第十五章 命を救ってやる
俺は村の煮込み肉の店で、牛肉を5キロ、焼酎を5キロ――しめて三百七十元も使っちまった!
「ったく、高すぎるだろ〜。おい村医者、お前コレ経費で落としてくれよな。俺、泣きそうだわ〜」
財布の中身がスッカラカンになって、貧乏生活にさらに追い打ち。まさに泣きっ面に蜂だ。
診療所の門の前にたどり着く前から、すでに十数体の鬼の影がその前をウロウロしているのが見えた。
そいつらが手にしているのは、長くて黒い鎖――通称「勾魂索(魂を引く縄)」だ。
連中の目的は一つ、この村医者をあの世へ連れて行くこと!
元々この村医、もとはと言えば屠殺人で、手を血に染めた罪業まみれの男。だからこそ体から発する邪気が半端じゃない。
普通の人間が死ぬときゃ、冥界役人が一人出張れば十分。
でも中には義理人情に厚い冥界役人もいて、仲間に仕事を分けてやろうと連れ立って出動することもある。なんせ公務員、経費は全部持ち出しゼロってなもんだからな。みんなで出張れば、楽しくやれるってわけよ。
で、今夜はそんな義理人情の集大成か、恐ろしい形相の冥界役人どもが勢揃い。こりゃ俺が何か手を打たなきゃ、本気で村医者があの世連行だ。
夜の十時、外から突風が吹き荒れた。肌を刺すような冷たい風で、顔面がヒリヒリ痛ぇ!
この村では夜中になると、まるで地獄からの叫び声みたいな風が吹き荒れるのが定番なんだが――
その風が鳴く時ってのは、村の誰かが死ぬ予兆でもある。
今日の風もまさにそれ。まるで村医者の命に対する弔いの鐘みたいだった。
窓を開けっ放しにしていた村医者が、それをバタンと閉めて、なんかブツブツ文句を言ってたな。
しかし、あの村医者……一体いつ寝てるんだ?
昼夜問わず動き回ってんのに、ぜんっぜん疲れた様子がねぇ。人間なのかホントに?
俺は決死の覚悟で、診療所の前に集まった冥界役人どもを無視して、ズカズカと正面から扉を押し開け、中に突っ込んでいった。
この予想外の行動に、門の前にいた冥界役人どもはさすがに驚いたようだ。
というのも、こいつらのスケジュールでは、今夜の診療所は無人のはず。だから時間が来たら、建物ごと倒壊させて、村医者を下敷きにして殺す――って段取りだったんだ。
ちなみに俺の雇い主――あいつはまだ寿命が残ってるから、この「事故」の唯一の生還者になる予定だった。
でも俺がそのタイミングで突入しちまったもんだから、計画は一気にぐちゃぐちゃ。
……いや、まさか、俺もろとも潰す気じゃないよな?
万が一、俺まで巻き添え食って死んだら、完全に業務違反だろ? 地獄の帳簿にも書けねぇし、報告書だって出せねぇ。
俺もその辺はきっちり計算してたからこそ、あえてこの行動に出たんだよ。
ま、どうせもう開き直るしかねぇ。やるだけやってみりゃ、もしかしたら何か変わるかもしれねぇしな。
すると外にいた十数体の冥界役人どもが、集まってひそひそと相談を始めたのが見えた。俺はそっと耳を澄ませた。
「おい、どうなってんだよ? 情報ミスか? 人間なんて来ないって話だっただろ?」
「知らんわ。なんかよくわかんねぇ若造が突っ込んできやがった。いっそアイツもまとめて連れてくか? ちょうど今月ノルマ足りてねぇし~」
……はあ? ちょ、お前ふざけんなよ。
俺の背中にゾワッと冷たいものが走った。おいおいおい、てめぇのノルマのために俺を道連れにすんなよ?
俺の寿命、まだ残ってっからな? 勝手にあの世連れてったら、お前らマジでクビ飛ぶぞ?
「なあ、いったん誰か戻って、上に報告してくんね? このままだと判断つかねぇし」
リーダー格っぽい冥界役人がそんな提案をして、他の連中もそれに頷いた。
どうやら「誰が戻るか」ジャンケン……いや、くじ引きで決めてる最中に、俺はタイミングを見て診療所の扉をガラッと開けてやった。
「よぉよぉ、皆さんよ。外、寒いだろ? 話なら中でやろうや。な?」
俺はニッコリ笑って言った。中には酒もある、肉もある。うまいもん食って、ガブガブ飲んで、語らおうやないかってな。
「見たか? あの若造、俺たちが見えてるぞ」
「うわ、マジかよ。今日慌てて出てきたから、化粧直す暇なかったわ……イメージに影響しないといいんだけど」
「お前、そのツラで“イメージ”とか言える立場か? さっさと返事しろや。イケメン兄ちゃん待ってるぞ〜」
人が多けりゃ働かねぇ、お化けが多けりゃ役に立たねぇ――まさにそんなノリで、連中はワイワイ騒いでから、ようやく俺の方へふわ〜っと漂ってきた。……ふふ、これはイケる!
