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不器用《惇 side》

「それじゃあ、残りの敵を片付けようか」


 まだ戦いは終わっていないことを告げ、静は拳銃に新たな弾を装填した。

『一匹でも取り逃がしたら、彰に大目玉を食らうよ』と述べる彼を前に、俺と次男嫁は背筋を伸ばす。

あいつの恐ろしさは身に染みて、理解しているため。


 いや、別に彰のことが怖い訳じゃないぞ?ただ、目の前の地雷をわざわざ踏む必要はないというだけで……。


 などと心の中で言い訳しつつ、俺は踵を返した。

そして廊下へ出ると、三階の各部屋から順番に確認していく。


 八神哲彦が主力メンバーを一緒に連れて行ったのか、あまり手応えのあるやつが居ないな。

正直、つまんねぇ。

これなら、ウチの部下達に稽古をつけていた方がマシだ。


 逃走を図る敵に銃弾を放ちながら、俺は溜め息を零す。

────と、ここで一階の最奥の部屋へ辿り着いた。

『あとはここだけだな』と思案する俺は、扉を開いて中を確認。

一応隅々まで見て回ったが、人の姿はなかった。


 まあ、ここに身を潜めるくらいなら一縷の望みに賭けて外へ出るよな。

一階だから、簡単に脱出出来るし。

とはいえ、逃げ切るのは不可能だろうけど。

この建物はもう包囲しているから。


 『ウチの部下に捕まって終わりだ』と考え、俺は開きっぱなしの窓を一瞥した。


「そろそろ、引き上げるか」


 その言葉を合図に、俺達は車へ乗り込み帰路につく。

一応、連れてきた部下の半分は見張りのため残したが、きっと大丈夫だろう。

『何事もなく夜が開ける筈だ』と確信する中、俺達を乗せた車はある店の前で止まった。


「……おい、静」


 見覚えのある外観を前に、俺は思わず眉を顰める。

というのも、ここは────雛森咲良がオーナーを務める店だから。

『静のやつ、何を企んでやがる』と警戒する俺の前で、彼は苦笑を漏らした。


「そんなに怒らないでよ、兄上。勝手に連れてきたのは謝るけど、これは僕なりの気遣いなんだから」


「あ”ぁ?余計なお節介の間違いじゃねぇーのか?」


 鋭い目つきで静を睨みつけ、俺は苛立たしげに頭を搔く。

今にもぶち切れそうな俺を前に、静はこう言葉を続ける。


「まあまあ、話は最後まで聞いてよ。実は先日────たまたま雛森咲良に会ってね。そのとき、兄上のことを相談されたんだよ。『最近、惇さんの様子がおかしい。何か知らないか』って」


「!」


 ピクッと僅かに反応を示し、俺は少しばかり態度を軟化させる。

いや、驚いて毒気が抜けるとでも言おうか。

肩から力を抜いて黙り込む俺を前に、静は顎に手を当てた。


「さすがに抗争のことは話せなかったから言葉を濁したけど、何か重大なことが迫っているのは彼女も察している様子だった。だからこそ、兄上のことを凄く心配していたよ。無茶していないか、ってね」


