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第十六章 陰人符

 村医者が俺の話にうなずいた瞬間、心の中の重石が少し軽くなった。


 とりあえず、冥界役人たちの“飲み食い代”ってことで二千元ほど要求してみたら――


「三千渡すよ、君にタダ働きさせるわけにはいかないだろ?」


 なんて言いながら、村医者はあっさりポケットから札束を出してきた。いや~、なんて太っ腹!


 金……いや、命がけで俺の雇い主を助けようとしてるその誠意を見たら、もうこの件は俺が面倒見ないわけにはいかんだろう!


「明日の昼まで、ぜっっっったい戻ってくんなよ!」


 そう念を押して、村医者と別れた。


 その足でまた例の煮込み肉の店に向かい、牛肉を5キロ、焼酎を5キロ注文。それだけじゃ足りんと見て、店主に「今夜は閉めるな。店ごと買い取ったる!」と豪語してやった。


 店主も大喜びで、前金として五百元渡すと、満面の笑みで了承。


 診療所に戻ると、十数人の冥界役人どもはさっきの酒と肉をすでに完食して、立ち上がって帰る気満々。


 おいおい、まだ前菜にもなってねぇぞ!


 こいつらを満足させるのが今夜のミッションってことは、俺が一番よく分かってる。


 新たに買った牛肉と焼酎をテーブルに並べると、ようやく奴らも「おかわり来たー」って感じでまた席についた。


「いやぁ~お兄ちゃん、あんたってホント義理堅いなぁ~ささ、飲もう飲もう~!」


「いや、俺はちょっと体調が……酒は遠慮しとく」


 と手で制して断ると、意外とあっさり引き下がって、また宴の続きを始めた。


 正直、あいつらの飲み方は見てるだけで肝が冷える。もし俺が一緒に座って飲んでたら――三分以内に廃人一直線、間違いない。


 そしたら仕事どころじゃなくなるからな。


 俺は横に座って、携帯の時計をチラチラ見ながら焦る。


 午前0時まで、残り30分を切った――時間がねぇ!


「皆さん、この器じゃ飲みづらいでしょう?いっそ海碗(でっかい碗)に変えませんか?」


「お~お兄ちゃんの言う通りだ!大碗、いいぞいいぞ~!」


 診療所の棚に、ホコリかぶったデカい碗が十数個並んでいた。きっと村医がまだ屠殺をやってた頃、家畜の血を受けるために使ってたやつだな。


 そいつらを一つずつ洗って並べてやると、冥界役人たちはこれまた遠慮なく、顔よりデカい碗で焼酎をぐいっ!


 さっきの肉と酒、5分も経たないうちにまた消えた……


 おいおい、こいつらホントに“冥界役人”かよ?


 ただの地獄の大食いモンスター軍団だろ!


 俺はダッシュで煮込み肉の店に戻り、店内の酒と肉を全部買い占めてやった。店主には「診療所の近くの交差点まで全部届けてくれ」と頼み、あとは任せた。


 運ばれてきたのは、巨大な水がめ2つ分の白酒と、50キロ超えの牛肉の山!さすがにこれだけあれば足りるだろ?

 携帯で時間を確認すると、23時45分!あと15分。できればその前に、こいつら全員ベロッベロに酔っ払ってほしいもんだ。


「ボス、あのさ、もう……時間……そろそろ……だし……飲むの……やめ……ないと……任務……」チッ、こういうときに限って“ちゃんとした”やつが出てくる。


 その冥界役人、すでに舌がもつれてるのに、かろうじて使命感だけは残ってるらしい。

 でも、俺も黙ってはいない。

「皆さま、本日の酒と肉もこれで最後でございます。まずは食い尽くしてから、仕事の話をなさってはいかがでしょう?」

 俺の作戦はシンプル。「もう残り少ない」と言えば、こいつら絶対に今の宴を手放したくないはず。

「い~や、まずは飲む!食ってから!何かあっても、責任はこの俺が取る!」リーダー格の一声で、残りの連中も「それなら問題ねぇ」とばかりに安心して席に戻る。


 俺が残りの酒肉をドンとテーブルに並べた瞬間、冥界役人たちの目がまん丸に――「おいおい兄ちゃんよ……こ、これが……あんたの言う“ちょっとだけ”かい?」

「いやいや皆さま、きっと酔いが回って視界がぼやけてるんです。実際そんなに多くないですよ。思う存分、心ゆくまでお召し上がりください!」

「なにぃ?酔ってんのはお前の方だろ~!」――だが、本当に酔ってる奴ほど自分が酔ってるとは絶対に認めない。

 鬼もまた然り。むしろそれが証拠だ。こいつら、もう長くはもたねぇな。

 そこで俺は最後の一手。海碗(顔よりデカい碗)すらもはや物足りないだろうと、水汲み用のバケツを差し出してやった!

