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 壁城組へきぎぐみは兵庫県N市に本拠地を置く暴力団だった。それと同様に、大阪府にも本拠地を置く暴力団がいくつかある。八雲やくも あつしが所属する村木組むらきぐみは、大阪府O市に本拠地を置く、組員五十人ほどの中規模な暴力団だった。

 防犯カメラの解析や鉄道会社からの情報提供によって、八雲の足取りも少しずつ明らかになってきた。十月三日の午前九時頃、大阪府O市のO駅から、兵庫県K市に向かう電車に乗る八雲の姿が確認されている。さらに午前十二時頃には、兵庫県K市からN市に向かうバスに乗る八雲の姿が防犯カメラに映っていた。

 兵庫県警本部の会議室には、それらの情報が時系列ごとにホワイトボードに書かれた。また、防犯カメラから解析された八雲の写真も貼られた。バスに乗ろうとしていた時の八雲の服装は、発見された時と同じ黒い長袖と黒いズボンだった。


 神田かんだはそれらの情報が記載されたファイルを読んで、顔をしかめた。八雲がO市からN市にやってきた日付が気になったのだ。朝に大阪府O市を出て、昼頃には兵庫県N市にやってきて、その日の夜に殺された。あまりにも殺害されるまでの時間が短い。まるで、殺されるためにN市にやってきたようだった。


 八雲には逮捕歴があった。十三年前、四十一歳のときに詐欺の容疑によって大阪刑務所に二年間服役している。また、離婚歴もあった。三十四歳の時に結婚、三十九歳の時に離婚している。子供はいない。


 兵庫県警は大阪府警にも協力を仰ぎ、連携して捜査にあたることになった。村木組にも捜査員が赴き、当時の八雲の様子や怪しい人物が接触してこなかったかなどを調べた。

 その結果、怪しい人物が接触してきたことはなかったと組員は答えた。八雲はN市に行くことを自分に話した、とある組員は答えたという。

 組員によれば、一緒にたばこを吸っていた時に、八雲はN市に行くことを話したそうだ。なぜ、と組員が尋ねると、八雲はいやちょっと、と曖昧に答え、たばこの火を消して早々に行ってしまったという。他人には言いたくない理由があった、と神田は頭の中にメモをした。


 八雲をN市に連れてきたものは、何だろう。最も考えられるのは、犯人がN市に八雲を呼び出したということだ。なぜ呼び出したのだろう。犯人がO市まで赴いて、そこで殺せばよかったのではないか。

 少なくとも、今回の事件は通り魔的な犯行ではないことが、捜査によってわかってきたのだった。



村木組むらきぐみですか。大阪府にある暴力団ですね。壁城組との関係は安定していました。私は行ったことがありませんが、組長は組同士の相談事で行かれたことがおありです」

 橋爪はしづめが台所で鍋をかき混ぜながら言った。神田は玲華だけでなく、玲華の専属執事である橋爪にもアパートの鍵を渡していて、神田の帰りが遅くなる日は橋爪が三人分の夕食を作ってくれるのだ。

「何らかの理由で村木組と別の暴力団が抗争状態になり、その結果として村木組の組員である男が殺された──全くあり得ないことではありませんが、私は違うと思います。

 暴力団対策法ぼうりょくだんたいさくほうの施行から二十五年以上が経過しました。暴力団排除条例ぼうりょくだんはいじょじょうれいという地方公共団体の条例もあります。我々暴力団の勢力は、どんどん減少しているのです。壁城組も例外ではありませんでした。

 ほとんどの暴力団は、戦わないのではありません。戦えない・・・・のです。

 日々の資金繰りで精一杯で、他の組と争っている余裕なんてない。むしろ、互いに争わず、付かず離れずのゆるい関係を保っていた方が、はるかに良いのです。

 ですから、私は今回のことを、組同士の争いだとは思いません。しかし、確かに暴力団員は、恨みを買いやすい職業ではあります。誰か、被害者自身に個人的に恨みをもっている人間が被害者を殺したのではないでしょうか」


