表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

解放《真白 side》

「……バイバイ、お母さん」


 スッと無表情になって前を見据え、僕はゆっくりと立ち上がる。

不思議と以前のような怠さはなく、とても体が軽かった。

もう痛みや苦しみだって感じず、スタスタと玄関へ向かう。

そこで靴を履き直すと、僕はさっさと家を出た。

特にこれと言って目的もなく昼下がりの住宅街を歩き回り、ふと顔を上げる。


 あっ、そうだ、お風呂。


 近くの家から昇る湯気を見て、僕は帰宅した理由を思い出した。

が、また家に帰るのは面倒で少し悩む。


「────まあ、他所の家から借りればいいか」


 すぐ横に建つ一軒家を見上げ、僕はポケットに手を突っ込む。

と同時に、インターネットを鳴らした。

すると、玄関から若い女が姿を現す。


「えっと、何の御用で……ひっ」


 僕の薄汚れた姿に驚いたのか、はたまたカッターに怯んだのか……彼女は腰を抜かした。

カタカタと小刻みに震える女を前に、僕はヘラリと笑う。


「お風呂、借りるね〜」


 そう言うが早いか、僕は玄関へ近づき────女の腹を刺した。

『かはっ……!』と血を吐き出す彼女の前で、僕は


「お邪魔しま〜す」


 家の中へ足を踏み入れる。

そして、お風呂場へ直行すると、勝手にシャワーを借りた。

ついでに洗濯機も。


「う〜ん……やっぱり、汚れ落ちないか〜」


 まだうっすら血痕が残っているパーカーを前に、僕は小さく肩を竦める。


「どうせまた(・・)汚れるし、別にいいか」


 ────と、割り切った数ヶ月後。

僕は連続殺人事件の犯人として指名手配され、追われる身になった。

というのも、昼夜問わず場所選ばず人を殺すようになったから。


 今の僕には、もう殺人衝動しか残っていない……空っぽの人間なんだ。


 理性と感情が抜け落ちた状態の僕は、今日もまた他人に刃を向ける。

少しばかり表情を強ばらせる相手の前で、僕は迷わずカッターを振り下ろした。

と同時に、返り血を浴びる。

『とりあえず、一人目』と数えながらカッターを持ち直し、後ろを振り返った。

その瞬間、夜を詰め込んだような黒い瞳と視線が交わる。


「────おい」


 黒い瞳の持ち主は怖気付く様子もなく、声を掛けてきた。

『極道だから、こういう荒事慣れているのかな』と思案する僕を前に、彼はこちらへ向かってくる。

なのでいつでも動けるよう身構える中、黒い瞳の持ち主は


「俺のところへ来い」


 と、宣った。

あまりにも唐突な申し出に、僕はもちろん仲間の男達まで『えっ?』と声を上げる。


「僕、君の部下?同期?殺したんだけど……?」


「それがどうした」


 怪訝そうな表情を浮かべ、黒い瞳の持ち主は腕を組んだ。


「俺にとって、そいつはそこまで重要な存在じゃない。あくまで、替えの効く駒。いや、消耗品。だから、どうなろうが構わない」


 『また新しいやつを補充するだけだ』と告げ、黒い瞳の持ち主は顎に手を当てる。


「それより、お前の話だ」


 本当にお仲間の死には興味ないようで、彼は本題へ戻った。

かと思えば、こう言葉を続ける。


「もし、俺のところへ来るなら衣食住は保証する。他にも必要なものがあるなら、言え。全て用意する」


 真剣な面持ちでこちらを見据え、黒い瞳の持ち主はスッと目を細めた。

と同時に、僕は一つ息を吐く。

『全て用意する、ね……』と心の中で反芻しながら。


「じゃあ────僕が毎日たくさん人を殺したいって言ったら、その通りにしてくれるの?」


 彼の首筋へカッターを宛てがいつつ、僕は半笑いで尋ねた。

そんなのいくら極道でも無理だ、と分かった上で。

『僕の(さが)を認めてくれる人なんて、居ないんだ』と決めつける中、黒い瞳の持ち主は


「ああ」


 と、首を縦に振った。一瞬の躊躇いもなく。

ハッと息を呑んで固まる僕を前に、彼は自身の顎を撫でる。


「ただ、ターゲットは限定されるかもしれない。出来るだけ、お前の好きなようにさせたいが……今の俺の立場では、少々難しいな」


