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お見合い

「そうか。じゃあ、今すぐ交渉と行こう」


 ────と、告げた二十分後。

無事交渉は成立した。

まあ、かなりゴネられたが。

『ヒューからすれば、究極の選択だっただろうからな』と考えつつ、俺は車のところに戻って再出発。

今度こそ、お見合い場所である旅館に辿り着いた。


 貸し切りにしたからか、随分と静かだな。

でも────人の数はかなり多い。隠れている奴も合わせて。


 『単なる護衛や従業員なら、それでいいが……』と思いながら、俺は二階へ上がる。

そして、女将に案内されるまま角部屋へ入ると────


「お待ちしておりましたわ、彰さん」


 ────お見合い相手である桃髪の女性が、出迎えてくれた。

わざわざ立ち上がって挨拶してくる彼女は、黄色がかった瞳をうんと細める。

と同時に、着物の袖を少し揺らした。


「さあ、こちらへどうぞ」


 自分の向かい側の席へ促し、彼女は俺の着席を待って座椅子に再度腰掛ける。

すると、示し合わせたかのように女将がお茶を運んできた。


「それでは、ごゆっくり」


 床に手をついて一礼し、女将は部屋を辞していく。

他の者もそれに続き、俺はお見合い相手と二人きりになった。


 さて、何を話すか。


 などと考えていると、お見合い相手の方が先に口火を切る。


「改めまして、八神(やがみ)律子(りつこ)です。本日はよろしくお願いします」


 優雅にお辞儀してニッコリと微笑み、八神律子はこれでもかというほど完璧な立ち振る舞いをした。

さすがは関西最大規模の暴力団組織 八神組の長女とでも言うべきか……。

『全く隙がないな』と思いつつ、俺は腕を組む。


「桐生彰です。こちらこそ、よろしく頼みます」


「ええ、もちろんです。ところで、その赤いシミは?」


 少しばかり身を乗り出して俺の袖に注目し、八神律子は首を傾げた。

パチパチと瞬きを繰り返す彼女の前で、俺はお茶の入ったコップを持ち上げた。


「これはマーキング……じゃなくて、返り血です。家を出る直前に、襲撃に遭いまして」


「まあ!大丈夫でしたの?」


 口元に手を当てて驚き、八神律子は心配そうにこちらを見つめる。

見るからに狼狽えている彼女を前に、俺はコップを口元へ近づけた。

と同時に、そっと傾ける。


「ええ、問題ありません。真白が皆殺しにしましたので」


「そうでしたか。なら、安心ですわね」


 『ご無事で何よりです』と微笑み、八神律子はホッと胸を撫で下ろした。

かと思えば、困ったように眉尻を下げる。


「それにしても……前回(・・)に引き続き、今回()襲撃に見舞われるなんて本当に災難ですわね。私達のお見合いは呪われているのかしら?」


 前回はお見合い場所である桐生組の別荘で、今回は出発前桐生組の本邸で、行われた襲撃……そのどちらも八神律子と会う直前の出来事なので、不安を覚えても仕方ない。


「東と西、それぞれのトップの血族が縁を結ぼうとしているのです、多少なりとも横槍は入るでしょう」


 とはいえ、こっちに結婚する気などないが。


 基本真白にしか興味のない俺は、冷めた目で八神律子を見つめる。

と同時に、コップをテーブルの上へ戻した。


「まあ、不幸中の幸いなのは貴方の居ないタイミングで起きていることですね」


「あら?心配して下さっているの?」


 『お優しいのね』と感心する八神律子に、俺は小さく首を横に振る。


「いや、単純に面倒なだけです。襲撃に貴方まで絡むと、余計な手間が増えますから」


 袖口に出来たシミを隠しつつ、俺はゆっくりと手を下ろした。

すると、八神律子は心底愉快そうに笑う。


「うふふふっ……だとしたら、今回は(・・・)相当面倒かもしれませんわね」


「ああ、そうですね」


 間髪容れずに首を縦に振り、俺は勢いよくテーブルに突っ伏す。

その反動でコップが倒れ、中のお茶を零した。


「あらあら、思ったより早く効果が現れましたね。もしかして、量が多すぎたのでしょうか?ごめんなさい。私、人に毒を盛るのは初めてなもので」