 神田は目をつぶり、橋爪が言ったことを頭の中で反芻はんすうした。夜中の河川敷、拳銃、暴力団員。八雲は誰に、なぜ殺されたのだろう。八雲は誰かに恨まれていたのだろうか。

「橋爪、今日の晩ご飯は何?」

「ロールキャベツですよ、お嬢様」

 玲華と橋爪が会話しているのを聞きながら、神田は考え続けていた。



 二日後の十月十日。八雲が殺された事件の発覚から六日が過ぎた。八雲の殺されるまでの足取りはおおむね判明したものの、八雲が誰になぜ殺されたのかという情報は全く得られず、捜査は膠着状態になっていた。

 午後四時頃、自室で各自の仕事をしていた神田たちの所に一報が入った。

『110番通報あり。N市内の駐車場に駐められた車の中から、男性の死体が発見されました。職員は至急現場へ』

 神田は隣席の雛内を見た。雛内も神田の方を見てうなずいた。二人は立ち上がり、部屋に常備されている軍手をつかみ取ってポケットにねじ込み部屋を出た。


 通報があった駐車場は、八雲が殺された河川敷から直線で四kmほどの距離にあった。

 駐車場に着くと、N市内の交番から来たらしい警察官三人と二台のパトカー、そして第一発見者らしい小柄な男性がいた。

「兵庫県警本部の神田です」

 警察手帳を警察官と男性に見せると、警察官は少し退いて、神田と男性が向き合った。

「あなたが第一発見者ですね」

 男性はうなずいた。

「今回のことを発見するまでの経緯を教えてください」

 神田の背後で雛内がメモ帳を取り出した。


「私はここの駐車場の管理人なんです」

 男性は下を向いて小声で話し始めた。

「ここは月極つきぎめの駐車場で、登録して料金を払っていない人は車を駐めることができません。駐められる場所もその人ごとに決まっています。今日の昼頃に、登録している人から、自分の車を駐めるスペースに誰かが無断駐車していて自分の車が駐められない、と電話を受けて確認のためにここに来ました。

 無断駐車していた車はすぐに見つかりました。フロントガラスに警告の貼り紙を貼ろうと思って車の前方に来たら、誰かが助手席に座っているのが見えたんです。車の窓を叩きましたが、応答がなかったのでよく見たら……男性が血を流して、亡くなっていました」


 神田は軍手をはめて、フロントガラスに手をかざし、作った影から車の中を覗き込んだ。確かに車内で男性が血を流している。遺体は助手席のシートに背をもたれるようになっており、ぱっと見ただけでは争ったような形跡は見られなかった。

 次に、神田は車の車種を確認した。M社製の白い軽自動車で、ナンバープレートの地名はK。ここN市はKナンバーの管轄であり、N市に登録された車のナンバープレートはKになる。

 ふと、神田はあることに気がついた。

(“わ”ナンバーだ……この車はレンタカーなのか)


「雛内、Kナンバー管轄の市町村にあるレンタカー屋を片っ端から探れ。誰がこの車を借りたのか、いつ借りたのか調べるんだ。店内の防犯カメラも調べろ。犯人が映っているかもしれない」

 神田は一息に怒鳴った。メモ帳を構えて、雛内は頷いた。


 その時、サイレンを鳴らしながらパトカーが三台連なってきた。続々と鑑識が車から降りてきて、シャッターを切り始める。手袋をはめた鑑識が、被害者がいる助手席の方のドアを開けた。

(車に鍵はかかっていなかったのか)

 ブルーシートを敷いたアスファルトの地面の上に、男の遺体が車内から引きずり出されて置かれた。神田と雛内は合掌して、地面に膝をつき男の遺体と向かい合った。

 男は三十から四十歳くらいだろうか、ひたいから血を流しているが、それ以外は特に怪我は見当たらない。

 嫌な予感がして、神田は鑑識から受け取った白いタオルで額の血をぬぐってみた。

 すると、額のやや左側、左目よりにほぼ完璧な円を描いた小さな穴が現れた。


 隣で雛内がつばを飲んだ音が聞こえた。


 その穴は、先日見た、八雲の命を奪った銃創じゅうそうにあまりにもよく似ていた。

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