 そっと目を伏せて悩むと、彼はおもむろに天井を見上げた。


「……上を目指すか」


 半ば独り言のようにボソリと呟き、黒い瞳の持ち主は覚悟を決める。

と同時に、こちらへ目を向けた。


「お前の願いを完全に叶えるのは現状不可能だが、近いうち必ず環境を……遊び場を整える。だから────俺のところへ来てくれ」


 再度そう呼び掛け、黒い瞳の持ち主はこちらへ手を差し出した。

切りつけられる不安など、諸共せず。

こっちの手には、刃を出したカッターがあるというのに。


「……目的は?見返りに何をさせるつもりなの?」


 裏があるとしか思えない話に、僕は不信感を抱いた。

『きっと、とんでもない要求をされるんだろう』と予想する僕の前で、黒い瞳の持ち主は口を開く。


「────特にない」


「はっ?」


「ただ、お前が欲しいだけだ」


 恥ずかしげもなくそう言ってのけ、黒い瞳の持ち主は小さく肩を竦めた。

が、納得していない様子の僕に気づくと、こんな言葉を投げ掛ける。


「まあ、強いて言うなら……“俺の傍に居て欲しい”。それが目的であり、こちらの求める見返りだ」


「……ますます意味が分からないね」


 やれやれと(かぶり)を振り、僕は額に手を当てた。

と同時に、黒い瞳を見つめ返す。


「どうして、そこまで僕に固執するの?」


 『単なる人殺しだよ?』と言い、僕は怪訝な表情を浮かべた。

すると、黒い瞳の持ち主は迷わず


「お前のことが────好きだからだ」


 と、答える。

その瞬間、僕の心が息を吹き返したような気がした。

────かと思えば、現実へ意識を引き戻される。

真っ先に血に濡れた日本刀と白いスーツを目にする僕は、『あれ?なにこれ……』と戸惑った。

が、青髪の男の死体を見るなり全て思い出す。


 そうだ、外部勢力の主犯格を捕らえるためにここへ来て……それで……それで……。


 主犯格の放ったセリフが脳裏に甦り、僕は身を竦めた。

『母』という存在を頭に思い浮かべるだけで、動悸が激しくなってしまって。

『嗚呼……痛い、苦しい』と嘆く中、不意に腕を引かれる。


「こっちを見ろ、真白」


 そう言って、僕の頬に手を添えるのは他の誰でもない若くんだった。

ピクッと僅かに反応を示す僕を前に、彼は


「母親と何があったかは知らないが、今は俺がお前の保護者で恋人で家族だ」


 と、告げる。

お前は一人じゃない、と示すように。


「俺一人では、不服か?」


 『もっと味方を作りたいのか』と問う若くんに、僕は考えるよりも先にこう答える。


「ううん、若くんだけでいい。他は何も要らない(・・・・)


 これこそが、僕の本音であり本心だった。

だって、もう母に愛してほしいなんて思わないから。

多分ずっと気づかなかっただけで、とっくに母の呪縛から解き放たれていたんだと思う。

若くんが僕のことを好きだと言ってくれた、あの日から。


 あのときは『何を言っているの?この人』としか思わなかったけど……要求を受け入れて、桐生組(ここ)へ来て良かった。

若くんと出会えて、良かった。


 黒い瞳を真っ直ぐ見つめ返し、僕は感情の赴くまま彼に抱きつく。


「大好きだよ、若くん。ずっと、僕の手綱(リード)を握っていてね。絶対に離さないで」


 懇願するような……でも、どこか命令するような口調でそう言うと、若くんは少しばかり目を剥いた。

僕は普段こんなこと言わないので、驚いているのだろう。

だが、直ぐに平静を取り戻し、コツンッと額同士を合わせた。


「言われなくても、そのつもりだ。お前こそ、勝手に居なくなるなよ。まあ、逃げても直ぐに捕まえるが」


 『お前はもう俺のものなんだから』と言い切り、若くんは唇を重ねる。

まるで、自分という存在を刻み込むかのように。

執拗に僕の舌を絡め取って、口内を蹂躙した。


「んっ……はぁ……続きは家に帰ってからだ」


 『覚悟しておけ』と述べる若くんは、自身の唇を舐める。

と同時に、僕は


「は〜い♡」


 と、返事した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