六
作者の多忙により、三ヶ月ほど投稿をお休みしていました。
仕事の目処がつきましたので、本日から投稿を再開させていただきます。
初ブックマークをいただきました……!
お忙しい中作品を見てくださり、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
六
「銃弾が見つかりました!」
後部座席を調べていた鑑識が声をあげた。神田は舌打ちをして、タオルをブルーシートの上に置いて立ち上がり、鑑識からジッパーパックに入った銃弾を受け取った。
「銃弾を鑑定にまわします。八雲が殺された事件と同一の銃による犯行なら、線条痕が一致しますから」
「銃弾はそれ一発だけですか?」
雛内が尋ねた。鑑識がライトで車内を探りながら答えた。
「そのようですね。今、ハンドルやシフトレバーの指紋も採ります」
「このホトケの身元を探らないとな」
アスファルトに膝をつき、ブルーシートの上に寝かされた被害者と再び向かい合いながら、神田は呟いた。被害者の男は細身で、白いTシャツにジーパンを履いており、四角いメガネをかけていた。三十五から四十歳くらいに見える。神田は軍手をはめた手で男の手の指を触り、シャツをまくりあげて腹部を見た。
「背中の方は見えないが、手の小指は両方ちゃんとあるし、腕や腹に刺青は無いな」
「もしこの男がヤクザ関係でないとしたら、なぜ殺されたんでしょう」
雛内が男の顎を持って口を開けさせ、歯の様子を見ながら言った。
「まあ、まだ八雲を殺したのと同じ人間が犯人だとは決まっていないが……これは多分、同一犯だろうな。被害者を一人で呼び出して、頭を撃って殺すというのは。この銃弾だって、まだ正式に鑑定に出したわけじゃないが、前回八雲を殺した銃弾と大きさや形がそっくりだ。多分、線条痕も一致しているだろう」
半ば瞼を開けたまま逝っている男の目を、神田はじっと見つめた。その目で何を見た──誰がお前を撃ったのだ──二度と動くことのない黒い瞳に、神田は心の中で問いかけた。
*
「どうだった、神田」
会議室に入ると、上司である弥生のいつも通りの怒鳴り声が神田と雛内を迎え入れた。
「恐らくですが、今回の犯人は八雲を殺したのと同じ奴です。銃弾が一発見つかり、さっき鑑定に渡してきました。車は地名がK市のレンタカーです。これから、レンタカー屋と車の借り主を調べます」
事件は一度では終わらなかった。犯人はまだ捕まっていない。また誰かが殺されるかもしれない。これ以上誰も死なせないために今自分にできることは、一刻も早く犯人を特定し捕らえることだと神田は考えた。
*
「はい……そちらの店にある車なのですね、わかりました、すぐに伺います」
電話でレンタカー屋をあたっていた雛内が、受話器に向かって早口で言った。神田が雛内の方を向くと、二人の目があった。見つけた、と雛内の目が言っていた。
「K市のレンタカー屋です。一昨日、十月八日にあの車を借りた男がいると言っています」
「わかった。急いでそこに行くぞ」
二人は立ち上がり、部屋を出ていった。
レンタカー屋は大手の企業の店舗で、K市の中心街付近にあった。二十四時間で三二〇〇円と書かれた旗が道路沿いに設置され、風に吹かれている。昨今の物価高の中では破格の価格だ。その立地の良さと低価格のゆえか、客は多く、店舗にいた数人の客が、パトカーで店に乗り付けた神田と雛内を奇異な目で見てきた。
「どうぞ、こちらへ……」
五十代くらいに見える店長の男が、神田と雛内を小さな部屋に通した。金属製のテーブルとパイプ椅子が置かれ、テーブルの上にはノートパソコンが乗っている。女性が三人にお茶を置いていったが、神田と雛内は手をつけなかった。
「十月八日に、そちらの店舗のレンタカーが借りられたのですね」
メモを構えた雛内が口を開いた。
「はい、M社製の白い軽自動車ですね。あれは当店が三年前に購入した車です。……あの、当店の車がどのような事件にからんでいるのでしょうか……」
