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お母さんの本心《真白 side》

「ま、いいや。さっさと帰ろう」


 誰に言うでもなくそう呟くと、僕はさっさと踵を返す。

そして、帰宅するなり服を脱いで洗った。

早めに汚れを落としておかないと、シミになって残るため。

それは困る。

『着れる服がなくなる』と考えつつ、僕は洗った服を干した。

────と、ここで母が帰ってくる。


「ただいま、真白。遅くなって、ごめんね。今日も残業で」


 慌ただしく靴を脱いでリビングにやってくる母は、買い物袋を置いた。

と同時に、中からお惣菜を取り出す。


「好きなもの選んで、食べて。私はお風呂に行ってくるから」


 『最近、全く料理出来なくてごめんね』と謝り、母は脱衣場の方へ消えた。

間もなくして、シャワーの音が鳴り響く。


 お母さん、今日も疲れた顔していたな。なら、この話はまた今度にするか。


 手に持ったカッターを一瞥し、僕はお惣菜へ手を伸ばす。

『ご飯はもう炊いてあるから、オカズだけでいいや』などと考えながら、食事を始めた。

そうこうしているうちに、母がお風呂から上がってきて残りのお惣菜へ手をつける。

────こんな日が、三ヶ月ほど続いたある日。

僕は仕事帰りの母と、バッタリ遭遇した。

それも、殺人を行っていた現場で。


「お母さん、今日は早かったね」


 足元に居る遺体などには目もくれず、僕は母へ笑い掛ける。

『今日は久々にお母さんの手料理を食べられるかな』なんて、考えながら。


「せっかくだから、一緒に帰ろうよ」


 『どうせ、帰る場所は同じなんだから』と主張し、僕は血に濡れた手を差し伸べる。

その途端、母は腰を抜かして小刻みに震え出した。


「な、何で……」


「えっ?『何で』って?」


 母の言わんとしていることが理解出来ず、僕はコテリと首を傾げる。

と同時に、母が表情を強ばらせた。


「……真白、貴方だったの?最近、起こっている殺人事件の犯人って」


 震える声で絞り出すようにそう問い掛け、母は大きく瞳を揺らす。

不安と期待の入り交じる視線を前に、僕は


「うん、そうだよ」


 と、即答した。

だって、隠す必要なんてなかったから。

『お母さんはこんな僕でも愛してくれるもんね』と考える中、彼女は絶望したように肩を落とす。


「そんな……」


 半ば放心した様子で涙を流し、母はガックリ項垂れた。

目から光を失っていく彼女の前で、僕は困惑する。

あまりにも、予想と違う反応をされたものだから。


 ねぇ、どうして泣くの?お母さんは人殺しの僕を受け入れてくれたんだよね?

だから、あのとき抱き締めてくれたんでしょ?

