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寄り道

◇◆◇◆


 ────一番目の兄に絡まれてから、早一ヶ月。

俺は相次ぐ襲撃と組の仕事に追われ、多少なりとも疲弊していた。


 はぁ……これで記念すべき十回目の襲撃だな。


 真白によって皆殺しにされた敵を見やり、俺は溜め息を零す。

極道に生まれた以上、常に命を狙われるのは分かっていたが、最近あまりにも多すぎて……。

『特にここ一週間は毎日のように襲撃されていたし』と思い返しつつ、俺は血の海を一瞥する。

と同時に、真白がこちらを振り返った。


「ねぇ、若くん。本当に全員、殺しちゃって良かったの〜?」


「ああ。どうせ、また自決……いや、殺される(・・・・)のがオチだからな」


「あっ、やっぱりアレって自殺じゃなかったんだ〜」


 『そんな気はしていたんだよ〜』と語り、真白は刀を鞘に収める。

────と、ここで俺のスマホが鳴った。


「そろそろ、約束の時間か」


 前日に設定しておいたアラームを止め、俺は上着を羽織る。

そのままさっさと出掛けようとする俺の前で、真白は少しばかり口先を尖らせた。


「若くん、本当に行っちゃうの〜?」


「ああ」


「え〜?やだやだ、行かないでよ〜。せめて、僕も連れて行って〜」


 返り血塗れの手で俺の服を掴み、真白は引き止めてくる。

留守番を言い渡されたのが、余程面白くないらしい。


「却下だ」


「何で〜?」


「連れて行ったら────相手の女(・・・・)をぶち殺すから」


「だって、若くんとお見合いなんて気に食わないも〜ん」


 組同士の付き合いの一環でセッティングされた場に、真白はこれでもかというほど不満を示す。

一応断る予定ではあるものの、そういう目的で女性に会わないといけないのが嫌なようだ。

要するに嫉妬である。


「ったく……俺はお前のものだって、何度も言っているだろ。何も心配するな」


「ん〜……でも〜」


「それにどうせ、普通のお見合いにはなんねぇーよ。お前にも、ちゃんと話しただろ?」


 先日説明した作戦について触れると、真白はそっと眉尻を下げる。


「うん……だからこそ、一緒に行きたいんだよ」


 先程とはまた違う意味の心配をしているのか、真白は少しばかり悩む仕草を見せた。

本当にこのまま送り出していいのか?と。

不安そうにこちらをじっと見つめる真白の前で、俺は一つ息を吐く。


「安心しろ。ちゃんと無事に帰ってくるから」


 ポンポンッと真白の頭を撫で、俺は優しく宥めた。

すると、彼は服を掴む手を少し緩める。

 

