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匿名企画参加作品

隠れた王弟殿下の見張り役 〜任務ですが、なぜか仲良く暮らしています〜

作者: 夕山晴

匿名両片想いな二人短編企画に参加させていただきました。(テーマ『両片想いな二人』)

 ずっと前、言ったことがある。心の内を曝け出した「好き」は彼の心には届かなかった。


 アリシアは薬草を潰していた手を止め、顔を上げた。

 目の前に座る男は、小柄なアリシアと比べると随分と巨体に見える。大きな手ながらも繊細に薬を調合する彼の姿は、何度見ても惚れ惚れしてしまう。


「ねえ、エドガー、お昼ごはんは私が作ろうか?」

「馬鹿言え。お前に作らせるわけねえだろうが」

「えー」

「えー、じゃない」

「だって、私だって、いつもお世話になってるエドガーにごちそうを振舞いたいって思うのよ?」


 可愛らしく、こてりと首を傾げると、エドガーは忌々しそうに眉を寄せた。

 その顔すら、アリシアは愛おしくてたまらない。

 大きな溜息をつくエドガーを眺めながら、今まですり潰していた薬草をつまんで口に入れる。唇についた葉の屑も舐めとってアリシアは光悦と頬を緩ませた。


「ん、おいし」

「それがな。お前の舌はホントどうなってんだと疑いたくなるんだわ」

「えー。おいしいのに」

「えー、じゃない。激マズだろうが、そんな葉っぱ」


 アリシアは再びこてんと首を傾げる。少しでも可愛く映っているといいと打算的に思いながら、口元を緩ませた。


「でも料理は上手かもしれないよ?」

「うるせえ! 料理は俺がする。お前は俺の言ったことをしろ。俺の視界からは消えるな」

「……絶対?」

「絶対、だ」

「イヤー。束縛男は嫌われるのよー」

「うるっせえ。俺だって別にやりたくないんだわ」


 すり潰した薬草が入った皿を律儀に片付けながら、エドガーは重い腰を上げた。

 アリシアが潰していた葉も、傍にあった道具も全て片付けられる。

 昼食を作るためにキッチンへ移動するのだ。エドガーが薬の調合部屋から出れば、アリシアもそれに続く。無人となった部屋には厳重に鍵が掛けられた。

 何かが混入すると困るからというエドガーの決まり事だ。なので簡単に解錠できることは内緒である。


「今日のご飯は何かなー」

「……レタスとトマトと鶏肉のスープ」

「ふふ、余った薬草入りでしょ」


 一歩前を歩くエドガーの腕が揺れている。薬師としては不自然なほど筋肉がついた腕。

 しかめ面のエドガーをより不機嫌にすべく、アリシアがそれに抱きつけば、案の定、簡単に振り払われた。

 舌打ちが耳に届いたけれど、アリシアは、ますます上機嫌でエドガーのすぐ後ろを歩く。彼の感情を動かせる存在であることが、嬉しくてたまらなかった。



 ***



 森の中にある古びた一軒家。

 外壁には蔓が伝い、煙突からは白い煙が流れ出ていた。

 アリシアが初めて見た時、魔女が出そう、と思ったものだ。


 この場所へアリシアを連れてきた男は、アリシアと同じ格好をした男だった。

 黒いマスクとフード付きのマント。全身を黒で纏い、影で生きる者。王の影。

 ただ違うのは、指示を出せる立場か否か。アリシアは後者であり、男の指示を受け入れるしかなかった。


「絶対に気取られるな。彼は武芸にも通じている。趣味の薬作りに惑わされるなよ」

「はい。わかりました。けれど、本当にここにいるのが……?」

「ああ。間違いない。エドガー王弟殿下だ。これからお前は非常に重要な任務に就く。彼から決して、目を離してはならぬ。現王亡き後は、必ず、王子殿下に継いでもらわなくては。万が一、我らの邪魔となるようなら、殺して構わん。いつでもそうできる位置に、信頼される立ち位置であれ」


 いつもの任務と何ら変わらない。アリシアは光が消えた青い瞳で、黙ってうなずいた。


「我々はしばらくここには現れない。王子殿下の護衛がある。いいか、お前は王弟殿下の信頼を得て、近くに控えよ。不穏な動きがあれば殺せるように。あとは絶対に任務だと気取られてはならんぞ。何かあったときには追って指示する。わかったな」


 万一の時には使え、と渡されたのは、紫色の液体が入った小瓶だった。

 任務中の影が持たされる、簡単に死に至る毒薬だ。ずっと教え込まされてきた、自分のミスを無かったことできる薬だと。

 ぎゅっと握りしめて、腰ひもの中に隠し持つ。顔を上げた時には黒い男の姿は消えていた。


 アリシアは少し考えて、マントを脱ぎ棄てた。見つかるわけにはいかないので、土に埋めた。

 汚れた手を自分の頬に擦りつけ、着ている黒いシャツとパンツも土で汚して、さらに少し擦り傷を作り準備を整えた。

 そうして、よろりと体勢を崩しながら、家の玄関扉を力無く叩いたのだ──道に迷ったふりをして。


 驚いたエドガーは家の中に上げてくれた。疲労と擦り傷に効く薬を渡してくれて、部屋が空いているからと快く貸してくれた。

 上手く任務が遂行できているということだろうか。アリシアは借りたベッドの中で、青い瞳を輝かせた。思い出せる限り、影の任務中、労われたことはなかったから、本気で心配そうに擦り傷の手当をしてくれたことに驚いていた。丁寧に包帯が巻かれた腕を胸に引き寄せて浅い眠りについた。



 帰りたくないと駄々をこねて、指示通り居座り続けてひと月が経った頃だった。思いがけず穏やかな任務だったから、気を抜いていたのかもしれない。隠していた小瓶がエドガーに見つかってしまった。


