第二十六章 溺死霊
「パシンッ!」
いつも冷静沈着な親父が、とうとう堪忍袋の緒を切った。男の頬に思い切り平手打ちを食らわせた!
「口が臭ぇんだよ、まるで犬みてぇに吠えやがって!」
男は頬を押さえ、親父に殴り返そうとしたが——
親父が一歩早く、そいつを抱え上げて、そのまま家の外の犬小屋に放り込んだ!
「お前とあの犬小屋、妙に似合うと思わねぇか?…これからお前は犬小屋に住みつくろうぜ!いや、間違えた。お前にはもう“これから”ってもんがねぇんだったな。」
周りの連中はまたしてもワイワイ騒ぎ出した。耳障りな言葉ばかりが飛び交っている。
俺は再びあの男を見た。残り寿命、あと三分。
今度はどんな死に方をするのか、ちょっと興味が湧いた。
「ガキ、俺はもうお前に勝てねぇって認めるよ。でもな、今日はみんなの目の前で、お前ら親子のペテンを暴いてやる!お前、俺がすぐ死ぬって言ったな?だったら今日はどこにも行かねぇで、ここでじっくり見させてもらうぜ。俺が本当に死ぬかどうかをな!」
こいつ、完全に俺たち父子にケンカを売ってきやがった。
最初は助けてやろうかとも思ったけど、ここまで来たらもう無理だ。俺だって慈悲深い聖母様じゃねぇんだよ?
俺の主義は昔から一つ。
悪を見たら叩き潰す!
死にてぇんなら勝手に死ね。止めるヤツなんて誰もいねぇよ。
「あと一分!」
俺がそう言うと、周囲の人間もカウントダウンを始めた。
そして、残り十秒になった時——
あの男の顔色が一気に変わった。キョロキョロと周囲を見渡し、額からは汗がにじみ出ている。
死を目前にした人間は、誰だってこういう反応になる。あの男だって例外じゃねぇ。
親父に目を向けると、あいつも何の行動も起こす気はなさそうだった。
どうやら俺たち親子、性格の根っこは意外と似てんのかもな。
残り五秒——
正直、俺の心も少しソワソワしてきた。
だってよ、人が死ぬのを見届けるなんて、俺にとっても初めての経験だしな!
「ガラガラッ!」
「ガラガラガラララ……!」
残り三秒の時点で、王おばさんの家の壁が揺れ始めた。かなり不気味な音を立てながら!
「ドガーン!」
そして次の瞬間、壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちた!
壁のそばに立っていた男は、逃げる間もなく瓦礫に押し潰され、跡形もなく埋まった。
倒壊で巻き込まれたのは全部で四人。他の三人は奇跡的に自力で瓦礫の中から這い出して、体の埃を払って立ち上がった。まるで何事もなかったかのように。
だが、あの男だけは——
ピクリとも動かねぇ。
「まさか……本当に死んだのか?誰か、確認してくれ!」
男の一人が声を上げ、皆に声をかけて、瓦礫の下に埋もれていた男を引っ張り出した。
その男の体はすでに血まみれで、見るからに生きている様子はなかった——完全に息絶えていた。
実は、王おばさんは以前から家の壁がぐらついているのに気づいていて、倒壊を防ぐために、太い鉄筋を一本持ってきて壁を支えていた。
本当は後日、誰かを呼んで修理するつもりだったんだ。
だけどなぁ…よりによって、なんでこのタイミングで倒れるんだよ!
しかも、壁が崩れた時にその鉄筋がちょうどいい(いや、悪い)角度で倒れて、男の体を真っ直ぐ貫いたんだ。これじゃ、神様仏様でも助けられねぇよ!
「この子、本当に当てやがった…!だからあたし最初から言ってたじゃない!この子には“ホンモノの力”があるってさ!アンタらは信じなかったけどさぁ〜」
「さっき、あたし一応あの男に忠告したのよ。鉄男さんと揉めるなって。でもあいつ、全然聞く耳持たなかったんだから。自業自得よね〜」
あーあ、まさに倒れた木に猿が群がるように、みんな手のひらクルクルだわ。
一難去ってまた一難。王おばさんの息子、虎子はいまだにゴザの上で意識が戻らず、さらに一人の大男が目の前で死んじまって、現場はもう完全にカオス!
