第二章 幽霊芝居
先頭にいた男は、まるで鬼が描いたような眉毛をしていた。太くて濃い眉が、今にも眼球にくっつきそうなほど低く垂れ下がっていて——見ているだけで、じっとりとした冷気が滲んでくるようだった。
こういう眉相は、生まれつき陰気を背負っている証拠だ。性格は冷酷で裏表があり、人を裏切るのも平気。——要するに、見た目通りの「信用できない奴」ってことだ。
その後ろを歩いていた男も、たいしてマシじゃない。まるでエビの目玉みたいにギョロっとした目が、薄暗がりの中でやけにギラギラしている。
ああいう目は、一見すると色気があって不思議な雰囲気もあるが、命書によれば、「火と交われば災い、水と交われば安らか」なんて書いてある。つまり、年を取れば金持ちにはなるが、長生きはできない運命らしい。
他の連中も同じだ。三白眼(目の白い部分が多すぎる)だったり、吊り眉だったり、どいつもこいつも「俺に関わるな」って顔に書いてある。はっきり言って、まともな奴は一人もいない。
俺はすでに頭の中で彼らの「命相」をざっと見極めていた——結論は一つ。「これは、生まれついての闇稼業だ。」
……でも、俺はその連中について行くことにした。
だってうち、マジで金ないんだよ。
少しでも稼げるなら、そりゃ俺だって命張るしかない。
道中、連中はまるで口を開かず、黙々と歩きながらタバコを吸っていた。話しかけても無視。俺のことを空気か何かとでも思っているようだった。
やがてタバコが切れたのか、今度は全員がリュックから「線香」を取り出して、一本ずつ火をつけ始めた。しかも、何やらブツブツと唱えている。俺は思わず耳を澄ました。
……「陰語」だ!
陰語ってのは、死者に向けた言葉だ。
生きてる時にでたらめを好むやつは、死んでもそのクセは直らないっていう。
俺の家系でもめったに使わないが、墓を漁る連中——つまり盗掘屋どもは、これがないと仕事にならないらしい。
この言葉には、不浄な存在をなだめる力があるんだと。
燃える線香、揃いの作業着——その瞬間ようやく気づいた。
……俺、やばい連中に混じってる!
そうだ、こいつら、たぶん墓荒らしだ!
タバコを吸うのは道中の霊への挨拶、線香を焚くのは命の買収。要するに、これは地下の「先輩たち」への手土産ってわけ。
俗に言う「人の好意は断れない」ってやつ、あれ、あの世でも同じらしい。
一時間ほど歩いたころ、俺の足はすでに棒のようだった。
いや、別に運動不足を言い訳にするわけじゃないが、こんな距離、急に歩かされたら誰だってキツイって!
やがて、ある洞窟の前で彼らがピタリと止まった。全員が同時に振り返り、じっと俺を見つめてくる。
目つきが、さっきまでと違う。「お前の番だ」と言っている。
俺は洞窟の入口へと歩み寄った——その瞬間!
ものすごい冷気が、顔面に直撃!