「おい、アリシア、この薬は……なるほど、お前は影か」


 影は王を守るもの。秘密裏に行動し、王のために存在する。

 王弟殿下であるエドガーは影の存在を知っていて、さらには薬に詳しい。誤魔化すことはできなかった。アリシアの狙いにも気づいたようだった。

 アリシアを見る彼の目に哀れみが混じる。ただ一瞬だ。


「これは処分しとく。文句あるか?」


 俯いて首を横に振った。

 取り上げられた理由は、アリシアを死なせないため。他には罰もない。ただ自分を想ってくれたことが、不謹慎にも嬉しかった。


 森の中での生活は、まるで普通のひとのような生活だった。ずっと永遠に続けばいいのにと思うほど、エドガーと離れたくなかった。しかし、自分を殺しにきた人間と、誰が一緒に暮らしてくれるだろう。

 後ろを向いたエドガーから舌打ちが鳴る。

 夢が壊れる音を聞きながら、これが最後であるならば、とアリシアは呟いた。初めて持った感情を、この言葉以外で表せなかった。


「…………好き」


 タイミングとしては最悪。けれど伝えるなら今しかないと思った。その屈強な腕で、切り捨てられたとしても文句は言えないのだから。

 エドガーは一度目を瞠り、次いで目から光が消えた。


「……ふざけんな。お前は俺を殺しに来たんだろ? しっかりしろ」


 淡々と、目を合わせて諭すように。


「そんな色仕掛けもどき、何にもならん。そんなことしなくたって追い出さないし殺さねえから」


 そう言ったエドガーに反論することもできず、想いはそのまま胸の奥底にしまい込んだ。



 そうしていまだ、なぜか追い出されることも殺されることもなく、影だとバレる前と変わらない生活をしている。不思議だ。



 ***



「よくこんなに薬草を集めたね?」


 調合部屋にある壁一面の木棚には、たくさんの種類の乾燥した葉が瓶に保管されている。

 アリシアにはそれが何の薬草なのか見当もつかないけれど、エドガーにはわかるようだ。


「ああ、やらんぞ」

「別にいらないしー」

「おっと、お前は絶対に触るなよ? 何を入れられるかわかったもんじゃねえからな」

「はいはい。毒なんて入れないってば」


 趣味の薬草に興味を示したことがよほど嬉しかったのか、いつもより口数が増えたエドガーは、薬草にしか興味がない少年のようで可愛かった。


「買ったものが多いが、自分で採ってきたものもあるんだぞ、これとか」


 へえ、と少しだけ顔を近づけると、珍しくエドガーが笑っていた。


「昔、これを採りに行ったときにな、崖から落ちかけたんだよなあ」


 笑って言うセリフではないと思いつつ、アリシアはその光景を簡単に想像できた。

 城の隙間から抜け出したエドガーが、薬草を探しに森へと向かう。幼い身体では採るのが難しい、崖下の岩場へ手を伸ばす姿だ。

 危なっかしくて見ていられるものではない。


「それを小さい身体で助けてくれたやつがいたんだ。俺もまあ小さかったしな、目以外が隠されたそいつのことを、調べる術を持たなかったんだわ。だけどな、その目は忘れたことがない」


 いつもの苛々した表情ではなく、柔らかく緩んだ顔だった。そんな顔は初めて見る。気に入らないような、少し照れくさいような、何とも言えない気持ちになった。


「綺麗な色だったよ。そうだな……ちょうどお前のような青だ」


 覗き込まれて、どきっとした。

 もしかしたら何もかも知っているのかもしれない。どぎまぎする内心を悟られないように気を引き締めた。


「へーえ、危ないところを助けてくれるなんて、優しい人だったんだ」

「どうだろうな。俺に優しいと思わせる、思わせないといけない理由があったのかもしれんが」

「えー。考えすぎー」

「見張るために、いや殺すためか? 俺のテリトリーに入ってくる奴もいるくらいだからな。どんな理由があったって驚かねえよ」

「怒らないでってば。謝ったでしょ。もう、そんなに嫌なら追い出せばいいじゃない」


 けらけらと笑ったが、アリシアの脳裏には、満面の笑みでお礼を言う幼いエドガーの姿が思い浮かんでいた。

 王の影として未熟だったアリシアは、一人で城を抜け出したエドガーが気になって後をつけた。何の理由もなかったが、敢えて言うなら、光の中、金色に輝く髪が綺麗だと思ったのかもしれない。黒い髪の自分とは違い、隠れて生きる自分とも違い、光の中に生きる姿が眩しかった。

 利も何も考えず、無邪気に救いの手を差し伸べたのは、あの時が最初で最後だったからよく覚えている。


 だから、与えられた任務には驚いたものだ。失踪したエドガーと再会できるとは思わなかった。

 ボロボロの格好で扉を叩くと、記憶にある幼い少年ではなく、立派な男性が現れたことにもどきどきした。

 しかし、その表情は、崖の端で手を引いた後、心配そうに怪我はないか確認してくれたときと同じで。憔悴しているフリがバレないように、緩みそうになる口元を引き結んだのだ。




 黒いフードの男からはまだ指示がない。

 現王がまだ生きているということだろうか。それとも無事王子殿下が跡を継いだのか。

 この生活が少しでも長く続くように、とアリシアは毎夜、埋めたマントに願うのだ。

 政権争いから逃げた王弟殿下……薬草いじりに浸かるだけの彼が再び担ぎ出されることがないように。エドガーを殺す理由がなくなりますように、と。



 ──王子殿下が王となった知らせが届いたのは、それからもうしばらく経ってからだった。


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