王おばさんは、その場で膝をついて崩れ落ちた。
一方では息子の安否を案じ、もう一方ではこの件が男の家族にバレて、多額の賠償金を請求されるんじゃないかとビクビクしてる。そんな金があったら、とっくに壁なんて修理してるってのに!
だってさ、この事故、完全に彼女の家の敷地内で起きたんだ。もし、もっと早くに壁を直していれば、こんな悲惨なことにはならなかったはずなんだよな。
「鉄男くん、虎子のことはお前に任せる。外のことは、俺がやる。」
王おばさんの旦那、李おじさんが前に出てきた。現場の指揮を取り始め、外の対応を引き受けてくれた。
俺はその場に残り、虎子の命をなんとか救おうと必死に方法を考えた。
李おじさんはやっぱり手際がいい。あっという間に野次馬を散らし、知り合いを呼んで男の遺体をその家まで運ばせた。
現場が落ち着いたところで、俺は虎子のそばにしゃがみ込んだ。なんか…あいつの口がモゴモゴ動いてる気がする。
でも声があまりにも小さくて、耳を近づけても何を言ってるかよくわからねぇ。
「おばさん、虎子は今、心に強い“怨み”を抱えてる。その怨みが未だ晴れてないせいで、三魂七魄が体にとどまってるんだ。」
「虎子に…怨み?あ、ありえないでしょ…まだ十代の子供なのに、一体なにを怨むっていうのさ?」
王おばさんには、息子が一体いつ誰に何をされたのか、まったく心当たりがないようだった。
虎子に“怨み”がある——そう俺が言ったその時、俺がふと気づいた。虎子の右手の人差し指が、ほんの少しだけ、ピクリと動いたんだ!
王おばさんもその様子を見ていた。
これは、俺の話に虎子が“応えた”証拠だ。つまり、俺の推測は間違っていなかった!
「虎子、お前が何に怒っているのか、ちゃんと口に出して言ってくれ。でないと、俺も助けようがねぇんだよ。わかったか?」
俺は彼の耳元に顔を近づけ、小さく囁いた。
「う、ん……んん……ん〜〜」
虎子の喉から漏れる声は、さっきよりもはっきりと聞こえた。だけど、やっぱり言葉にはなっていない。
それでも、俺の耳に入った二つの単語があった:
「二超くん」「帰ってきた」
合わせると、「二超くんが帰ってきた」……ってことか?
“二超”——って人。どこかで聞いたような……でも、思い出せそうで思い出せねぇ。
虎子の“怨気”は、この二超という人物と関係があるに違いない。
そして、もうひとつのキーワード——「帰ってきた」。
“帰ってきた”って、誰が?どこから?どういう意味だ?
「鉄男くん、二超って名前、あたし知ってるよ……」
王おばさんが急に思い出したように口を開いた。
二超は、虎子が幼い頃によく一緒に遊んでいた友達だったらしい。
ふたりはまるで兄弟のように仲が良くて、いつも一緒に外を走り回ってた。
ある日、二超が「村の川に泳ぎに行こうぜ」と言い出して、二人に加えて何人かの子供たちと一緒に冷たい川へと向かった。
水遊びに夢中になっていたその時——事件は起きた。
二超が突然、「足になんか絡まってる!」と叫び始めたんだって。
そして、みるみるうちに体が水の底へと引き込まれていった。
異変に気づいた他の子たちは、全員で彼を引っ張り上げようとした。
でも、どれだけ力を込めても、まったく歯が立たなかった。
結局……子供たちはその場で、二超が川底へ沈んでいくのを、ただ見ていることしかできなかった。
その後、誰かが川に浮かぶ水死体を発見した。
引き上げてみると、それは膨らんだ二超の遺体だった。
当時の目撃者によると、二超の足首には“細くて異様な形の手形”が、くっきりと残っていたらしい。
つまり、二超は——
「溺死霊に引きずり込まれたんだ……!」
俺の口から、自然とその言葉が漏れた。
すぐさま虎子のズボンの裾を捲り上げ、両足首を確認した。
……案の定だ。
そこには、細長く深い“手形”が、両足首にしっかりと残っていた。
これは間違いなく、“溺死霊”の仕業——その印なんだ!
たとえ虎子は水から救い出され、魂魄も肉体に戻っていたとしても、この“手の印”が残っている限り、呼吸ができず、まるで死体のように意識が戻らないんだ。
この手形こそが、“命門”を封じる“封印”になっていたんだ!
「……原因がわかったぞ!」
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。