反射的に身をひねって避けたが、もしあれをまともに受けてたら、今ごろ閻魔様と面接してたかもしれん。
俺はちらりと連中を見た。……この穴、かなり手慣れてる。
ただの盗掘屋じゃねぇ。こいつら、プロ中のプロだ。
「兄ちゃんよ、うちの仲間二人、中でやられちまってさ。何かヤバいもんでもいるんじゃねぇか?」
俺は眉をひそめて言った。
「死人が出たってんなら、もうやめた方がいい。ギャラは返すし、今日のことは忘れてくれ。な?」
俺は礼儀にうるさいタイプでね。
飯のタネにはするけど、あの世にツケを残すような仕事は、こっちからお断りだ。
ところが、俺がそう言うやいなや、連中の目がキラッと光った。
「兄ちゃん、アンタやっぱただ者じゃねぇな!一発で“何か”がいるって気づくとは……間違いねぇ、アンタに頼んで正解だった!」
「頼むよ、兄弟を助けてくれ!中のモンは全員で山分けってことで、どうだ?」
俺の心が、少し揺れた。
仲間のために命張る義理もあるし、金も分けるって……意外と筋通ってるじゃねか、この盗賊ども。
それに、俺、今ほんとに金欠。
「その約束、本気だな?宝は平等に分ける。裏切ったやつは……俺が一万通りの方法で後悔させてやるからな?」
…… うっ、ハッタリじゃない。俺にはそういう術が、ちゃんとある。
連中は一斉に手を挙げて誓った。
「裏切り者に、幸あらず!」
後で思えば、この言葉はまるで呪いだった。
実際、アイツら一人残らず碌な末路を迎えなかったし——でもまぁ、それはまた別の話だ。
俺は盗掘用の穴に石を一つ投げ入れ、耳を澄ました。
これは業界で「投石問路」と呼ばれる手法。
石が底まで落ちれば問題なし。途中で音を立てたり引っかかったりしたら、何かが嫌がってるサインだ。
今回の石は……スッと底まで届いた。静かで何の異常もなし。
……逆に、静かすぎて怖ぇよ。
中で人が死んでるってのに、煞気一つ感じねぇ。
まさか、俺の腕が落ちた……?
「ガツン!」
「いってぇぇぇぇっ!!」
……今度は、穴から石が飛んできて、俺の額にクリーンヒット!
あの痛み、今でも忘れられねぇ!
「ごめん、やっぱ無理。今日の仕事は辞退させてもらいます!失礼だ!」
親父の教えが脳裏をよぎった。
「投石問路で異常が出たら、どんな金山があっても即座に引け。」
欲は大事、だが限度はもっと大事だ。
どんなに引き留められようと、俺は振り返らず立ち去った。
が、その帰り道で、異変が起きた。
来たときは一時間半だった道のりが、帰りは三時間歩いても、まだ半分も戻れていない。
これは……「迷魂陣」、つまり“鬼打ちの壁”ってやつか?
俺はズボンを下ろし、アレで場を破ろうとした瞬間——霧の中から、一人の女がすぅっと現れた。
——あいつだ!
家にちょくちょく出てくる、あの女の幽霊!
幽霊といえど、男女の違いはある。
親父が昔こう言ってたっけ:
「人には礼儀が必要だが、幽霊にはもっと礼儀がいる。」
俺は何気ない顔でズボンを上げ、すたすた歩こうとしたが——足が、まったく動かねぇ!
やっちまった!
こいつ、普段は可哀想なふりしてたけど、実はただの猛獣じゃねぇか!
俺は身体の自由を奪われ、その女に導かれるまま、知らない森の中へと進んでいく。
「わざわざ道を外して森に入るとか……」
内心ビビってたが、意地もあった。
「かかってこいよ、誰が怖がるか!
許仙だって白蛇と恋したんだ、俺だってやれんだろ!」
が、残念ながら、女の幽霊はその気がなかった。
自分には俺は釣り合わないとでも思ったのか、変なことは一切してこなかった。
森を抜けた先には、澄んだ川が流れていた。
彼女はひらりと空を飛ぶように川を渡ったが、俺はもちろん、そんな芸当できるわけがない。歯を食いしばって川に入ったが、途中で溺れかけてしまった。必死で屁をこいて、その勢いでどうにか岸に辿り着いた。
人間、いざというときは屁でも命綱になる。
振り返ると、さっきまで清流だった川が、いつの間にか真っ黒な毒の川に変わり、死んだ魚がびっしりと浮いていた。まるで地獄の川のようだった。
俺は深呼吸し、幽霊のあとを追って進んでいった。
そして、辿り着いたのは、ボロボロに崩れた村だった。
人影はひとつもなく、ただ、ひとつだけ、古びた芝居小屋がぽつんと建っていて、その前に——人とも幽霊ともつかない存在たちが、ずらりと並び、まるで、これから始まる「幽霊芝居」を、心待ちにしているようだった。
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。