「お兄ちゃん、こっちにも仕事があるんでな。酒も肉も、いただくわけには……って、うん、ホント、残念だよ? マジで!」
リーダー格の冥界役人が、ヨダレを垂らしそうになりながら、建前100%のセリフを吐いた。
こいつら、普段は死者相手の仕事ばかりで、人間からは忌み嫌われ、まともなメシにもありつけねぇ。いわば“地獄のブラック職場”の住人だ。
だから、うまい酒と肉を目の前にして、食いたくねぇわけがねぇ。なのにこうやって断るのは、ただの見栄ってヤツよ。
まあ、そういうときはちょいと押してやるのがコツだな。
「いや〜、そうでしたかぁ……それは残念。実は俺、体が弱くて、大酒も脂っこい肉も食えないんすよ。
だからこの酒と肉、本当は皆さんに献上しようと思ってたんですが……仕方ねぇ、捨てるしかねぇかぁ〜。もったいねぇなぁ〜〜チュッ、チュッ、チュッ……」
そう言いながら、返事も待たずに俺は部屋へ引き返し、今にも酒肉をゴミ箱に放り込む素振りを見せてやった。
「お兄ちゃん、ちょい待った!」――キタキタ、やっぱり引っかかった!
診療所の扉が静かに開き、十数体の冥界役人たちがゾロゾロと中に入ってきた。
うまそうな酒と肉を前に、ヨダレ垂らしながら突っ立ってる。
そのとき、俺が一人でぶつぶつ言ってるのを見て、村医者が慌てて駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か? どっか具合でも悪いんか?」「余計なこと言うな、早くテーブルと椅子を持ってこい! 急ぎだ!」
俺が真剣な顔で言うと、村医者も何かを察したのか、それ以上聞かずに素直に動いた。椅子とテーブルを運び終えたら、勝手にドカッと座っちまった。
「ちょうど腹減ってたとこなんだよな〜。いやぁ、お兄ちゃん、気が合うな〜。こういうのが一番好きなんだわ〜」……って、コラ! まだ冥界役人たちが座ってもねぇってのに、もう箸持とうとしてんじゃねぇよ!
「おい! 立て! これはお前のメシじゃねぇ!」俺の一喝に、村医はビクッと震えた。俺はそっと目線を送って合図をした。
察しろ、空気を読め……!あの村医者もバカじゃない。
昼間に俺が言ってた話を思い出したらしく、急に顔色が曇った。
口では「生死は天命」なんて粋がってたが、いざ“あの世”が現実味を帯びてくると、人間なんて皆怖くなるもんだ。
その証拠に、あいつのケツも椅子からスッと浮き上がってた。小声で聞いてきた。
「兄ちゃん、椅子足りるか? 足んねぇなら、もう何脚か持ってくるけど?」気が利くじゃねぇか。俺は6脚ほど追加で持ってこさせて、テーブルの前に並べさせた。
「どうぞどうぞ、皆さま、こちらへお掛けくださいませ。もてなしが行き届かぬ点がありましたら、何卒ご容赦を〜」冥界役人たちは満足げに席に着き、いよいよ本格的に食い始めた。
ガツガツいくわ、箸止まんねぇわで、まさに地獄の宴って感じだった。そして――村医者の目が点になった。目の前で牛肉が宙に浮き、しかもどんどん減っていくのを見て、あいつの目ん玉、今にも飛び出しそうだった。
俺は冥界役人たちのために酒を次ぎながら、せっせと給仕。あっという間に、用意してた白酒(強いやつ)が二斤(約1リットル)なくなった。これはヤバい、全然足りねぇ!
俺は村医者に「悪いけど、酒あと2.5リットル買ってきてくれ」と頼んだ。あいつも素直に頷いて、村の雑貨屋の方へ向かっていった。
「ささ、皆さま、どうぞごゆっくりとお召し上がりください。何かございましたら、いつでもお声かけくださいませ〜」
「うむうむ、気にするな。好きにしていいぞ〜」そう言われて俺はすかさず外に出て、村医者の腕をガシッと掴んだ。
「おい、よく聞け。今夜は、何があっても絶対に戻ってくるな。それと、今日俺はお前の命を一つ救った。いずれ必ず返してもらうからな」村医の膝がガクガク震えてた。
どうやら、俺が只者じゃねぇってのがようやく伝わったらしい。昼間の俺の話を“ヨタ話”だと思ってたのが、今や目の前の異常な光景を見て、すっかり信じ込んじまったようだ。
「わ、わかったよお兄さん! もうバッチリだ、絶対戻んねぇから!」。
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。