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八神哲彦

◇◆◇◆


 ────時は遡り、作戦開始時刻を過ぎた直後のこと。

俺は真白と共に、八神哲彦の潜伏している別荘へ乗り込んでいた。

目の前の敵を片っ端から、薙ぎ倒しながら。


 やっぱり、ここが当たりみたいだな。


 ただの別荘にしては明らかに数の多い警備を前に、俺はスッと目を細める。

『ヒューに情報収集を依頼して良かった』と思いつつ、先を急いだ。

相手に反撃する隙も、脱出する(いとま)も与えたくなかったので。


「あっ、一人どっかに行っちゃった〜」


 露払い役として先頭を走っている真白は、顔だけこちらに向ける。


「ねぇ、追い掛けた方がいい〜?」


 『討ち漏らし厳禁なんだよね〜?』と言い、真白は方向転換を図ろうとした。

が、俺に阻まれる。


「いや、放っておいていい。外に────ヒューを待機させてあるから」


 『俺達がわざわざ手を下すまでもない』と告げ、俺は真白の腰を抱き寄せた。

このまま真っ直ぐ突き進むよう促しつつ、一気に廊下を駆け抜ける。


「────ここだな」


 鬼が描かれた襖を見つめ、俺は足を止める。

と同時に、隣へ視線を向けた。


「予定通り、真白は廊下で待機していてくれ」


 『俺一人で行ってくる』と告げると、彼は少しばかり表情を曇らせる。

が、事前に相談して決めたことなので仕方なく首を縦に振った。


「危なくなったら、迷わず言ってね〜」


「ああ、分かっている」


 ポンポンッと軽く真白の頭を撫で、俺は『じゃあ、行ってくるな』と声を掛ける。


「見張りは頼んだぞ」


 八神哲彦の居る部屋を真っ直ぐ見据え、俺は一思いに襖を開け放った。

そして、真っ暗な室内へ足を踏み入れると、真横から何か光るものが。

『ナイフか』と冷静に分析する俺は、拳銃のスライド部分でソレを受け止めた。

と同時に、相手の手首を掴んで引き寄せる。


「かはっ……!」


 威嚇ついでに放った蹴りが鳩尾にでも入ったか、相手の苦しそうな声を耳にした。


 ったく、思った以上に弱いな。


 ぼんやり見える人影を一瞥し、俺は一つ息を吐く。

『拍子抜けもいいところだ』とボヤきつつ、もう一方の手で扉を閉めた。


「お前が八神組の長、八神哲彦だな?」


 確信を持った声色で問い掛け、俺は掴んだ手に力を込める。

すると、相手は呻き声を上げて蹲った。


「そ、そうだ!だから、手を離してくれ!これでは、話も出来ない!」


 まだ自分の立場を分かっていないのか、八神哲彦は対等な存在であるかのように振る舞う。

多分、話し合いで解決出来ると思っているのだろう。

こちらにその気は全くないというのに。

『親父が争いを避けてきたツケか』と思案しながら、俺はただ一言


「断る」


 と、告げた。

その途端、八神哲彦は目を見開いて固まる。


「は、はっ……?何で……」


 青天の霹靂といった様子で動揺を露わにし、八神哲彦は目を白黒させた。

────と、ここで俺が握っていた手首を折る。


「あぐぅ……!」


 よく分からない奇声を上げて仰け反り、八神哲彦は尻餅をついた。

痛みのあまり涙目になる彼を前に、俺はやれやれと(かぶり)を振る。

こんなやつが一連の騒動の黒幕かと思うと、なんだか虚しくて。

でも、それ以上に────


「────まんまと踊らされた自分が、情けない」


 真白のトラウマを呼び覚ましたことを思い出し、俺はそっと目を伏せる。

と同時に、拳銃を強く握り締めた。


「だから、お前に報復することで俺は自分の罪を贖う」


 そう言うが早いか、俺は八神哲彦の足を撃ち抜いた。

すると、彼は患部を押さえて少し前屈みになる。


「ま、待ってくれ……!話を……!」


「却下だ」


 『お前と話すことなんて、ない』と突きつけ、俺は八神哲彦の後頭部を踏みつけた。

容赦なく体重を掛ける俺の前で、彼は身動ぎする。


「桐生組に手を出したことは、悪かった……!全面的に非を認める!」


 ようやく自分の立場を理解したのか、八神哲彦は下手に出てきた。

このままでは殺される、と危機感を抱いたのだろう。


「出来る限りの賠償はする!もう二度と危害も加えない!だから……」


 ────命だけは勘弁してくれ!


 と続ける筈であっただろう言葉は、銃声によって遮られる。

無論、撃ったのは俺だ。


「ぐっ……!」


 八神哲彦は左肩から血を流して悶え、床の畳に爪を立てた。

痛みに耐えるように。


「賠償も不可侵も必要ない。八神組を壊滅させれば、どちらも手に入るからな」


 特に金銭や契約などは発生しないものの、八神組の縄張りをそのまま頂戴し、あちらの主力メンバーを殺せば利益・安全ともに確保出来る。

なので、八神哲彦を生かすメリットなんて一つもなかった。

デメリットなら、たくさんあるが。


「第一、これは報復だと言っただろう。損得勘定で、判断するものじゃない」


 『まず、根本が間違っている』と指摘すると、八神哲彦は歯を食いしばる。

痛みのせいか怒りのせいかプルプルと震える彼を前に、俺は拳銃を構えた。

と同時に、頭へ載せた足をそっと下ろす。


「恨むなら、『裏社会の完全支配』なんてくだらない野望を抱いた自分を恨め」


 八神哲彦の思い描いていた最終目標を口にし、俺は引き金に指を掛けた。

憎悪と絶望に苛まれている様子の彼を見つめ、しっかり狙いを定める。

そして、一瞬の躊躇いもなく銃を撃った。

頭から血を流して倒れる八神哲彦を前に、俺は肩の力を抜く。


 嗚呼、やっと終わった……これで────真白に謝れる。


 足元に出来た血溜まりを一瞥し、俺は『早く真白のところへ行こう』と踵を返した。

報復という名の贖罪を終えたからか、妙に足が軽い。

胸の奥でずっと渦巻いていた罪悪感が消えたのを感じながら、俺は襖に手を掛ける。

そこで、ピタリと身動きを止めた。


 どうやら……かなり緊張しているみたいだな。


 どこか他人事のように自分の異変を捉え、俺は苦笑を漏らす。

真白と出会ってから本当に感情豊かになったな、と感じて。

なんだか感慨深い気持ちになりつつ、俺は真白との思い出を振り返った。

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