 『色々と不慣れなんです』と明かし、八神律子は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

が、罪悪感などは一切なさそうだった。


「ちゃんと急性心不全のような症状になるかしら?そうじゃないと、困るのだけど」


 死因はあくまで病死がいいのか、八神律子は不安そうな素振りを見せる。

悩ましげに眉を顰め、おもむろに席を立った。


「いっそのこと、もっと毒を飲ませた方が……」


 自分用のコップを手に取り、八神律子はこちらへ足を運ぶ。

と同時に、俺の肩へ手を掛けた。


「────えっ?」


 いきなり床に押し倒された八神律子は、目を丸くして固まる。

一体、何が起きているのか分からないのだろう。


「無闇に距離を詰めるなんて、不用心だな。それでも、極道の女か?」


 八神律子の両腕を片手で拘束しつつ、俺は一つ息を吐いた。

予想以上の弱さに、拍子抜けしてしまって。


「まあ、確実にお前(・・)を捕らえられたのは有り難いが」


 八神律子の腹に膝をめり込ませ、俺は『さて、どうしてやろうか』と考える。

────と、ここで彼女が平静を取り戻した。


「な、何で毒が効いていないの……!?」


「そりゃあ、飲んでいないからだな」


 ヒューからの情報で事前に毒殺計画のことを知っていたため、俺は飲んだフリだけしてきた。

お茶にもコップにもあまり触れないよう、細心の注意を払って。


「う、嘘よ!?私、ちゃんと貴方が飲んでいることを確認したわ……!お茶の量だって、確かに減っていた!」


 『間違いない!』と喚き、八神律子は真っ直ぐこちらを見据える。

絶対的自信を持つ彼女に対し、俺は袖に隠しておいたハンカチを見せた。


「布に液体を染み込ませて、飲んでいる風を装っていたんだ。ホステスがよく使っている手なんだが、知らないか?」


 『残念ながら、ちょっと失敗してしまったが』と肩を竦め、俺は袖口に視線を向ける。

そこには、真白のつけた返り血の他にお茶を零した時に出来たシミがあった。

『正直、いつ八神律子にバレるかヒヤヒヤしていた』と思い返す中、彼女は大きく瞳を揺らす。


「そ、そんな手で……」


 蓋を開けてみればなんてことない対抗策に、八神律子は愕然とした。

見抜けなかったことを悔いているのか歯軋りする彼女の前で、俺は懐から拳銃を取り出す。


「お喋りはこの辺にして、そろそろ本題へ入るぞ」


 そう前置きしてから、俺は八神律子の額に銃口を突きつけた。

と同時に、彼女はビクッと肩を揺らして狼狽える。


「ま、待って……!今、私を殺したら八神組と桐生組の間にとんでもない亀裂が入るわよ!?いいの!?」


 さすがは八神組の長女とでも言うべきか、追い詰められた状況でも強気に出た。

他のやつみたいに泣いて許しを乞う、という選択肢はないらしい。

『可愛げのない女だな』と思いつつ、俺は拳銃の安全装置を解除する。


「前回と今回の襲撃にお前が関与した証拠は、もう押さえている。だから、殺しても問題ない」


 『桐生組の若頭を狙ったんだ、八神組も文句は言えまい』と主張し、引き金へ指を掛ける。


「まあ、もっとも────八神組と事を構えることになっても、俺は別にいいけどな。真白を思い切り、遊ばせてやれるから」


 活き活きとした様子で戦場を駆け回る真白が容易に想像でき、俺は思わず頬を緩めた。

『あいつ、喜ぶだろうな』と考えながら。


「く、狂っている……」


 青ざめた顔でこちらを見つめ、八神律子は小刻みに震える。

ようやく感情が追いついてきたのか、恐怖と不安を露わにした。


「だ、れか……誰か居ないの!?居るでしょ……!ねぇ!早く部屋に来て!」


 扉に向かってキャンキャンと吠え、八神律子は味方を呼ぼうとする。

が、誰も来ない。それどころか────


「────物音一つしない……?」

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