なら、また同じことをしたって気持ちは変わらない筈。


 『こんなのおかしい』と戸惑い、僕はカッターを握る手に力を込める。

でも、ただ驚いているだけかもしれない可能性を思いつき、気を取り直した。


「ごめん、もっと早く言うべきだったね。いきなり現場に遭遇なんて、取り乱して当然だよ。僕の配慮が、足りなかった」


 おもむろに身を屈めて、僕は真っ直ぐ目を見つめ返す。

と同時に、少しばかり身を乗り出した。


「今後は気をつけるからどうか許して、お母さ……」


「────『お母さん』なんて、呼ばないで!」


 甲高い声で怒鳴り散らし、母はギシッと奥歯を噛み締める。

怒りに顔を歪めながら。


「貴方なんか、私の子供じゃない!絶対に違う!きっと、真白によく似た別の子よ!そうじゃないと、おかしい!だって、真白は素直で優しくて穏やかな子だもの!」


 『貴方みたいな異常者ではない!』と断言し、母はハッキリ僕を拒絶した。

その瞬間────僕は頭の中が真っ白になる。

母の言葉がまるで毒のように全身へ回り、身動きを取れなくなった。


 息が……しづらい。胸が苦しい。ここに居たくない。


 僅かに震える指先を握り込み、僕はよろよろ歩き出す。

心情としては一刻も早くこの場を離れたかったが、体が鉛のように重かったため移動に時間を要した。

それでも何とか母の前から消えると、外壁に背を預ける形で座り込む。

一筋の涙を流しながら。


「……お母さん」


 自分から逃げ出したのに……『私の子供じゃない』とまで言われたのに母のことが恋しくなり、僕は辿ってきた道を振り切る。

だが、会いに行く勇気はなく────それから、しばらく母のことを避けた。

なので、家にも学校にも行けず……宛もなくさまよう羽目に。


 いつまでこうやって過ごせば、いいんだろう……。


 終わりの見えない逃亡生活に早くも嫌気が差し、僕は一つ息を吐く。

────と、ここでふと薄汚れたパーカーの袖に気づいた。

『もう何日も着ているんだから、こうなるのも仕方ないか』と思いつつ、公園のベンチから立ち上がる。


 いい加減お風呂にも入りたいし、一旦帰ろうかな。

今の時間帯なら、お母さんも居ないだろうし。


 基本早朝から夜中まで仕事している母を思い浮かべ、僕は自宅のある方向へ足を向けた。

そして、久々に帰宅すると、あるものを見つけて固まる。


「何でお母さんの靴が……」


 仕事用に使っているパンプスを見下ろし、僕は血の気が引く。

と同時に、急いで家から出ようとした。

でも────


「……あれ?この匂い」


 ────室内の異変を察知して、僕は足を止める。

徐々に喉が渇いていく感覚を覚えつつ内側へ向き直り、恐る恐る足を踏み入れた。

『この匂いの原因だけは、確認しなければいけない』と思い立って。


 僕の勘違いならいいけど、そうじゃないなら……。


 震える手でリビングの扉を開き、僕は慎重に歩を進める。

『違う……ここじゃない』と匂いの発生源を探りながら、トイレやキッチンも確認した。

残すは、お風呂場だけである。


「お、お母さん……入るね」


 扉越しに聞こえてくるチョロチョロという水の音を前に、僕はドアノブを掴んだ。

と同時に、ゆっくりと扉を開ける。

でも、脱衣場に母の姿はなかった。

『じゃあ、浴室か』と考え、視線を上げると────鮮やかな赤が目に入る。


「!」


 ハッと大きく息を呑む僕は、全開の折れ戸から母の遺体を見てしまった。

その瞬間、膝から崩れ落ちる。

『あぁ、やっぱりあれは血の匂いだったのか』と納得しながら。


「お母さん……」


 浴槽に縋り付くような形で座っている母を前に、僕は涙を流した。

明らかに自殺と分かる光景に、ショックを受けてしまって。

その原因が思い当たるだけに。


「そんなに僕のこと、嫌だった……?人をたくさん殺したから……?」


 掠れる声で疑問を吐き出し、僕は胸元を押さえた。


「なら、自分じゃなくて────僕を殺せば、良かったじゃないか」


 『何で自害なんだ』と不満を漏らし、僕は苦痛に顔を歪める。

胸が痛くて痛くて堪らなかったため。

まるで心を殺されていくような感覚に陥る中、ふと母の傍に散らばった写真が目に入った。


「……これ、全部僕だ」


 主に幼少期の写真で溢れた浴室を見やり、僕は少しだけ……本当に少しだけ、嬉しくなる。

死ぬ間際までお母さんは僕のことを考えてくれていたんだ、と思って。

でも────一部の写真に描かれた、あるマークを見るなり絶句した。


 これも……これもこれもこれも、最近撮ったものだ。

つまり、お母さんは……。


 最後に会った時の記憶が甦り、僕は声にならない声を上げる。

改めて、母の本心を目の当たりにするのは辛くて。

だけど、写真に映った僕へ描かれた✕マーク(・・・・)が何より雄弁に母の心情を物語っていた。


「あくまで、この僕は認めないって訳か……」


 二度も母に拒絶された僕は、心臓を抉られるような……目の前が真っ暗になるような感覚を覚える。

と同時に────心の奥から、断末魔のような悲鳴が上がった……ような気がした。


「……バイバイ、お母さん」

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