第十二章 村医者
俺の拳はど真ん中、ぴったり道士のこめかみに命中した!
奴はふらついたかと思うと、そのまま地面にバッタリ倒れ、気を失った。死んだのか生きてるのかすら分からない状態だ。
雇い主の博打野郎の兄貴は、そんな光景を見たこともないのか、その場で棒立ちになり、完全にパニック状態。
「さっき俺の娘を虐めようとしたのはお前か?」
オジサンはその博打野郎の襟首をガシッと掴むと、まるで空き缶でも持ち上げるように軽々と持ち上げた!
「兄貴!俺、何もしてねぇっす!助けてください!金ならいくらでも払いますから~!」
「誰がてめぇの汚え金なんか欲しがるかっ!」
オジサンはそいつを地面に叩きつけ、そのまま怒りの鉄拳&鉄脚ラッシュ!男はまるで雑巾のようにボコボコにされ、地面をのたうち回っていた。
「オジサン、もうやめてください!これ以上やったら、死人が出ますって!」
俺が慌てて止めに入って、なんとかその男の命だけは繋がった。
「消えろ!」
オジサンは怒鳴り、男をその場から追い払った。奴は情けない声を上げながら這うように木小屋を出て、見えなくなるまで逃げていった。
「オジサンさん、こんなヤツ野放しにしていいんですか?普通は警察に突き出すべきでしょう?」
俺はどうしても納得がいかなかった。こんなクズを逃がすなんて!
「若いの、お前はまだ結婚してないから分からんのだ……親ってのは、こういう時、本当に苦しいもんなんだよ。警察に突き出したら、娘がこれからどうやって生きていくんだ?」
オジサンはまた泣き出した。田舎じゃ、こういう話が広まるのが恐ろしく早い。娘が被害に遭ったなんて噂が立てば、何年も嫁に行けなくなるかもしれない。
「じゃあ、こいつはどうする?」
俺は地面に転がる道士を指差して訊いた。
「そいつも……好きにさせとけ。」
オジサンは娘を抱きかかえ、静かに木小屋を出ていった。俺は思わずため息をついた。こんな結末、どうにもモヤモヤが残る。
本来なら道士も博打野郎も、ちゃんと法の裁きを受けるべきだ。でなけりゃ、また誰かが被害を受ける。
けど、オジサンは最後にこう言い放った。
「若いの、これ以上うちのことに首を突っ込むんじゃねぇ。もし誰かにチクったりしたら……命張ってでも黙らせるからな。」
あ〜、またこのパターンかよ……
分かったよ分かったよ。あんたがその気なら、俺が熱くなったってしょうがない。
こうして俺たちは木小屋を後にして、森を抜け、また例のロバ車に乗り込んだ。
ロバはとにかくのんびり、まるでカタツムリかってくらいゆっくりと進んでいった。
多分オジサン、道中で娘に負担をかけないよう、あえてそうしてるんだろうな。
道中、あの娘はずっと俺のことを見つめていた。目を逸らすことなく、じっと。
分かってる。きっと俺の顔を覚えてたんだろう。
だって、あの日目を覚ました時、彼女の目の前にいたのは俺だけだったからな。だから、彼女の中では——俺が自分の純潔を奪った男だと、そう思い込んでるに違いない。
でも、この娘は本当に賢い子だ。俺と親父さんの間にまた何かトラブルが起きるのを避けたくて、その疑念をずっと胸にしまってるんだろう。
「なぁ、妹ちゃんよ、ちょっと誤解があるみたいだけどな。俺、見た目によらず結構イイ奴なんだぜ?昨日のこと、あれには深〜い事情があるんだってば。」
彼女が黙ってるのを見かねて、俺の方から口を開いた。この件、今日ちゃんと説明しておかないと、一生彼女の心にしこりが残る気がしたからだ。
俺はあの日の出来事を一から十まで正直に話した。信じるか信じないかは別として、少なくとも隠し事はしない方がいいと思ったからだ。
父娘は完全に納得はしていない様子だったが、それでもしつこく問い詰めてくることはなかった。オジサンも心のどこかで気づいていたのだろう、俺が悪人じゃないってことを。
短い付き合いではあったが、警察に訴えるような提案をしてきた俺を見て、「こいつ、嘘はついてないな」と判断したのかもしれない。普通、自分にやましいことがある奴は、わざわざ通報を提案なんかしないもんな。
村に戻ると、オジサンは俺を診療所まで連れていってくれて、そこで別れた。初めて知ったけど、この親子、実は隣村から来たらしい。
診療所に入ろうとした時、中から何やら豚の悲鳴みたいな男の声が聞こえてきた。妙に聞き覚えのある声だったんだよな〜……
って、どう考えてもあの博打野郎の声じゃねぇか?
