第二十九章 元来義に厚い男だ
俺は生まれついての陰陽師の命を背負っていて、命格は強く、しかも陰を引き寄せる体質なんだ。
今、川の中の溺死霊たちが、完璧無欠な俺の身体に目をつけてきた。どの一体を選んでも、俺の生年月日と相性バッチリってわけで──そんな千載一遇の転生チャンスを、あいつらが逃すはずがない。
そんなわけで、俺はまるで高級スイーツの如く、取り合いの的にされたわけよ~~~
まあでも、思い出してみれば、親父が「ちょっと我慢しろ」と言ってどこかに行ったのは、きっと俺を助ける方法を探してるに違いない。だから、親父が戻ってくるまでの時間を稼げれば、まだ生き残れる!
そう思って、岸辺の親父を見て……絶望した。
なんと親父、どこからか持ってきた小さな椅子に座って、足を組みながら、悠々とフライドチキンをかじってやがるじゃないか。しかも、興味津々といった顔で、水の中の俺を眺めてやがる!
おいおい!
「ちょっと我慢しろ」って、そういう意味だったのか?
どう見ても、既に俺の遺体を回収する準備万端って感じじゃねーか!
こんな親父に当たった俺って、きっと前世でとんでもない罪を犯したんだろうな。息子が死にかけてんのに、のんきにチキン食ってるって、どんな神経してやがる!
てか、そのチキンどこから出てきたんだよ?
もしかして最初から、俺がピンチになることを見越して、準備してたってのか?
ああ~ほんとにもう、息子を罠にかけるタイプの親父って最悪!
こうなったら、もう自力でなんとかするしかねぇ!
必死で岸に向かって泳ごうとするも、二超は相変わらず俺の足首をがっちり掴んで、下へ引きずろうとしてくる。これじゃ身動きすら取れねぇ!
「鉄男! 頑張れ! お父さん、君のこと信じてるぞ〜!」
……って、岸から何か応援してんじゃねぇ!
来世ではお前を絶対に避けて転生してやるからな!
「ゴボゴボゴボ……」
突然、水の下から気泡が湧き上がってきた。二超が俺の足首を掴んでいた手も、なぜかふっと緩んだ……!
な、何だ?
慌てて足を動かしてみると、確かに掴まれてない!
今がチャンスだ! 急いで岸に向かって泳ぎ始めた──
もうちょっとで岸だ! あと一歩だ! ってところで──
またしても、くっそ! あの手がまた俺の足首を掴んできやがった!!
ただ、さっきと違って、今回は少し掴み方が優しい。力強く引きずるってより、ちょっとソフトな感触……?
これ、女の手じゃね?
恐る恐る水中を見てみると──やっぱり! 今回掴んでる溺死霊は女だった!
なるほどな、やっとわかったぞ。
さっきの「ゴボゴボ」は、七体の溺死霊が、俺を巡って水中で大喧嘩してた音だったんだ!
だからこそ、あの短い自由時間が生まれたってわけか~~
でもすぐに、さっき俺の足首を優しく掴んでた女が、また引きずり込もうとしやがったんだが──
他の溺死霊たちに思いっきり突き飛ばされてやんの!
そして次の瞬間──なんと12本のガリガリに痩せた腕が、俺の「三本目の足」を同時に掴み、全力で引きずり込もうとしてきた!
おいおいおい!
どの地獄から湧いて出たか知らねぇけど、誰だよ俺の股間掴んでるやつ!?
マジで潰れるかと思ったわ!!
「ゴボッ!」
「ドボーン!!」
俺の身体は完全に水中に引きずり込まれ、耳の中には水が入り、ゴウンゴウンと轟音が響く。
気づけば、七体の溺死霊にぐるっと囲まれて、全員が目をギラつかせて俺を見つめてやがる!
これはヤバい、何かしないと──!
その中で、明らかに一番ひ弱そうな奴を見つけて、そいつの頭めがけて渾身のパンチを一発!
「ボスッ!」
鈍い音がして、そいつの頭がぐらりと後ろに傾いたと思ったら、なんと手を離しやがった!
わかった、完全に理解した。
人間に弱点があるように、こいつらにもあるってことだ。
そう、頭だ! 頭を狙えば、逃げるチャンスがある!
「ボスッ! ボスッ! ボスッ! ボスッ!」
次々とパンチを繰り出し、さらに何体かの溺死霊がその場で気絶、手を離してくれた!
