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長男

「『殺す』って、誰に言っているの〜?サングラスくん、僕に勝てたこと一度もないよね〜?」


 これまでも何度か一番目の兄とトラブルになり、喧嘩をしていた真白は『また負けるだけだよ〜』と述べた。


「まあ、恥の上塗りがしたいなら付き合うけどさ〜」


 『ちょうど、サンドバッグが欲しかったところだし』と言い、真白はゆるりと口角を上げる。

その瞬間、一番目の兄は堪らずといった様子で真白に殴り掛かった。

が、当然の如く躱される。


 あの距離で、よく相手の攻撃を見切れるな。

しかも、完全回避だし。


 『普通は防御の方に回るんだが』と考えつつ、俺は茶を飲む。

────と、ここで一番目の兄が思い切り顔を近づけた。

恐らく、真白に頭突きするつもりなんだろうが……


「……見ていて、気持ちのいい光景ではないな」


 コップを持つ手に力を入れ、俺は少しばかり眉を顰めた。

と同時に、真白が兄の鳩尾を蹴り上げる。

その反動で兄の体は宙を舞い、後ろへ倒れた。よって、頭突きは不発に終わる。


「も〜。若くんってば、嫉妬〜?」


「だったら、なんだ?」


「えへへ〜。嬉しい〜」


 微かに頬を赤く染めてはにかむ真白は、すっかり上機嫌になった。

鼻歌でも、歌い出しそうなほどに。


「サングラスくんも、たまには役に立つじゃん〜。ご褒美あげなきゃ〜」


 床に倒れた一番目の兄を見下ろし、真白は少しばかり身を屈めた。

かと思えば、兄の頬を鷲掴みにして無理やり口を開けさせ────中に急須の先端を突っ込む。


「んぐっ……!?」


 一番目の兄は半ば強引にお茶を飲まされ、大きく目を見開いた。

恐らく何をされているのか理解が追いつかず、戸惑っているのだろう。


「サングラスくんの渇望していたお茶だよ〜。飲めて、良かったね〜」


 『嬉しいでしょ〜?』と問い、真白はクスクス笑う。

と同時に、急須の先端をゆっくりと引き抜いた。


「はい、終わり〜」


 空になった急須をそこら辺に投げ捨て、真白はおもむろに身を起こす。

『ちゃんと味わえた〜?』と述べる彼を他所に、一番目の兄はケホケホと咳き込んだ。


「ふざけ、んな……この、野郎」


 鋭い目つきで真白を睨みつけつつ、一番目の兄は何とか起き上がる。

でも、鳩尾を蹴られた時のダメージとお茶の強制摂取による窒息で大分体力を削られたのか、フラフラだった。


「悪いな、兄貴。真白に悪気はないから、許してやってくれ」


 少しヒビの入ったコップを一旦テーブルの上に置き、俺はようやく仲裁に入る。

これ以上はさすがに不味い、と判断したため。

『本気で殺し合いに発展しかねない』と思案する中、一番目の兄は怪訝な表情を浮かべた。


「はぁ!?てめぇの目は節穴かよ!?こいつのやること成すこと全部、悪意しかねぇーだろ!」


 『悪気はない』という発言に噛みつき、一番目の兄は濡れた前髪を掻き上げる。

と同時に、スマホの着信音が鳴り響いた。


「チッ……」


 鳴っていたのは兄のスマホだったのか、スーツの内ポケットからスマホを取り出す。

僅かに振動するソレを見下ろし、画面をタップした。

かと思えば、耳にスマホを当てる。


「俺だ……今、彰のところに……はっ?なんだよ、それ。てめぇが……チッ……分かった」


 一番目の兄は苛立たしげに通話を切り、しばらくじっとスマホの画面を眺めた。

凄く不服そうにしながら。

『一体、通話で何を言われたんだ?』と疑問に思う中、彼はようやくスマホを仕舞う。


「彰、俺は急用が入ったからもう行く」


「そうか」


 こちらは特段用事などないため適当に相槌を打って、残りのお茶を飲み干した。

と同時に、コップをテーブルの上へ戻す。


 結局、何が目的で訪問してきたのかは分からなかったな。

まあ、大して興味もないから別にいいんだが。


 『どうせ、くだらないことだろうし』と考えつつ、俺は懐から煙管(きせる)を取り出した。

さっさと着火して吸う俺を前に、一番目の兄は襖へ手を掛ける。


「……そういえば」


 わざとらしい動作でこちらを振り返り、一番目の兄はスッと目を細めた。


「彰、てめぇ怪我はしてねぇーのか?」


 前回の襲撃のことを指しているのか、一番目の兄は『蜂の巣にされかけたんだろ』と述べる。

探るような視線を向けてくる彼の前で、俺は


「さあな」


 と、はぐらかした。

特に他意はない。ただ、親切に教えてやる必要もないだろうと思っただけ。

今回の訪問理由がコレなら、尚更。


 まあ、知られたところで何の問題もないけどな。

なんせ、こっちは無傷だから。

大体、負傷なんかしていたら真白がこんなに落ち着いている訳ないだろ。


 俺が紙で指を切っただけでも大騒ぎする側近を思い浮かべ、内心苦笑する。

『もし、怪我していたら今頃どうなっていたんだろうな』と想像しながら。


「チッ……そうかよ」


 一番目の兄は不満そうな表情を浮かべながらも、時間がないため早々に話を切り上げた。

さっさと部屋を出ていく彼を前に、俺は煙管を吹かせる。

『やっと、うるさいのが居なくなった』と肩の力を抜く中、不意に袖口を引かれた。


「ねぇ、若くん」


 いつの間にか俺の隣に座っていた真白は、横から顔を覗き込んでくる。

僅かに頬を膨らませながら。


「いつまで、サングラスくんを野放しにするつもり〜?いい加減、限界なんだけど〜。殺した〜い」


 言動の端々に不快感を滲ませつつ、真白は眉間に皺を寄せた。

珍しく顰めっ面を晒す彼の前で、俺はフーッと煙を吐き出す。


「殺すのはダメだ。でも、兄貴のことはそのうち黙らせる。だから、もう少し我慢しろ」


 そう言うが早いか、俺は真白の頬を鷲掴みにした。

と同時に、唇を重ねる。

反論は一切受け付けない、と示すために。


「俺達の望む未来まで、あと一歩だ。ちゃんと“待て”出来るな?」


 真白の唇を指でなぞり、俺は『返事は?』と促す。

すると、彼は恍惚とした表情を浮かべて


「わん♡」


 と、吠えた。

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