 この一撃が見事に決まり、数分後には全員、テーブルに突っ伏して泥のように沈没~。

 時間を見ると、ちょうど午前0時!ふぅ~~~~~っ。

 ようやく肩の荷が下りた。今夜はマジで疲れた。心優しい俺じゃなきゃ、絶対こんな面倒事に首突っ込まなかったぞ。

 とはいえ、結果オーライ。任務の時間までに仕事を終えられなかった上、全員がベロンベロンじゃ、どう考えても報告書には「失態」としか書きようがない。


 十数人の冥界役人、こりゃしばらく“お勤め停止”かもな。俺はテーブルに残った肉と酒で軽く腹を満たし、病室へと向かった。

 ベッドの上の雇い主を一目見て、思わず息を呑んだ。全身ぐるぐる巻きの白い包帯――まるでミイラ男だ。そこから漂う濃厚な漢方の匂いが、鼻の奥までツーンと突き刺さってくる。おぉ……これはこれでキマるな……


 とはいえ、あの村医者は言ったことはちゃんと守った。雇い主のいびきがハッキリ聞こえてきたってことは……命は確かに救われたようだ。


 だが――ここからが、俺にとって少々「心苦しいこと」になる。俺は雇い主を肩に担ぎ上げて、診療所の外にある空き地まで運んだ。

 そばに残っていた煮込み肉も全て包み、泥でグルグルにくるんだあと、その上に「陰人符いんじんふ」を一枚ペタリと貼り付けた。


 ――これは、鬼や霊的な存在を欺くための符で、状況次第ではかなりの効果を発揮する代物だ。

 古くから伝わる話がある。ある夜、ひとりの陰陽師があずま屋で休んでいたところ、突然、女のすすり泣く声に目を覚ました。

 声の方へ行ってみると、そこには一人の若い女性がいた。彼女は幼いころに両親を亡くし、つい最近夫にも先立たれ、天涯孤独となった身の上だった。絶望の末、彼女は川に身を投げて死のうと決めていた。

 その直前、人生のあまりの悲惨さを思い返し、抑えきれずに泣き出してしまったらしい。

 陰陽師は、彼女の運命を一目で見抜いた。「この娘の魂を迎えに来るのは、あの“黒白無常”に違いない……!」

 黒白無常――冥府でも名の知れた超大物の鬼使いだ。

 陰陽師は、自分がこの娘と出会ったのはきっと“天命”だと思い、助ける決意を固めた。

「あなたはまだ死ぬべき命じゃない。こんな形で終わるべきじゃないんだ」そう言って彼は彼女の頭髪から毛根付きの髪の毛を三本抜き、彼女をその場から離れさせた。

 その後――陰陽師は黒い犬を一匹仕入れて屠り、死体に分厚く泥を塗りたくった。さらにそれをしっかりと乾燥させ、まるで人間の遺体のような「ダミー」を作り上げたのだ。

 準備が整うと、彼は豪勢な酒と肉を用意し、静かに川辺で黒白無常を待ち構える。すると――時刻ちょうど、川の向こうから一対の陰差がスーッと現れた。


 一人は背が高く痩せており、もう一人は低くてふくよか。まさに、黒白無常そのもの!彼らは川のほとりに降り立ち、状況を見て困惑している様子。

「時間も場所も合っているのに、なぜ女の死体が見当たらない……?」困り果てる二人に、陰陽師が声をかける。

「七爺さん、八爺さん、これはこれは、お久しゅうございますな」黒白無常は驚いた。

 自分たちのことを知ってる人間は多いが、「七爺」「八爺」と名前を呼ぶ者はほとんどいない。

「貴様、何者だ? なぜこんな場所に?」「お二人をお迎えするために、お待ちしておりました。

 本日、ささやかですが酒と肴を用意してございます。どうかお納めくださいませ」礼儀正しく頭を下げる陰陽師。その誠意ある態度と、何より“美味そうな話”に、黒白無常の目が一気に輝いた。

 ――グゥ~~~タイミングよく、どちらかの腹の虫が、抗議のように鳴り響いたのだった。

風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。


筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。

干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。


本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。

一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。


もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——

それもまた、偶然ではなく必然。

このご縁に、心より感謝いたします。

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