を棺の蓋に当てた。
赤い服の少女が語り始めた。自分の生前の話を──
その話を聞きながら、俺は思わず“眉をしかめた。
……こりゃ、ひどい。
この女の霊、まさにかわいそうな運命の人だった。
生きてる間にあんな目に遭ってたら、そりゃ怨念も溜まるってもんだよな……
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。