「すみません。捜査の上の都合で、全てをお話しすることはできません。おたくの店舗のレンタカーがとある事件に関係しているので、そのレンタカーを借りた人物、日付と時間を教えていただきたいのです。防犯カメラもあれば確認させてください」
雛内が穏やかに答えた。店長は腑に落ちないような表情で頷き、口を開いた。
「うちの店では、車を借りる時に、その人の運転免許証のコピーを取ります。今、取ってきますね」
店長はそう言い、部屋を出ていった。神田と雛内の目が合う。
「今回の被害者も、八雲と同様にヤクザでしょうか」
「さあ、どうだろうな。まあ、反社の可能性は高いだろう。一般人が車内で頭ぶち抜かれて死ぬことは珍しいだろうし」
「もしも殺されたのが反社なら……それで、良いのではないでしょうか。殺されて当然ですよ。犯人は逮捕せずに、したいようにさせれば良いのではないですか」
雛内の瞳は、まっすぐに神田を捉えていた。そういえば、この男は父親を暴力団に殺されたのだった……と、神田は思い出した。
神田は溜め息をついた。
「あのな、そいつが何をしようとも、殺されていい人間なんか一人もいないんだ。何をされても、それが殺していい理由にはならないんだ」
「主任は、死刑制度にも反対ですか」
神田は答えるのが面倒になり、黙って肩をすくめた。
その時、店長が部屋に戻ってきた。左手に書類を持っている。店長はパイプ椅子に座り、神田と雛内に見えるよう書類をテーブルに置いた。
「これが、十月八日にレンタカーを借りた者です。宇津木 尋。二十四歳ですね」
二人は運転免許証を覗き込むようにして見た。ゴールドではなく、ブルーの免許証だ。ゴールド免許の取得には『五年間無事故・無違反』という条件がある。仮にこの男が免許取得の最年少である十八歳で運転免許を取り、その後ずっと無事故・無違反だったとしても、二十三歳の初回免許更新では必ずブルー免許になり、その後ゴールド免許を取得できるのは二十八歳の頃だ。神田がデジタルカメラで運転免許証を写真に撮った。
運転免許証の写真の男は、若者らしい黒髪のマッシュをしていた。目が大きく、鼻筋が通っていて、やや童顔の、いわゆる『甘い』顔立ちで、人は見た目によらないとわかっていても、二人の男を殺したようには見えなかった。
「こちらの書類は、警察の方で預からせていただきます。それから、防犯カメラも見せてください。この男が映っている映像の、日付と時間帯を」
雛内が言うと、店長はノートパソコンを操作して、神田と雛内に映像を見せた。
「これですね。十月八日午後三時十八分。一人での入店です」
「身長はどれくらいでしょうか」
雛内がメモを構えて真剣な表情で尋ねる。
「さあ、扉の高さからすると……百七十センチくらいでしょうか。高くも低くもありませんね」
「男が映っている映像はこれだけですか?」
「多分、そうだと思います」
「レンタカーはいつ返されることになっているのですか?」
「十月十二日です。明後日ですね」
全てをメモし終えた雛内が神田の方を向き、頷いた。神田は立ち上がり、店長に頭を下げた。
「ご協力いただき、ありがとうございました。今回調査した内容は、警察の方で厳重に管理させていただきますので、ご安心ください」
それではお気をつけて、と店長が声をかける中、二人は店を後にした。いつの間にか、辺りは暗くなっている。パトカーの助手席に乗り込んで、神田はバッグから運転免許証をコピーした書類を取り出し、スマートフォンのライトで照らしながらもう一度目を通した。
「至急、この運転免許証から男の身元を調べるぞ。偽物の免許証でなければ、すぐに身元がわかるはずだ」
「緊急捜査ですか?」
パトカーは赤色灯をつけずに、夜の街中を走っていく。ふと、神田の脳裏に玲華の面影がひらめいた。彼女は今、どうしているだろう……執事の橋爪と夕食を食べているのだろうか。
目を瞬いて、神田は目の前のことに集中した。
「ああ、緊急捜査だ。早くしなければ、こいつは行方をくらますかもしれない」