体が浮き上がりはじめ、足をばたつかせて──ようやく水面に顔を出すことができた!
うおおおおおお、空気がうめぇぇぇぇ!!
そして、溺死霊たちが体勢を立て直す前に、逆にこっちから先制攻撃!
渾身の飛び込みで水中に潜り、一発ずつ拳を奴らの頭にぶちかます!
やがて、俺の足首を掴んでるのは、たった一体──そう、二超だけになった!
急いで水面に顔を出すと、岸の上にいた親父が、なんともう服を全部脱ぎ捨てて、パンツ一枚になってた!
そのまま助走をつけて──
ザッパーーン!!!
豪快に川に飛び込み、ものすごい力で二超を引きはがして、岸にぶん投げやがった!
俺と親父は急いで岸に上がり、二超の体をしっかりと地面に押さえつけた!
「転生したいなら、大人しく言うこと聞け。さもないと、この場で灰にしてやる!」
二超は何やらブツブツと呟いていたが、何語かさっぱり分からん。
ただ、その様子を見る限り、命乞いしてるのは間違いない。
なにしろ、すでに日差しに焼かれて身体の表面が腐りはじめてるし、ジリジリと苦しそうだった。
「助かりたいなら、まず虎子にかかってる封印を解け! それが条件だ!」
その言葉に、二超は一瞬ぽかんとした後──
地面に、指でデカデカと「?」マークを描いた。
あいつは頭の中でずっと「???」マークが浮かんでるような顔で、親父の言葉の意味がさっぱり分かってない様子だった。
俺と親父がその場でポカーンとしていると、二超は全身の力を振り絞って、地面に指でこう書いた:
「ちがう~」
続けて、川の中にぷかぷかと浮かんでいる溺死霊を指差した。
……ようやく俺たちもピンときた。
つまり、虎子を引きずり込んだのは二超じゃなくて、そっちの浮いてるヤツだったってことだ!
「放せ!」
親父の一声で、俺たちは二超を押さえていた手を放した。
すると二超は川に向かって猛ダッシュし、全力で例の溺死霊を引きずり出し、俺たちの足元にズルズルと投げ捨てた!
水中では、二超が何度もこちらに向かって頭を下げていた。明らかに反省してるようだった。
俺たちが虎子の関係者だと、事前に知っていれば、絶対あんなマネはしなかった──そんな必死な謝罪のジェスチャーだった。
「ブクブクブク〜〜」
投げ飛ばされた溺死霊が、ようやく意識を取り戻し、口から泡をポコポコ吐いていた。
毒のような太陽光に当てられて、体が腐り始めている。その激痛で正気に戻ったらしい。
俺と親父はすぐにそいつを地面に押さえつけ、警告した。
「生き延びたければ、虎子にかけた封印を今すぐ解け。さもなくば……分かってんだろ?」
「うんうんうん〜〜分かった分かった!やるやる!痛い痛い痛い〜〜勘弁してくれぇ!」
そいつ、どうやら死んでからかなり経ってるらしく、完全に妖怪レベルに化けてた。
口を開いたと思ったら、妙に流暢な山東弁(※中国・山東省の方言)で喋り出しやがった。つまり、生前は山東出身ってわけか。
「もう解いたでがす〜〜兄貴、頼む、帰らせてけろ〜〜」
「帰すのは構わん。ただし、もし戻って虎子が何も変わってなかったら……またお前を探しに来るぞ。今の俺たちのやり口、よく覚えておけよ?」
親父が目配せで合図を送り、俺は手を離した。
するとそいつはさっさと川に飛び込んで、俺たちをビビりながら見つめたあと、すぅーっと川底に姿を消した──
「なぁ親父、あの溺死霊……もしウソついてたらどうすんだよ?」
こっちも相当手こずって、やっと捕まえたんだぜ。あんな面倒なやつ、もう二度とごめんだ。
俺の足は紫色の手形だらけになってて、股間もパンパンに腫れてた。まるで元のサイズの何倍にもなったみたいだし、しかもズキズキ痛ぇ!
「山東の人間は義理堅いから、嘘はつかねぇだろ。帰るぞ」
……親父があいつをあっさり放した理由って、まさか“山東人だから”ってだけか?
いや、それって……ちょっと甘すぎねぇか?
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。