 じっとこちらを見つめ、静はゆるりと口角を上げる。

と同時に、俺の肩を軽く叩いた。


「そういう訳で、早く彼女を安心させてほしいんだ」


 『ここへ連れてきたのは、そのため』と語り、静は早く会いに行くよう促してくる。

雛森にもう連絡していることを付け加える彼の前で、俺は目頭を押さえた。


「……話は分かった。でも、一つ納得が行かない。何故、そのことを今日まで黙っていたんだ?」


 『もっと早く言えただろう』と指摘する俺に対し、静はスッと目を細める。


「それは偏に兄上のコンディションを崩さないため、だよ」


「はぁ?」


「雛森咲良の話を聞いたら、抗争に集中出来ないと思ったんだよ。こう言っちゃなんだけど、兄上って不器用だからさ」


 『二つのことに気を割くなんて、出来ないでしょ』と主張する静に、俺は反論出来なかった。

自分があまり要領のいい人間じゃないのは、分かっているため。

それでも、『もっと早く知りたかった』と願うのは────雛森に関連することだからだろうか。


「……チッ!」


 切なく鳴く鼓動を前に、俺は奥歯を噛み締める。

もう取り返しのつかないところまで、来ていることを悟りながら。

『こんな気持ち、いつかは手放そうと思っていたのに……』と思いつつ、俺は車の扉を開け放つ。


「迎えはいらない。さっさと行け」


 そう言うが早いか、俺は車を降りた。

と同時に、扉を閉める。

背後で鳴るエンジンの音を他所に、俺は店の扉へ手を掛けた。


 ……開いている。


 『営業時間はとっくに過ぎているんだから、閉めとけよ』と思いながら、俺は扉を開けた。

すると、グラスを磨いていた雛森が顔を上げる。


「惇さん」


 どこかホッとしたように表情を和らげ、雛森は席を立った。

かと思えば、こちらへ駆け寄ってくる。


「おかえりなさい。全て上手くいったようですね」


 俺の顔を見てニッコリ微笑み、雛森は『良かった』と胸を撫で下ろす。

どうやら、彼女には全部お見通しらしい。


「……こっちはお前の不安に気づいてやれなかったのに」


 『不公平だ』なんて子供じみた考えを持つ自分に、心底嫌気が差す。

でも、これが俺の本心だった。


「えっ?今なんと?」


 よく聞こえなかったのか、雛森は不思議そうにこちらを見つめる。

『もう一度、仰っていただけますか?』と述べる彼女を前に、俺はガシガシと自身の頭を搔く。


「別に何でもねぇーよ。ただの独り言だ。それより────」


 そこで一度言葉を切ると、俺は紺の瞳を見つめ返した。


「────お前、もうすぐ借金完済だろ?」


 『まあ、お前の作った借金じゃねぇーけど』と肩を竦めつつ、俺は腕を組む。


「これから、どうするつもりだ?」


 話題変更がてらずっと気になっていたことを問い掛け、俺は『行く宛てはあるのか』と心配した。

その途端、雛森は暗い表情を浮かべて俯く。

紺の瞳に憂いを滲ませながら。


「可能な限り、ここで働こうと考えています。今更、普通の仕事に就いても上手くやっていける自信がありませんから。そもそも、学のない私では雇ってもらえないでしょうし」


 『もう身寄りもありませんので』と語り、雛森はどこか寂しそうに笑う。

家族のために世間体を気にする必要がないことを、便利だと思うのと同時に憂いているのだろう。


「そうか」


 気の利いた言葉一つ掛けられない俺は、ただ相槌を打つことしか出来なかった。

我ながら、凄く無愛想だと思う。

『彰より、酷いかもしれない……』と自責しつつ、俺は天井を見上げた。


「……なら、俺のところに来たらどうだ」


「えっ?」


 思わずといった様子で声を上げ、雛森はパチパチと瞬きを繰り返す。


「そ、れは……あの……どういう意味でしょうか?」


 『仕事の勧誘?それとも……』と思案する雛森に、俺は一瞬黙り込んだ。

ちゃんと言葉にするのは、躊躇われて。


 嗚呼、クソッ……何でこんなに心臓が……下克上のときですら、もう少し落ち着いていたっつーのに。


 『どんだけ緊張してんだ』と自分に呆れながら、俺は腹を括る。

こうやってウジウジ悩んでいるのは性に合わない、と奮起して。


「だから────俺のところに嫁に(・・)来いって、言ってんだよ」


 確かな意志と覚悟を持ってそう答えると、雛森は大きく目を見開いた。

かと思えば、感極まった様子で涙ぐむ。


「じゃ、じゃあ惇さん()私のことを……」


「ああ、愛している。じゃなきゃ、連絡先なんて交換しねぇーし、わざわざ会いに来ねぇーよ」


 『こんな対応をしたのは、お前が初めてだ』と言い、俺は小さく息を吐く。

と同時に、サングラスを押し上げた。


「で、返事は?」


 きちんと手応えは感じているものの、上手くいく保証はどこにもないので少し不安になる。

『なんせ、こっちは極道だからな……』と思い悩む中、雛森は俺の手を優しく握った。

うんと目を細めながら。


「もちろん、喜んでお受けします」


 『私も惇さんのことを愛しているので』と宣言し、雛森は幸せそうに微笑む。


「ふつつかものですが、末永くよろしくお願いします」


 余程嬉しいのか僅かに声を弾ませ、雛森は真っ直ぐこちらを見据えた。

喜びで満ち溢れた瞳を前に、俺は少しばかり表情を和らげる。


「ああ、よろしく」


 やっぱり気の利いたこと一つ言えない俺は、ただただ頷くだけ。

でも────決して、雛森の手は離さなかった。

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