気になって診療所の扉を開けてみると、案の定、見慣れたツラが地面にひれ伏して、必死に命乞いしてやがった。
やっぱりあの博打野郎だ!しかも今は、ムキムキマッチョな村医者に木の棒でガンガンしばかれてる最中!
「てめぇみてぇな犬っころが、どのツラ下げて来やがった!患者に手ぇ出そうなんざ、千年早ぇんだよ!」
村医者の怒声を聞いて、俺はすぐにピンときた。
多分あのクズ、村に戻った後に弟が大怪我して診療所に運ばれたと聞いて、何かコソコソしようとして来たんだろう。んで、現場でこの村医者に見つかって、今このザマってわけだ。
その後、村医者から直接詳しい話を聞いたが、俺の推理は大体当たっていた。
村医者は博打野郎を診療所から蹴り出すと、今度は満面の笑みで俺に歩み寄ってきた。ついさっきまで鬼の形相だったくせに、今じゃ春の花のような顔。変わり身の早さ、まるでページめくるようだぜ。
「おぉ、兄ちゃん戻ってきたか。さっきのアホ、患者に手ぇ出そうとしやがってな。俺がちょっとだけ、礼儀ってもんを教えてやったわけよ。……気ぃ悪くしてねぇよな?」
「いやいや、こっちこそ助かりましたって!ありがとうございます!」
この村医者、見た目も腕っぷしも半端ないが、対応も迅速で頼もしい。気になるのは……こいつ、医者になる前は一体何してたんだ?
そう思った俺は、村医者が忙しそうにしている間に、コッソリとその面相を観察し始めた——
この村医者、眉毛がまたすごい。鋭く尖った刃物のような眉で、太くて野性味たっぷり!
こういう眉の形をしてる奴って、大抵は内に“凶”を秘めてて、頑固な性格、しかもやたらと人に恨まれやすいんだよなぁ。
それに目元も変わってる。白目の面積がやたら多くて、まぶたは厚ぼったく、しかもシワっぽい。目の光もどこかうつろで——
この手の目を持つ奴は、表面上は穏やかに見えても、実はかなり凶暴。揉め事が大好きで、最終的にはお縄になるタイプだ。
そして何より特筆すべきは、あの鼻だ。まるで山から一つだけ飛び出した孤峰のような形——突き出た鼻梁、肉の少ない鼻先、低めの頬骨。
この「孤峰鼻」(こほうび)、めったに見ない相だ。持ち主は災いが絶えず、平穏とは無縁の人生。もし出家すれば、ようやく静かに過ごせるかもな……ってレベルだ。
口元は「紋口」、唇には斑点のようなシワが浮かび、泣き顔にも見える。子どもは一人授かる運命だが、紋口の持ち主は早死にしやすく、最期には誰にも看取られずに死ぬ相だと言われてる。
おかしいよな? こんなにも“凶相”を揃えた人間が、なぜ人を助ける医者をしてるのか?
俺はしばらく考え込んだ。そして、ようやく結論に辿り着いた——
この村医者、以前は肉屋……いや、屠殺屋に違いねぇ!
「先生、もしかして、昔は豚や牛を捌いてた屠殺屋だったんじゃないですか?」
俺がそう言った瞬間、村医者の動きがピタリと止まった。
明らかに動揺してやがる。「なんでそれを…?」とでも言いたげな顔だ。
「な、なんで分かった? お前、もしかして占いでもできんのか?」
俺はニヤッと笑って答えず、続けざまに言った。
「それに先生、あんた息子がいるだろ? けど、めちゃくちゃ反抗的で、どうやっても心が通じ合わないって悩んでる……そんな感じじゃないですか?」
村医者の目が点になった。手の動きが止まり、そのまま俺の横にストンと腰を下ろした。
「それから、昔……あんた、まだ……」
「兄ちゃん! もうやめてくれ!」
俺が「昔、誰か手にかけたことがあるんじゃ……」と切り出しかけた瞬間、村医者が慌てて口を塞いできた。
これでもう確信した。俺の読みは全てドンピシャ。
この村医者、かつては豚や牛を捌く屠殺人だった。妻は出産時の大出血で命を落とし、息子が一人残された。そして何らかの事件で人を殺し、逃亡。身元を隠し、この村にたどり着き、医者として生き延びてきた……そういう過去があるんだ。
完璧に偽装したつもりだったろうに、まさか俺みたいな“正体不明の男”に、全部見抜かれるとは思ってなかっただろうな。
「お前、一体何者だ? 何が目的だ?」
村医者は明らかに警戒モードに入った。長年隠してきた秘密を俺に暴かれ、今にも俺が口外するんじゃないかと恐れてる。
俺は気づいていた。あいつの手が、そっと背後に伸びていることに。きっと何か「使えるモノ」を探ってるんだろう。
もし、少しでも俺が“敵意ある存在”だと判断されたら、きっとあの手に握った道具で、俺を仕留めにかかるつもりだ——!
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。