「ちゃんと五体満足で帰ってこなきゃ、嫌だよ?」


「ああ、分かっている」


 真白の手をやんわり解いてそっと持ち上げ、俺は唇を落とした。

必ず生還する、という誓いを立てて。


「その代わり、ここの掃除(・・)は頼むぞ」


 『ただ留守番させるために置いて行くんじゃないぞ』と示し、俺は手を離す。

と同時に、真白はキスされた手の甲へ唇を寄せた。


「うん、隅々まで綺麗にしておくね〜」


 うっとりした目でこちらを見据え、真白は『任せて』と胸を張る。

日本刀に手を掛けてやる気満々の彼を前に、俺は今度こそ踵を返した。

そして、予め手配しておいた黒塗りの高級車へ乗り込むと、お見合い場所のホテル────ではなく、繁華街に向かった。

ちょっと寄りたいところが、あったので。


「お前らはここで待機していろ」


 組員の運転手と用心棒にそう告げ、俺は一人街中に足を踏み入れる。

『地図だと、この辺なんだが』と辺りを見回し、スマホと睨めっこしていた。

────と、ここで突然背後から肩を叩かれる。


「彰さん、こっちです」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、俺は反射的に後ろを振り返った。

すると、そこには青のパーカーに身に包んだ青年が。

深くフードを被り黒のマスクを着用する彼は、近くの路地裏を指さす。


「あっちで話しましょう」


「ああ」


 促されるまま路地裏へ足を踏み入れ、俺はパーカーの男へ向き直った。

と同時に、腕を組む。


「久しぶりだな、ヒュー」


 今回の寄り道の目的であり理由である人物を前に、俺はスッと目を細めた。

相変わらず、人相の分からない相手を見つめながら。


「お前は本当に変わらないな。その不審者みたいな格好なんて、特に」


「不審者とは、人聞きが悪いですね。というか、俺より今の彰さんの方がよっぽど怪しく見えますよ」


「はっ?」


 周りに怪しまれるような格好をした覚えはないため、思わず怪訝な表情を浮かべる。

『和装だから、目立つってことか?』と思案する中、ヒューはコテリと首を傾げた。


「あれ?気づいてませんでしたか?そこの袖口────()で汚れてますよ」


 ヒューは俺の手元を指さし、『結構ベットリ付いてます』と述べた。

と同時に、俺は指定された箇所を確認する。


 これは……確かに血だな。しかも、わりと真新しい。

多分、家を出る直前くらいに付いたものだと思う。

でも、特にこれと言って心当たりは……。


 出掛ける前に受けた襲撃を思い返し、俺は『返り血、浴びなかったよな?』と考える。

そのとき、ふと真白の存在が脳裏を過ぎった。


 そういえば、あいつ────返り血塗れのまま、俺に触れていたな。

タイミングを考えても、真白が元凶としか思えない。


 パズルのピースが全て嵌るような感覚を覚えながら、俺は嘆息する。


 全く、あいつは……マーキングのつもりか?

こんなことをしなくても、見合いはちゃんと台無しになるというのに。

まあ、真白なりの精一杯の抵抗と思えば悪くないが。

せっかくだから、このままにするか。

どちらにせよ、今から着替えるのもクリーニングに出すのも不可能だしな。


 『寄り道のために早出したとはいえ、そこまで時間はない』と考えつつ、俺は小さく肩を竦めた。


「……まあ、そういう柄に見えなくもないだろ」


 手形っぽく見える血痕を一瞥し、俺は放置を決め込む。

『えぇ……』というヒューの視線を無視して、顔を上げた。


「それより、例のものを出せ」


 ここに来てようやく本題へ入った俺は、片手を差し出す。

すると、ヒューは


「どうぞ」


 スマホよりやや大きいサイズのメモ帳を手渡してきた。

そこには、こちらの欲しかった情報がズラリと並んでいる。

さすがはプロの情報屋とでも言うべきか、期待以上の成果だ。


「確認した。内容に問題はない。料金は後ほど支払う」


 開いたメモ帳を閉じて懐に仕舞い、俺は『いつものロッカーに現金を入れておく』と話した。

ネット社会の現代にそぐわないアナログ手法だが、ヒューたっての希望なので仕方ない。

個人情報に繋がるような証拠は、極力残したくないようだから。

『徹底的に顔を隠して、偽名を使っているのもそのため』と思案する中、彼はフードの先端を引っ張る。


「分かりました。それじゃあ、俺はこれで」


 『長居は無用だ』と言わんばかりにさっさと踵を返そうとするヒューに、俺は


「待て」


 と、制止の声を掛けた。

その途端、彼は足を止めてこちらを振り返る。


「まだ何か欲しい情報でも、あるんですか?」


「いや、違う────お前の本業(・・)の方で、話がある」


 ヒューにとって、情報屋はあくまで副業。本業では、ない。

だからこそ、今日こいつのもとを訪ねてきた訳だが。


「依頼ですか?」


 どこか鋭い雰囲気を放つヒューに対し、俺はコクリと頷く。


「ああ。急ぎなんだが、引き受けてくれるか?」


「内容次第ですけど、予定は空いているんで対応可能ですよ」


 『ここ最近、めちゃくちゃ暇なんで』と言い、ヒューはパーカーのポケットに手を突っ込んだ。

とりあえず話を聞こうとする彼の前で、俺は前髪を掻き上げる。


「そうか。じゃあ、今すぐ交渉と行こう」

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