十
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朝七時、ビジネスホテルのロビーで神田と雛内は落ち合った。三時間ほど新幹線に揺られて二十時頃に終点の東京に着き、二人で同じビジネスホテルの別部屋に泊まって一夜を明かし、各自朝食を取ってから集まったのだ。
「昨夜二十二時頃、弥生課長から追加連絡があった。兵庫県警本部長から警察庁に連絡が行って、警察庁の方も俺たちを迎える準備を整えてある。本事件は、警察庁捜査四課が担当するそうだ」
神田が言うと、雛内は青いネクタイの結び目を整えて頷いた。二人は機械でチェックアウトの手続きをして、ホテルマンのいってらっしゃいませ、という声を背にホテルを出た。
十月半ばの東京の路上には、銀杏の葉が散って黄色い絨毯のようにアスファルトを覆っていた。潰すと独特の嫌な匂いがする銀杏の実も沢山落ちている。
警察庁本部庁舎は、千代田区霞が関に所在する大きな建物だった。老朽化の為2017年から改修工事が行われており、いくつかの部署は一時的に他の建物に移って活動していたが、神田たちがこれから訪れる警察庁捜査四課は、本部庁舎に残って活動していた。
警察庁と警視庁は、しばしば混同されるが、実際には異なった組織である。警察庁は全国の警察を指導・管理する国家機関であるのに対し、警視庁は東京都の警察業務を担当する都道府県警だ。兵庫県警が兵庫県の警察業務を担っているように、警視庁は東京都の警察業務を担っている。神田たち兵庫県警の目的は、殺された鵜飼がミャンマーで何をしていたのか捜査するために、ミャンマーの警察に協力を要請することだった。国家間の捜査協力は一介の県警にはできないので、今回神田と雛内は、兵庫を発って東京の警察庁を訪れたのだった。
警察庁の正門は白いゲートで閉ざされ、男性警察官が二名、一人は大きな窓がある見張り所の中に、もう一人はゲートの前に詰めている。見張り所に近づき、神田と雛内はスーツの内側から警察手帳を取り出した。見張り所の、会話のために小さな穴が円状に空いた窓越しに見えたのは、雛内よりもさらに若い警察官だった。しわの全くない若々しい肌と目の大きい童顔は、制帽(警察官がかぶる帽子)をかぶっていなければ高校生か大学生に見える。
「兵庫県警捜査一課警部補の神田 裕杜です。警察庁捜査四課に捜査協力を依頼しています」
「同じく巡査長の雛内 幸彦です」
警察官は神田と雛内の警察手帳を見て頷き、パソコンを操作した。情報を照会しているのだろう。それから警察官はどこかに電話をかけ、十秒ほど短く連絡を取った。その後二人の方を向いた。
「捜査四課の職員は、正面玄関入ってすぐのところですでに待機しています。そのまままっすぐ進んでください。今、ゲートが開きます」
ゲートの前に立っていた警察官が、手動でゲートを横に押し開けて、二人にどうぞとハンドサインをした。彼に軽く会釈しながら、神田と雛内は警察庁の敷地に足を踏み入れた。
雛内はもちろん、神田も、警察庁を訪れたのは今回が初めてだった。県警長か、あるいは神田の上司で警視の弥生なら訪れたことがあるのかもしれないが、今ここには神田と雛内しかいない。
今回の事件の捜査がうまくいくかは、神田と雛内の働きに託されている。
神田はそう思い、気を引き締めた。東京の空は、兵庫と同じ朝の匂いがした。
*
二重の自動ドアを抜け、二人は建物の中に入った。兵庫県警と比べればはるかに広いエントランスの奥に、スーツを着た人が二人立っている。
神田と雛内が奥に進むと、二人も近付いてきた。あの二人が警察庁捜査四課の職員だと直感し、神田はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出す。
「兵庫県警捜査一課警部補の神田 裕杜です」
「同じく巡査長の雛内 幸彦です」
神田と雛内がそう言うと、向かい合う二人も警察手帳を見せた。
「警察庁捜査四課警部補の西野 博樹です」
「同じく巡査の宇治 美優花です」
西野と名乗った警部補の男性警察官は、四十二歳の神田と同じか、一つ二つほど年上のように見えた。よく日焼けした小麦色に近い肌はハリがあり神田よりも若く見えるが、髪には少し白髪が混ざっている。背丈は平均的だが恰幅がよく、何らかの野外スポーツをやっている様子を感じさせた。
宇治と名乗った巡査の女性警察官は、小柄な玲華よりも拳二つくらい背が高いが、それでも長身というわけではない。黒髪を後ろで結い、化粧は薄いが、警察官らしい鋭さを感じさせながらも凛として澄んだ瞳には、見る者を惹きつける美しさがある。年齢は、どんなに高く見積もっても三十三、四だろう。もっとも、何歳ですかと聞けるはずもない。
日本の警察機構を統率する警察庁で働く西野と宇治は、兵庫県警の神田と雛内を上回る超エリートだった。
スーツの内ポケットに警察手帳をしまった二人の後に続いて、神田と雛内は歩き始めた。さすが警察庁というだけあって建物自体は大きいが、恐らく兵庫県警本部よりも古い。これでは改修工事が必要なわけだ、と所々に染みがある壁や、LEDではなく蛍光灯が設置された天井を眺めながら神田は思った。
階段を二階分上がり、三階を彼らは歩き始めた。所々に消火栓や消火器が設置されている、床が毛足の短い絨毯張りの廊下を歩いていく。少しして、『捜査四課』と書かれた案内板が見えてきた。二人がすでに開いている扉から中に入ったので、神田と雛内も後に続いた。
部屋に入って最初に見えたのは、スーツを着た警察庁職員たちだった。部屋の前方からずっと奥まで、五十人ほどいる。一つの課でこれほどの人数かと、神田は感動にも似た感情を覚えた。兵庫県警では、捜査一課の職員は全部で十八人だ。それに、恐らく警察庁捜査四課のほとんどの職員が集まっているらしいことから、警察庁も今回の連続殺人事件を重く受け止めていることが感じられた。
二人の男が相次いで銃殺された。第一被害者は、大阪府に本拠地を置く暴力団の組員だった。第二被害者はミャンマーに滞在歴があったが、そこで何をしていたのかまでは、兵庫県警だけでは掴めなかった。
線条痕が一致した三発の銃弾。大阪を出発して兵庫県N市までやってきた第一被害者が、その日の夜中に殺された第一の犯行。他人の免許でレンタカーを借りさせてまで、周到に用意された第二の犯行。
第一被害者、第二被害者、そして犯人の、三人を繋げるものは何なのか。
第二被害者はミャンマーで何をしていたのか、それを解明するのが捜査の一助になることは間違いない。
西野警部補が、神田と雛内にホッチキスで綴じられた書類を渡してきた。神田は受け取って、室内正面の大きなホワイトボードの前に立ち、一度深く礼をした。
「兵庫県警捜査一課警部補の神田 裕杜です。警察庁捜査四課職員の皆さん、今回の捜査にご協力をいただき、ありがとうございます。事前の情報は、すでに兵庫県警捜査一課警視の弥生から、申し伝えた通りです。書類は、全員のお手元に届いていますね。
──それでは、四ページを開いてください」
全員が一斉にページをめくった音がした。
神田は息を吸い、静かに話し始めた。




